表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NO,THANK YOU!!  作者: 伍代ダイチ
THANXX!!
233/485

1.青年の名―9

 燐には目的があった。

 燐にしかない、目的があった。

 燐の顔がぐにゃりと不気味な笑みに歪む。

「業火。『お前の力』如きが、俺に逆らうな」

 襲いかかる重圧。威圧感。死を連想させる強烈な視線。獲物を見る視線(それ)とは違う。虫けらを足元に一瞥する、見下す視線である。

 業火は、顔に流れる血を拭い、そして、視線は意図的に固定したままでおいた。視線を反らせば、殺される、そんな気がしてならなかった。

 だが、今までただのクソッタレだと思っていた父に、『力』があるとわかった。そうなると、事情を知る人間には当然、疑問を抱く瞬間がある。

 だからこそ、業火は、これは自分で聴かなければならない、と覚悟して、静かに、睨む力を意図的に弱めて、口を半開きにだけ開けて、そして、問うた。

「……なんで。なんで、それだけの力があるのに、『仕事』をしないんだ」

 業火の眉が顰められる。そして、燐の笑みが更に深まる。





     2





「どうしたの!? 業火! また燐さん……?」

 心配されて当然だった。二人は長年一緒にいるのだから。少し到着が遅れただけで、普段偶発的に起こる遅刻とは違うと判断仕切る事が出来るし、血まみれの顔を洗って綺麗にしていて、痣を上手く隠しても、機微な変化を見逃す事はない。

 業火の彼女の自宅。

 神流川村唯一の一人暮らし。

 安藤玲奈(あんどう れな)。二二歳。ロングの黒髪を後ろでまとめてポニーテールにしている、大和撫子系の、若い女だった。

 この神流川村唯一の一人暮らしで、この村の中では珍しい外から住人になった人間である。今までにもいた事はあるが、そう数は多くない。

 そんな珍しい立場であるが、彼女は別に村の皆から特別視させたり、疎まれたりしているわけではない。もとより神流川村の皆の人柄はやけにと言える程穏やかであり、挙句、安藤玲奈は、人当たりが良かった。それに、彼女はこの村へと『招かれた側』の人間であり、それを嫌う者がいるはずがなかった。

 玲奈の自宅は三部屋とキッチン、風呂トイレが別にある平屋で、奥の部屋に業火を案内するとすぐに業火の手当をした。

 慣れて、きていた。慣れてきている事が、玲奈にとっては腹立たしくてしかたがなかった。

 だが、ここまで事情を把握していても、まだ、玲奈は燐に会った事がない。だから、何もできない。

 業火は当然、玲奈を燐に会わせたいだなんて思わない。だからこそ、会わせない。何も、させやしない。それが、玲奈を守る事に直接繋がっていると業火は考える。

 が、今回ばかりは、事情が変わっている。

 湿布を貼られ、残っていた血の跡を拭われながら、業火は、静かに口を開く。

「……まずい事になったかもしれない」

「……え?」





     3





 神流川村にこのタイミングで来たイレギュラーと言えば、郁坂流以外に他ならない。

 彼を拾った奏は、完全にその境遇から、助けなければ、という気持ちを抱いて声を掛けた。そして、碌はその流に『可能性』と『危険』を同時に感じ取ったがため、この『特殊な村』、神流川村へと連れたのだ。

 だが、タイミングを、作ってしまった。そのタイミングとは、神威燐が、動くタイミングである。

「んー。お父さん遅いねぇ?」

「あ、そうだな。もう九時だ」

 茶の間で、二人はテレビから視線を外して時計を見上げた。

 夜の九時を回っていた。流はまだ目覚めてから数日だが、普段通りであれば碌は既に帰ってきている時間であると分かっている。

「んー……、ま、仕方ないし、先に食べちゃおうか? 冷めちゃうと勿体ないよね」

 そう言って奏は立ち上がり、キッチンへと戻ってすぐに料理を持ってきた。ご飯に焼き魚に汁物と言ったザ日本食といった雰囲気の食卓があっという間に出来上がる。

「じゃあ、食べちゃおうか。いただきまーす」

「いただきます」

 二人は、箸を持って、食事に手をつける。

 食事を進める。二人で食事するのは少しだけ、互いとも、緊張した。

 ぎこちないが、会話は当然進める。テレビを見ながら、時折会話を交わしながら、食を進める。まだ流が目覚めてから数日程度しか経過していないというのに、大分溶け込んでいる様に見える光景だが、当人達は違う。

 まだ、慣れて等いない。急に二人、という環境になって何故か、緊張してしまっていた。

 挙句。

「ん?」

 玄関の扉がノックされる音が言えに響く。小さな、静かな、そして田舎町だ。軽くノックしただけでも茶の間には十二分に音が届く。奏が立ち上がった。流が自分が行こうか、と等が、奏は大丈夫だと言って、軽い足音を立てながら玄関へと一人向かっていった。

 時刻が夜九時を回っている。

 田舎町の日没は早い。睡眠も、沈黙も早い。この時間になると人の家に尋ねる事は、圧倒的に少なくなる。ノックの音から急いでいない事はわかっていたが、もしかすると何かあるかも、と奏は茶の間から廊下に出た時点で少しだけ小走りになった。

「はいはーい。今開けますよー」

 そう言って玄関に降りたと同時、だった。

「いや、開けなくて良いよ」

 奏の動きが、扉の向こうから聞こえてきた声に反応し、まるで、拒否する様に、止まった。

「…………、」

 一瞬、沈黙の間を自然と作ってしまった。

 奏は一瞬、その間で、戸惑った。聞き覚えのない声がした、と動きを止めたのと同時、その声には聞き覚えがある、と徐々に思い出したのだ。だから、戸惑い、困惑した。

 そして、すぐに思い出す。

「あ、あ。燐、さん……?」

 当然だ。つい先日、聴いたばかりの声だ。他の住民であれば、すぐに声を聴くだけで、姿を見なくても誰が誰だと判断出来る程、この村の住民を愛している奏だが、燐のその声だけは、忘れてこそいなかったが、自覚するのに時間を要した。

 そして、その奏の声の直後、再度一瞬、沈黙が出来たが、すぐに、扉越しに声が返ってくる。

「声だけで分かったか?」

「も、もちろん覚えていますよ!」

 声を明るくしてそう言う奏だったが、自身の感じ取っている違和感には、当然気付いていた。

 普段であれば、燐以外の村の住人であれば、返事の後すぐに動いて玄関を開けて対面するのだが、何故なのか、身体が、そこで止まっていた。扉を開けてはいけない、と思う程ではなかったが、何故なのか、奏を警戒させる程の何かが、漂っているようで、奏は無自覚にもそれを感じ取ってしまっていたのだ。

(な、何なの、この威圧感みたいなの……?)

 当然、この時燐は、意図的に、それこそ業火に見せる時の様に、威圧感を放っているわけでは、なかった。彼は力を持っている。その事実は奏は知らないが、それでも、燐自身は奏等、『取るに足らない』存在程度だと判断しているのだ。そもそも、威圧感を放つ理由もない。

 つまり、溢れだしている。燐から、溢れだしているのだ。その、余裕がだ。

 その余裕を感じ取った奏は、玄関を開けてはいけない、と判断しきれないが、自然と、考えずとも、感じ取っていた。そして、それは、

「奏ちゃん? って、なんだ……誰?」

 奏の心配と、来訪者が誰か、と気になって茶の間から出てきた流も、感じ取る事になる。

 記憶はない。だが、関係ない。

 本能が叫んでいる。玄関の先に見える、明らかに巨大な男の影は、危険だ、と本能が知らせている。警笛を鳴らしている。

 奏が流に気付いて、首だけで振り返った。そして流が見た奏のその表情は、やはり、強ばっていた。無理に笑おうとしているのは分かったが、そんな事は、問題ではなかった。

「奏ちゃん……、誰なんだ。その人は」

 そして流の表情も、強張った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ