2.兄弟―8
場が凍りついた。そして、戦慄が走った。
何か一つでも間違った方向に事を動かしてしまえば、それだけで戦闘が開始されてしまうのではないか、という不安定な状態に陥ったのは明白だった。緊張が走る。
「……、俺が許さないってんだよ」
その不安定な均衡を早速崩したのは、恭介だった。見れば、彼等が口車に乗せられて止まるような人間でないことは明瞭だ。そして、恭介達は今日中の問題解決を望んでここに来ている。と、なれば手段を選ばず、最短ルートを選択するしかない。
恭介が立ち上がると、ほぼ同時に金井雅樹も立ち上がった。
並んでみて分かる。金井雅樹はそれなりの、腕力を持っていると。身体が大きい。恭介よりも年上であることは分かっていたが、まさかここまでの体格差があるとも思わなかった。昨日は興奮していて気づかなかったが、超能力抜きでもし戦っていたら、訓練を積んでいるとはいえ、苦戦する未来が見えていただろう。
二人が向かい合い、立ち上がった下で、琴と金井雅人がにらみ合う。互とも、超能力者だということは分かっているのだろう。無言のまま、探り合っている様にも見える。
「いい口を聞けるモンだ」
金井雅樹がそう言った瞬間だった。金井雅樹はその場から、目の前の机を無視し、大きく一歩踏み出して、恭介に殴りかかった。恭介はその一直線に顔面に向かってくる拳を両手で防ごうとしたが――、
「ッ!!」
どうしてなのか、恭介は『まるで防御できていなかった』かの如く、大きく後方へと吹き飛んだ。ソファの背もたれにぶつかり、二人が座っていたソファは大きく後方に転がる。
琴はすぐに反応して飛び、ソファが合った場所に着地して戻った。
恭介と転がったソファは背後の壁にぶつかって床に落ちた。恭介はソファに腰を落とす様に落ちたが、すぐに立ち上がる。
「……いってぇ」
恭介は前方の金井雅樹が余裕を見せていることを確認し、自身の顔を拭う。鼻先が痛む。確かに、攻撃を防御したはずなのだが、鼻面を直接殴られたかのような、痛みが走っていた。
恭介の僅かに前に琴。そして、その二人の前に金井兄弟。ソファに腰を下ろしたままだった金井雅人はそこでやっと立ち上がり、得意げな笑みを浮かべたまま、二人に言った。
「お前達じゃまず兄貴には勝てない。勝手に死んでろ」
そう言って、金井雅人は二人を視界から外し、そのままツカツカと歩いて作業している連中をも無視し、部屋から出て行ってしまった。まるで、興味がないようである。
「と、いうわけだ。お前ら二人がかりでも、俺には勝てねぇよ」
金井雅樹が二人を前にして手の指の骨をバキバキと鳴らしながら、そう吠える。部屋の中で作業をしていた人間もその台詞を堺に立ち上がり、部屋から出ていき始めた。金井雅樹が暴れる、と判断したのだろう。
「やってみろよバーカ! 言っとくけどな! こっちには長谷さんがいんだぞ!」
興奮して、イマイチ訳のわからないことを吠える恭介。
「それ、女の子として少し悲しくなるからやめて」
呆れる琴。
二人共、とりあえずは目の前の金井雅樹を沈めて、金井雅人を追えば良い、と考えた様だ。
恭介は考える。先の攻撃と、金井雅樹の持つ超能力の効果を。
(防御したはずなんだけどな。直接殴られたみてぇだ。金井雅樹の超能力は、防御を無効化するとか、そういう事なのか?)
ともかく、攻撃には警戒しなければならない。琴には言う必要はない、分かっているだろう、と判断して、恭介は数歩前に出て琴と並んだ。
琴が言う。
「超能力を使うなら、こっちもそうするまでだから」
「ご自由にどうぞ」
金井雅樹はどうも得意げである。負けない、という自身に満ち溢れているのが分かる。
当然といえば当然。彼等は超能力を悪用し、不良をまとめあげ、その力を貪ってきたのだから。一般人相手に超能力者がその特異な力を使って権力争いを牛耳ってきたのだ。今まで負けなしでも不思議ではない。
次の瞬間だった。金井雅樹が拳を掌に打ち、快感な音を鳴らしたかと思うと、金井雅樹は二人のすぐ前にまで迫り、そして、恭介に向け、一撃を放った。
顔を狙った拳を恭介は、今度は受けずに、態勢を低くする事で避けた。そしてすぐさま、態勢を立て直し、恭介は金井雅樹の腹部に、電撃を走らせた拳を打ち込もうとするが、金井雅樹はバックステップで容易くそれを避けてみせた。喧嘩慣れは、恭介達よりもしているようである。
琴が距離を取った金井雅樹に追い討ちを掛ける。彼が下がったと同時、琴は前に踏み出していた。そして、彼の手を取りに行く。
琴が狙うのは柔法による相手を無力化する行為。だが、金井雅樹は取られそうになった手を即座に引いて、恐ろしいばかりに力が込められた裏拳を琴の頬に叩き込んだ。
「!?」
琴はそれを受け止めるが――、先程の恭介と同様。まるで、直接頬を殴られたかの如く、大きく横に吹き飛んだ。窓際の壁にぶつかり、琴は態勢を保てず一度床に落ちた。
その瞬間、恭介がただ立ちすくんでいる訳が無い。即座にカバーに入る。
大きく一歩踏み出して金井雅樹との距離を詰めた恭介は、電撃を込めた拳で応戦する。
攻撃は避けられる。相手は相当慣れているようだ。無闇矢鱈に超能力で相手を圧倒してきただけではないようだ。確かに、恭介の動きを見極め、動き、かわしている。
喧嘩という意味だけでいえば、相当な手練とも言える。
その間に琴は立ち上がり、すぐに態勢を立て直す。
(戦闘経験って意味じゃこっちのが勝ってるだろうけど、喧嘩、ってなると話は別なのかもね……。それに、腕力は確かにすごい。それに、やっぱり金井雅樹の超能力……攻撃特化の防御無効化とかなのかしらね)
琴のハイキックが、横から金井雅樹の顔を狙う。だが、金井雅樹はそれを腕一本で防ぎ、そのまま目の前の恭介からの攻撃も交わしてみせ、そのまま、恭介の腹を蹴り飛ばし、横の琴を再度裏拳で飛ばした。
金井雅樹の前方に恭介が転がり、後方に琴が転がった。二人共態勢をすぐに立て直すが、そこで一旦足が止まった。
「ちょっと待て、面白いモンを見せてやる」
金井雅樹がそう言って、ポケットから携帯電話を取り出したからだ。
突然のその不審な動き。一旦は足が止まるが、攻撃の動きでないと判断してからは、すぐに恭介が動いた。
部屋に、バチバチと空気が炸裂する音が響く。恭介の身体の周りを稲妻が駆けていた。全身に纏われる稲妻を見て、
「電撃の超能力か。初めてみたがぁ……綺麗なモンだな」
それでもまだ、金井雅樹は余裕を見せる。
見ただけの判断材料で十分だった。身体に電撃を纏わせている以上、電撃を拡散させての攻撃が出来ない、と判断したのだろう。と、なれば、拳さえ避けてしまえば問題ない、と。
向かってくる恭介に応対する金井雅樹。
恭介は雷撃を発動させ、身体に纏わせたことで、これで、金井雅樹が自身に触れることが出来ない、つまり、攻撃を当てることが出来ない、と踏んだ。だが、
「ッ!!」
金井雅樹が拳を振るう。恭介はそれに敢えて触れようと、防御の姿勢を取った。だが、金井雅樹の拳は恭介に触れる寸前で止まり、そして――恭介の頬を殴った。
恭介は予想外の打撃に態勢の維持を間に合わせる事が出来なかった。構えていなかったわけではないが、それでも、まさかの結果に反応が遅れた。吹き飛ぶ事こそなかったが、斜め下に崩れる様に、膝を突いた。そこに、金井雅樹の蹴りが向かう。
恭介は両手を顔面の前に置き、その蹴りを防ごうとするが、またしても、金井雅樹の攻撃は確かに恭介に触れる前に止まり、そして、攻撃は確かに恭介の顔面を叩いた。
「がっ!!」
今度こそ、恭介は大きく後方に吹き飛んだ。