1.青年の名―5
「そうそう。覚えててもらえて嬉しいよ」
そう明るい声で言って、流に微笑みかける美奈。タンクトップに短パンにサンダル。それぞれが女の子らしいモノではあるのだが、露出が高すぎる。記憶云々の前に、流だって男だ。目のやり場にやはり、困って視線を斜め下やらあちこちに流してしまっている。
この村に長くいるため、挙句、この村で仕事を続けてこの村の中にいることの多い美奈の感覚が狂っているのだろう。流がおどおどと視線をあちこちにばらまいている理由が、わからなかったが、照れているのだろう程度に考えて深くは追求しなかった。
「で、何してたの? そんな所で?」
改めて、美奈が問いなおすと、流は思い出す様に、応えなおす。
「なんだっけ。あ、そうそう。この村に一件だけ店があるだろ? そこに行きたいんだけど」
と、流が言うと、美奈は嬉しそうに笑ってすぐに応えた。
「なら逆だね。反対側の方だよ」
「あぁ、そうだったのか」
「何なら案内しようか?」
「いいのか?」
「うん。当然」
互いにとって、好都合だった。流は道を覚えきれていないし、美奈は少しでも流について知りたいと思っている。
「じゃあ、行こうか。一○分くらいかな。歩いて」
「わかった。頼む」
美奈と流が並んで歩く。談笑しつつ、店へと真っ直ぐとは向かわずに、少しだけ遠回りをして歩く。が、流はまだ村の地図が頭に入っていないため、遠回りしている事なんて気づく事はない。
会話を続けていると、当然、記憶のない流のため、流が質問をして美奈が応えるか、美奈や村の話しとなる。その最中、次々と消費される話題。当然、途中で話題はこれとなる。
「ところで、仕事って何をしてるんだ? 確か……彩女ちゃんのお兄さん……蓮さん、だっけ? と同じなんだっけ?」
言われ、思い出す様に、美奈は応える。
「そこまで言ったっけ? ん、でもまぁ、そうだよ。蓮とは同じ職場だね」
当然、ここまで話しが出れば、流は碌に直接聴くにはまだ難しい事情を、友人という関係に一番近い彼女に問うて見る事になる。
「思ったんだけどさ、神流川村って今から行く店が一つだけだろ? 皆どこで仕事してるんだ?」
言われ、ここで美奈は『しまった』と思った。
彼女のしている仕事、蓮のしている仕事は、事情から、その事情を知らない人間には、話せない状態にある。流は当然、その事情を知らない。意図的に、狙って流も言ったわけではないが、誘導尋問の様にわかりやすかった話しの流れに呆気無く流されてしまった自分に恥ずかしさを感じながらも、美奈は当然ごまかす、という手段を取る。
「ん、そりゃあアレだよ。村で仕事してる人は内職もあるだろうし、出稼ぎってのもあるだろうし、この村から他に派遣されてるなんてのもあるだろうし……。店は一つしかないけど、仕事が一つなわけじゃないからねー。なんだかんだ良い大人も多いからね」
言い方に、流は僅かながら違和感を感じ取ったのだが、言葉には一応説得力があった。だからこそ、流は頷く事しか出来ない。
「なるほどな。まぁ、そうだよなぁ。目が覚めて初日に何人にかは奏ちゃんと挨拶に回ったんだけど、確かに大人ばっかりだったな」
大人ばっかりだったな、という言葉から、美奈はやはり、流は同じくらいの歳なのだな、と実感した。目線が同じようだ、と判断したのだろう。
そうやってなんとか美奈は避けるべき話題を回避した。と、ほぼ同時だった。
「あ、ついたついた」
「お、ここか」
美奈が言った通り、二人が合流した位置から歩いて約一○分で、その場所へと到達した。両脇を雑草生い茂る草原の様な土地に囲まれた田舎の砂利道を歩いていると、その途中にその店はあった。このままその道を進むと山を下れるらしい。
遠目に見ると村の中で散々見た古き良き日本と言った雰囲気のただの家だったが、近づくと、正面が一応のガラス張りになっていて、中に商品が僅かだが陳列しているのが見えて、店であるとわかった。
外から覗くだけでは、中には誰もいない様子だったが、二人がそのガラス戸を開けて中へと入ると、店の奥から、声が聞こえてきた。
「はいはーい」
流の予想、というよりは、単なるイメージに反して、聞こえてきたのは若い女性の声だった。
「美奈だよー。噂の新人さん案内しに来た」
美優がそう声をかけると、奥から可愛らしい、軽い足音が聞こえてきた。それから数秒もかからず、奥から二人の前に、綺麗な女性が出てきた。
「お、君が噂の?」
「流です。初めまして」
「初めまして。この店の店員やってる愛浦恵です。店主はおばあちゃんなんだけど、今ちょっと奥でゆっくりしてる。呼んでこようか?」
「いや、どうせ何度もお世話になるだろうし、今度会った時に挨拶はするから、ゆっくりしててもらって」
流はそう言う。そして、目線を、泳がせた。理由は当然、同じ、である。
田舎町の恐ろしさなのか、と流が思う程だった。
恵は身長が高く、挙句、出る所は出ている、という完璧とも言える程のスタイルを保持していた。そして、美優と同様、大分ラフな格好をしている。春先で気温も暖かく、森の中で肌寒くない程度の心地の良い風が吹くこの村で、薄着でいても問題のない事は、流でもわかる。だが、当然、視線が重力に引かれる様に慣れていない流は自然と導かれてしまうため、失礼だ、と自分に言い聞かせてそうやって意図的に見ない様にしていた。
そうやって視線を外すと、当然店内に陳列された商品が目に入る。そのまま店内を見回すと、思いの外いろんなモノが売っている事に気づく。一個一個の数は多くないが、種類はそれなりにある、ようだ。
「ちなみにお店の名前は?」
流が問うと、
「愛浦商店って普通の名前だよ」
恵はそう応えた。その表情が、質問に伴わずにやたらと笑顔なのは、こんな会話を普段する事がない程、村民以外の客が来ないため、新鮮な気持ちに恵がなっていたから、であるが、流は当然、そこまで気づけない。
「失礼な言い方になっちゃうかもしれないけど、思ったより、商品の種類があって驚いた」
素直な感想を流は漏らした。野菜や米、インスタント食品が多いが、食材や食品もある。お菓子もそれなりに種類があり、電池等の日常品も存在する。目立つモノはないが、都会で言う所のコンビニの様な存在であると感じた。
「あはは。神流川村ってど田舎だからね、驚いてもしかたないよ。一一時から、六時までしかやってないし、休みも気分で適当に取るからね」
そう言っておかしそうに笑う恵。そんな恵を見て、流は彼女に年上という感想を抱いた。頼れる姉、という印象を持っていた。
「ところで流君は、早速美奈を連れ回しているようだけど、美奈はやっぱり可愛いかい?」
会話に詰まる事なく、異常な程スムーズに話題が転換した事にも、そんな話題が出てきた事にも、流も美奈も驚いた。
「何言ってるの!」
美奈が困った様に笑いながらそんな突っ込みを入れるが、恵はにやにやと何やら裏を考えていそうな笑みを浮かべて、いいじゃないの、と美奈を急かしつつ、流も、急かす。逃がさない。
「で、どう?」
「どうって……」
苦笑しつつ、話題を流してしまおうとしている流。だが、やはり、逃げ切れない。
「いや、あのね。ほら、神流川村って小さすぎるじゃない? だから皆顔見知りだし、皆友達みたいな状態なんだよ。だから、外から来た流君の感想はどうなのかなって、少し気になってさ」
そう言って、わざとらしく首を僅かに傾げたそのこの小さな田舎町に収まるには勿体ないと思うほどに美しい笑みを向ける恵。そんな笑顔を前にして、逃げ切る事等出来るはずがなかった。
流は眉を潜めて隣の美奈を見た。
「な、何……!?」
美奈が頬を赤らめてそう言う。