2.兄弟―7
招かれたからには、二人は呼ばれたままに向かう。デスクで作業する連中の嫌な視線を無視して、二人は奥へと進み、金井雅樹の待つ接待スペースに向かって、金井雅樹と向かい合うようにソファに腰を下ろした。
向かい合う三人。恭介達二人は、これで今日、解決出来る可能性を得た、と喜んだ。一方で金井雅樹は、ソファにデカデカと腰を落として、両手を背もたれに乗せて余裕の態度、笑みを見せている。
嫌な表情だった。人として、付き合いたくない人種であるのは今更のこと。
「良く来てくれたよ。二人共」
口調が演技めいていて、二人は不快感を覚える。ありとあらゆる表情、態度から見て取れる余裕が、疎ましかった。
「単刀直入に言う。金井雅人に会わせろ。お前にも確かに用があるが、本命はお前の弟の方だ」
恭介が金井雅樹の挨拶を無視し、率直に言った。前のめりになり、両肘を膝の上に置いて、手を顎の前で組んだ恭介のその姿から、脅し、真剣さが伺える。金井雅樹もそれを察したようだが、態度は崩さなかった。
「まぁまぁ、待てよ。どうせ雅人も後でここに来る。それまでここで待つといい」
その台詞は相変わらず演技めいていて、二人に悪寒を感じさせるが、気付く事がある。
何か、様子がおかしい。
目の前で強気の態度を崩さない金井雅樹から、戦意が感じ取れない。昨日、琴を奪おうと無理矢理関わってきたような人間が、だ。顔を忘れたわけでもあるまい。何故、この対応、この態度、この扱いなのか。
恭介も琴もすぐに察した。金井雅樹、昨日と何かが違う。
琴が片方の眉尻を釣り上げる。不思議で堪らない、といった表情だ。
「……何を隠してるのかな」
琴が勘ぐる。金井雅樹が超能力者である可能性は高い。相手はまず、琴と恭介が超能力者だとは思わないだろう。互いの探り合いは、目的が違っている。
いや、そもそも、金井雅樹は二人を探ってなどいなかった。金井雅樹は、二人を――恐れていた。
「お前、昨日と態度が違い過ぎるんだよ」
そうだ。金井雅樹も、直接現場に居合わせたわけではないだろうが、二人が相当な力を持った人間だ、という事実を部下から聴くなりして知っているはずだ。その実力を、恐れている。
そしてそこから考えられる答えが、金井雅樹は、超能力を持っていないのでは? という結論。
だが、まだ二人は、金井雅樹が『恐れている』ということにまでは気付けていない。
「そんなことはないさ。話が、したくてね」
「話?」
時間稼ぎを、と琴は心中で吐く。が、そこに何か意味があるのかもしれない、と可能性も確認する。相手がその話の中で、その超能力を発動でもさせれば、二人は即座に動く。それに、発動するかいなかは、琴が感じ取ることができ――、
「…………、」
琴が、気付いた。
最初から、こうやって『見て』おけばよかった。
琴が恭介に耳打ちをする。
「金井雅樹、超能力を持ってない」
「…………、」
超能力を持っているものだと完全に思い込んでいたがため、今の今まで気づけなかった。琴の千里眼で見れば、超能力の種類までは分からずとも、超能力の有無くらいは分かるのだ。だが、今見ても、金井雅樹に超能力の存在は、見当たらなかった。
と、なると、金井雅樹が恐れている、という結論にたどり着ける。
超能力がなければ、金井雅樹はただの不良でしかない。だが、そこで考えの齟齬も出てくる。金井雅樹は、超能力の力でゴールドラッシュの頭になったのかと二人とも思っていたのだが。
何か、勘違いをしているか、この件に関わる部分で知らない事があるのか。
と、思った瞬間だった。
「!?」
琴が見る。その『変化』。
「お、きたきた」
金井雅樹が立ち上がった。視線はこの部屋の入口。そして、そこに立っている金井雅人のその姿。
金井雅人を見たことのない二人だったが、その雰囲気や金井雅樹のその言葉からすぐに彼が金井雅人だとすぐに気付くことが出来た。
が、それどころではない。琴が恭介に耳打ちする。
「おかしい。信じられないかもしれないけど、金井雅樹、『今は』超能力を持ってる」
「どういうことだ……?」
恭介は、早速この部屋に入ってきて、三人の下にずかずかと近づいて来る金井雅人に視線を付けたまま、首を傾げた。
金井雅樹は今、超能力者である。だが、つい先程までは無能力者だった。
これは一体、どういう事なのか。
金井雅人はズカズカと歩いて来て、金井雅樹が腰を下ろしたその隣りに腰を下ろした。そして、二対二で向き合う形になる。
「こいつら、お前に用があんだってよ」
金井雅樹のその態度が、下に戻ってきた様に感じた。
「はぁん? 俺に用? つーか誰よ、こいつら」
金井雅人の態度は最初からのソレ。勢いづいているのが分かる。
「金井雅人の方も超能力者だね」
「そうか」
互いに耳打ちでそう確認しあった。
「単刀直入に言う。俺はお前が捕まえようとしてる郁坂愛の兄の郁坂恭介だ。愛から手を引け」
「なんでお前にそんな事言われなきゃなんねぇんだよ。ボケが」
引かない。互いに。視線がぶつかり合って火花が散っているようだった。
超能力者が四人、この場に揃っている。
「どうして、愛を捕まえようとしてんだよ」
引く気はない。
それに、恭介には強奪があり、相手はそれを知らないどころか、二人を超能力者だとも思っていないはずだ。情報は与えていない。適当なシチュエーションを作り上げ、相手に五秒触れてしまえば、それだけで勝ちが確定する。圧倒的に有利だ、と思った。
恭介に言われると、金井雅人は前にずいと身体を乗り出して、恭介に顔を迫らせ、ニヤリと不気味な笑みを表情に貼り付けた。
「兄貴なら分かってんだろ? 『超能力』だってんだ」
「ッ、」
金井雅人の言うそれは、間違いなく、愛の超能力のことだろう。流から、大介と愛も超能力者だということは聞いていた。が、何の超能力を持っているかまでは、流ですら知らなかった。金井雅人は、知っているというのだろうか。
超能力、という言葉が出てきた以上、恭介達も、――少なくとも恭介は――超能力者だ、と疑われている可能性が浮上した。
そうなると、油断は出来ない。先の勝ちの可能性は、少しだけ下がったと思える。
「はははっ、そうさなぁ。あの娘の超能力は俺達にとっちゃ好都合な超能力だからな。あの娘――愛だったか。あいつがいれば俺は最強になれるからなぁ」
金井雅樹のその台詞から、二人は愛の超能力を把握している、と気付いた。
状況が、二人の思っていた以上に進んでいるようだった。
「お前……、愛の超能力を知ってるのか?」
恭介が凄むが、
「その口ぶりだと、お前は知らないみたいだな」
金井雅人はそう嘲る。
「超能力、分かってるなら訊くけど、あんた達も超能力者だよね?」
琴が確信を付く。そして、試している。
「おぉ、まぁ、そうだ」
金井雅樹のその返事から、琴は察する。金井兄弟はどうにかして超能力者が持つ超能力の種類を判別することが出来るが、金井兄弟自身が持っているわけではない、ということをだ。
そうなると、二人の超能力が気になる。そして、どうして金井雅樹は先程まで、無能力者だったのか、ということも気になる。
ここまで大胆に話をしている状況から察するに、この場にいる四人以外の、作業をしているゴールドラッシュのメンバーと思われる人間も、超能力のことを知っているのだろう。そして恐らく、金井兄弟以外にも、超能力者がいる、という事を知っているのだろう。一瞥してみれば、見てこそいないが、聞き耳を立てているのが分かる。
「で、何だ。俺が愛とやらから手を引かなかったら、何かあんのか? あぁ?」