15.窮地/襲撃―16
零落希華の言葉に頷き、零落希美は、静かに、敵を視界の中に捉えたまま、言う。
「わかった。じゃあ、二人で日本本部まで戻ろう。で、私の暴走を封じている『これ』を使って、実現化か、超重力を目覚めさせる」
その言葉を聞いて、零落希華は横を向いて姉を見て、眉を顰めた。
「でも『ソレ』使ったら、お姉ちゃんまた暴走状態に戻っちゃうんじゃない?」
零落希美はそれを聞いて、妹を見下ろし、返す。
「いいじゃん。全てが終わったら、恭介君みたいな力を持った誰かか、生きていれば、恭介君に頼んで、人間に戻るなりして、ちゃんとこうやって希華と会話出来るような状態になればいいだけだし」
「余所見か」
「あぁ、余所見だな」
二人が互いを睨む様に、つまりは敵を無視して会話をしていると、先に立つ敵の男二人は、零落姉妹の真似をするように互いを見合って、そして、すぐに視線は零落姉妹に戻した。が、まだ、互いで見合っていて、視線を戻そうとはしていなかった。
「そんなのわからないじゃん」
「大丈夫だって。希華は心配性だなぁ」
「何年ぶりにこうやって会話を交わせてるんだと思ってるの? そもそも、まともな挨拶すらまだしてないじゃん」
「もう、怒りっぽい所は変わってないねぇ。もうお金貰って働いてるんだから、もう少し大人になりなよ、希、」
言葉の途中で、零落希美、零落希華とも、顔を引いた。その丁度のタイミングで、敵の方から飛んできた銃弾のような何かが、二人の引いたばかりの顔のすぐ前を通り過ぎて、廊下の端の壁にぶつかって、炸裂した。
零落姉妹はその何かが衝突した廊下の奥に視線を向けた。
廊下の壁は、散弾銃を至近距離で受けた、発泡スチロールの様に、表面がボロボロと崩れ落ちる程に、砕かれていた。
「舐めてるのか」
「あぁ、舐めてるな」
そこでやっと、零落姉妹の視線は敵に向いた。
男が二人。二人とも髪や肌、それに衣服までが真っ白で、サングラスをかけている。髪型まで一緒なせいか、双子の様に見える。が、実際にそうなのかは、みてくれだけでは判断しきれなかった。
「ところでさ、お姉ちゃん」
「何かな? 希華」
二人は、敵を凝視したまま、今度は互いを見ずに、会話を交わした。当然、敵を目の前にして、攻撃を受けたばかりだ。重要な事だけを、伝える。
「敵は強いね」
「そうだね。ま、私の敵じゃないけど」
「そのセリフ、私に頂戴。だから、お姉ちゃんは、日本本部に向かって。任せるから、任せて」
「……ん?」
零落希美は、つい敵から視線を逸らして、隣の妹を、見下ろした。
「どゆこと?」
「どういうこと? じゃなくて、早く行って」
零落希華がそう言うと、零落希美は、踵を返した。
「ふんっ」
敵の内の一人が、背中を見せた零落希美の背中に向けて、銃弾のようなモノを手から出現させ、放った。
それは、本当に銃弾のような速度で飛んだが、それは、隣の、零落希華が空気中に散りばめていた氷の結晶、細胞とも言える程に小さいダイヤモンドダストを凝縮させることで、地に落とした。
零落希美は振り返りもせずに、歩き出し、階段の前まできた所で一度立ち止まった。敵の二人も視線を零落希美に向けた。
立ち止まった零落希美は、右手を上げ、ひらひらと振って、
「じゃ、希華。後でね」
そうとだけ言って、階段を下りていった。途中まで聞こえていた足音は、早かった。歩いたのは、見えていた時だけだった様だ。
「一人になったぞ? 勝てる気でいるのか?」
「あぁ、勝てる気でいるんだろう」
「その通りだけど、何か問題でもあるのかな?」
そう言った零落希華は、得意げに、右手で拳を作り、顔の前へと持ってきた。その手首には、『ジェネシス本社に襲撃するメンバーから外れてしまった桃から、譲り受けた』腕輪が、輝いていた。
轟音が、轟いた。
ガスマスクを付けた典明は、まず、隣に立っていた『仲間』を見た。何も変化はなかった。そして、次に、『音のした方向』を見た。
亜義斗が、横っ腹から血を流して、立っていた。
典明の視線は彼の右手に、移る。そうだ。彼が、貰っていた武器、銃を、手にした右手を。
消炎が上がっていた。そしてその右手は持ち上がり、マズルフラッシュを典明に見せた。
典明の視線は再度、隣の、この催涙ガスを超能力によって自身の身体から撒き散らせていた男に向いた。
男の頭には、風穴が空いていた。すぐに鮮血がにじみ出てきて、吹き出した。と、同時に、男の身体は、無抵抗になり、仰向けに、崩れ落ちた。
そしてまた、典明の視線は亜義斗へと戻った。次に見たのは、腹部の、彼が、彼自身が空けた風穴だった。
典明が操られているのは、仕掛けによる作用ではなく、過去に、香宮霧絵によって操られていた時の超能力を利用したモノだ。
故に、意識はあった。身体が言う事を聞かないだけだった。故に、見て、理解できた。
(銃弾による激痛で、意識を保ったか。意識を失う、最期の最期で。……横っ腹を撃ったのは、弾を貫通させるためか。賢いな、この状況で。咄嗟の判断ができるんだ。流石だ、亜義斗。……とっとと、俺を、殺してくれ)
「まさか複合超能力者になって、銃弾を受ける日が来るとはな……いっつ、……思わなかった。いってぇ……」
そう独り言の様にぼやきながら、亜義斗は、持った銃の銃口を、持ち上げ、典明へと向ける。
そして、告げる。
「……悪いな。増田典明。俺は最期の最期だろうが、結果を出さないと、満足できないないんだ」
龍介ばかりが優遇されてきた神威家の長男の、成功論だった。
亜義斗の右の人差し指が、トリガーを引いた。
が、同時、典明も、超能力を放っていた。
轟音が轟いた。銃声がたかなっても、ガスによって眠らされた連中は未だ、敵味方問わず、目を覚まさない。
二人だけが、結果を知っていた。
雷撃を放った典明。銃を放った亜義斗。
両者の攻撃は一瞬で届く。故に、二人はその一瞬の一瞬前、全てを見て、全てを悟り、結果を把握した。
典明の雷撃が、亜義斗の放った銃弾の軌道を大きく逸らした。そこで、亜義斗は失敗した、と確信した。
そのまま、典明の放った雷撃は亜義斗へと突き刺さり、既に弱っていた亜義斗を、『落とした』。
が、同時、典明も亜義斗も気付いた。空気中に浮かんでいる無数の、硬い、小さな石ころのような何かが、典明に一斉に襲いかかった。
亜義斗だけに集中していた典明は、それが何かも気づけなければ、誰による攻撃かも、気付けなかった。
「ぐふっうッ!!」
典明の身体は、大きく揺れた。空気中に浮いていた十数個のそれは、その全てが、典明の身体をぶち破って、体内に、残留した。
「がっ……あぁ……」
『操られている』典明は、喋る事は出来ない。故に、今、彼の口からもれているのは、『内臓を焼かれる激痛』による、悲鳴だと分かる。
木々の影から、一つの影が、よろめきながら、出てきた。
口から、空いた風穴から、とあちこちから出血を続ける典明の視線は、自然とそちらを向いた。
そこにいたのは、口から血を流し、鮮血に染まった腹部を押さえる、エミリアの姿だった。
最悪の展開だ、と典明の正しい意識は思った。
典明の雷撃が弾いた亜義斗が放った銃弾は、亜義斗の応援に、郁坂家から飛び出してきていた、『武器持ち』のエミリアに、偶然にも当たってしまった。見る限り、亜義斗の様に弾は貫通しておらず、体内に残留していると見えた。放置しておけば危ない。だが、味方は死んだし、生き残りは郁坂邸に身を潜ませて出て死んだ仲間の帰りを待っている。つまり、今、そこに崩れ落ちたエミリアの助けをするモノは、いない。放置される、つまり、そのまま、死ぬのだろう。
そして、典明はもがくことすらままならない激痛の正体を、足が股関節から外れ、溶け、崩れ落ちたその瞬間に、理解した。
(エミリアの武器、か。あの袋に入ってた、小さな何か……。恐らく、だが、これは……エミリアの酸を、閉じ込めて置くための、箱だったんだ……)
それが、典明の体内に侵入し、炸裂し、典明の身体の内側から、触れただけで人を殺す程の強烈な酸が、溶かし始めていた。
助かる術等、あるはずがなかった。
典明の身体は内から溶かされ、すぐに飛んでしまった意識がある内でも、下半身と上半身は、崩れ落ちていた。
(恭介……達。頼んだ。早く戻ってこないと、こっちも、やばい、ぜ……)
「……さぁ、かかってこい。流の息子よ」