15.窮地/襲撃―12
桃は悩まざるを得なかった。
恭介にとっても当然そうではあるが、桃にとってもまた、典明は幼馴染、つまり、昔からの、長い付き合いのある友人なのである。そんな人間を、殺したいと思うはずがなかった。例え、辛辣な態度を『冗談』で取る仲であっても、殺すなんて、本心から願えるはずがなかった。
それがなくとも、彼はNPCの仲間であり、彼は自ら望んで人口超能力を得た人間ではない。慈悲を与えられても、情けをかけられても、当然である。
つまり、生かす理由がある。
(困ったね……神威業火をどうにかして帰ってきたきょうちゃん達を、幸せな笑顔で迎えたいのは、皆そうだろうし)
考えはするが、桃は、構えた。相手は典明であり、複合超能力者である。一歩間違えれば、桃が殺され、そして、桃よりも戦闘慣れしていない人間が次々と殺されるだろう。
それだけは、典明を殺してでも、避けなければならない事実である。
神流川村に避難した人間の中で、戦闘能力が高いのは、何も桃だけではない。
人口超能力者でありながら、前期型であり、仕掛けを仕込まれていない人口超能力者である、神威兄妹、亜義斗と菜奈だ。
彼等は、『他の戦闘用超能力を持つ超能力者達』とは違い、桃の近くにはいない。彼らは、『遠く』を見ていた。
警戒だ。これは、桃からの指示だった。
彼女が典明に集中している間、他の攻撃が迫ってこないとは、限らない。典明に仕掛けが発動していて、そして、人口超能力が人類全てではなくとも、日本の人口の大部分を占める程に広がってしまっている現状を考えれば、
「父上は恭介達が近づいたその瞬間に、恭介達の目的に気付くだろう。だとすれば、そのタイミングで仕掛けを全力で行使してくる可能性がある。……流石は幹部格だ、春風桃は。最悪の自体を想定した上での、今出来る精一杯の最善の配置だ」
春風桃と増田典明が攻撃の応酬を開始したその場所から一番離れた位置、つまりは村の最深部、郁坂家の屋上から双眼鏡と能力を使用して周りの監視をする亜義斗はそう呟く様に言った。隣の菜奈は、双眼鏡で、桃と典明の戦闘を覗いた後に、双眼鏡から目を外して返す。
「……お父様が、これを『最終決戦』だと思えば、間違いなく、あると思う。全力で潰す理由しか、ないし……」
菜奈の表情は険しい。それは、本当にそうなる予感がしている、顕れであった。
二人が監視を続けてニ○分程経過した時だった。菜奈が双眼鏡を下ろして、こう言った。
「……桃ちゃん達の、戦いが終わった」
が、その言葉に被せる様に、亜義斗が立ち上がり、声を荒らげた。
「来たぞ!!」
桃の攻撃は水、そして氷に限定される。そういう類の天然超能力者なのだから、当然だ。だが、対する増田典明は人口超能力を複数投与された複合超能力者。彼の持っている全ての超能力を仲間になった時点で聞いて、把握はしているが、未知数である事には変わりない。
まず、『それを投与する事が可能であれば』間違いなく皆が手に入れる超能力『移動系の能力』、それが、典明にはあった。
香宮霧絵をすぐにでも守れる様に、と意図的に選定され、投与された、高速移動と言う名の超能力。これは、瞬間移動とは違う、場所から場所へと移るのではなく、恐ろしい程の速度で、それこそ見た目は瞬間移動より僅かに劣る程度の速度で、移動をする超能力。
この高速移動は、その能力効果の説明だけでは瞬間移動に劣ってしまう様に聞こえるが、この様な戦闘状況の中では、違う。
人間の目は二つあり、それぞれで焦点を調整し、合わせ、距離の遠いモノ、短いモノをハッキリと見える様に調整している。が、そのために、動くモノに対しての調整が、弱いと言える。だが、人間は、どうしても焦点を合わせなければハッキリとモノを見る事が出来ない。戦闘という両者互いとも恐ろしい程に速い動きを見せ、その最中で命の応酬をするという状況。この状況の中で、高速移動を発動しようとも、その肉体を別の場所に転移させる瞬間移動とは違い、高速移動は戦闘慣れしている人間では、『目で追えてしまう』。
視認、つまりは、認識。そして脳から信号が肉体に電気信号として送られる。つまり、反射。その次に、肉体が命令を受けて、行動。
視認ができてしまう。攻撃を届かせようと、反射的に動いてしまう。だが、その速度に、脳が命令を発してからの行動では、間に合わないのだ。その微妙に調整されているかの如き速度での移動が、高速移動の、、瞬間移動とは違う利点である。当然瞬間移動に比べて劣るモノも存在するが、今は、一対一の、サシの勝負である。
桃の飛ばした銃弾の様に真っ直ぐ、そして早い氷の杭は、典明の顔面に触れる直前で、典明は早速高速移動を発動した。
まるで、人の移動する映像だけを移したビデオを、早送りで見ているかの様な、現実とのズレのある違和感が、桃を襲った。
残像が、僅かだが、尾を引き、典明の移動の軌跡を幻覚として桃に見せていた。
移動の道はわかった。だが、それがわかった頃には、典明は桃のすぐ目の前にいる。
「はやっ!?」
桃は即座に、反射的に、自分の目の前、つまりは典明のいるその場所に、地面から生やす様に、氷の壁を出現させた。が、再度高速移動。桃の前には氷の壁が出現すると同時に、典明の残像が映った。典明は、次の瞬間には桃の背後へと回っている。
そして、その典明の全身には、稲妻が宿っている。
これは当然、恭介も持っている『雷撃』という名の超能力である。
(電気……ッ!!)
桃とは言えど、背後からの、全力の電圧を受けたらひとたまりもない。つまり、受け流さなければならない。
振り返りつつ、桃は防御に入る。が、同時、典明は放電。
手を触れて、直接強力な電撃を流し込んでやろうという考えすらなかったようだ。仕掛けによって操られている典明は、ただ、邪魔者、壁である桃を殺しにきている。
が、放たれた青白い稲妻の全ては、桃が振り返り様に空中に投げる様に配置していた、氷の壁に阻まれ、桃へとは電流は、届かなかった。
氷の壁にぶつかった電流はその中を流れ、上や下へと促される様に放出されていき、そして、氷の壁は砕ける。
が、その間も動きは続いている。戦闘の流れは止まっていない。
桃は体勢を低く構えると、そのまま足を伸ばし、身体を独楽の様に回し、フットスィープを典明の足元目掛けて放った。
今、典明に触れる事に対しては少しばかり億劫ではあったが、雷撃は氷や水を上手く使う事で肉体に流れる事を防ぐ事が出来る。つまり、雷撃を使用してきていようが桃の作り出す絶縁体となる純粋な水を破壊する程の電流を流してこようが、物理的な攻撃を加える事が出来るのだ。当然、気を抜けば調整を間違え、すぐに感電し、動けなくなり死ぬか、そのまま感電し、死ぬ。
が、典明はそんな桃の警戒を無視するかの如く、そして、桃の攻撃なんて読んでいたと言わんばかりに、軽く跳躍し、桃のフットスウィープを容易くも避けてみせた。
避けられたか、とは思った。が、当然それで行動をやめるわけにはいかない。
身体を回転させた勢いをそのまま流し、桃は立ち上がり、典明と向き合った。と、同時、地面を踏み抜く程の、たった一度の足踏み。
それと同時に、典明を囲むように地面から氷の槍が無数に出現し、したと同時に、すぐにそれらは射出され、典明を襲った。
が、しかし、それらは、典明に突き刺さる直前に、方向を変え、全く別の方へと飛んでいった。一部は桃の方へと向かってきたが、桃に氷、水系の攻撃は通用しない。それらは桃に触れると同時、砕け散って消失した。
「!?」
今の謎の攻撃に危険を感じた桃は、すぐにバックステプで後退し、典明から距離を取った。
(え……何!? 何なの今の……!? こんなの、……こんな事が出来る超能力、私の知っている限り、典明君は持ってない!!)