15.窮地/襲撃―9
「そうだよ! 走って!」
零落希華も続けて声を上げた。零落希華が声を上げるのは珍しい。その珍しい光景に、恭介は気圧された。
彼女も、霧島美月と同様だ。上には、彼女の姉、零落希美がいる。霧島美月同様、彼女も、会うべき人間を目指して、駆け上がっているのだ。
海塚の姿は一瞬にして見えなくなった。扉をぶち破って向こうへとあっという間に消え去った。海塚の意思を言葉で確認する暇等なかったが、四人とも、そして、海塚も、同じ気持ちであったのは間違いない。
四人は更に上へと駆け上がる。
階段を連続して駆け上がる四人だが、体力的には問題はなかった。だが、いざその足で駆け上がってみると、ジェネシス本社の大きさを痛感させられた。ただ上を目指して螺旋状ではあるが、真っ直ぐと駆け上がっているというのに、その道は、先が見えず、やたらと長く、長く感じる。
「分断して来てるって事は、まだ他にもいるんだろ。神威業火には俺達が見えてるみたいだしな!」
階段を駆け上がりながら、恭介が叫ぶ。
「それに、今の敵……新戦力みたいだったけどっ!」
霧島美月が叫んだ。
全員が、確かに、と心の中で首肯した。
「何にせよ、あのメイリアさんが実力があるって言った敵だ。苦戦はするだろう」
恭介が言う。理不尽な悔しさが彼を遅い、歯を食いしばらせていた。
そろそろ、頂上か、と思ったその時だった。
恭介の足が、止まった。釣られて、全員の足も、階段の途中で止まった。五人の視線は上へと持ち上がる。階段の踊り場に、男が一人いた。がたいの良い、力仕事をしてそうなみてくれの、男だった。垣根を連想したが、雰囲気が全く違う。垣根が陽気な人間と分ければ、この男はまた逆。
恭介が、一段だけ、階段を上がった。
「俺が、相手をしよう。皆、先に行ってくれ」
恭介が、もうすぐ頂上、つまり、最上階、神威業火のオフィスの手前だ、と判断して、そう出てのだが、
「……あんたには、『やる事があるの』。ここは私に任せなさい」
気づけば、奏が階段を上がり、恭介の脇を抜けて、男へとゆっくりと近づいていた。
恭介はまた違和感を覚えた。
やはり奏は、『自分に関する、自分の知らない何か』を知っている。そう、感じた。が、恭介はそれについて問い詰める気もなかったし、なにより、今、そんな事を聴いている場合ではない。
「……、行こう。恭介くん」
零落希華が恭介の肩を叩いた。
恭介は、久しく見ていなかった様に思えた、小さな親の、頼もしい背中を見上げ、一度だけ、深く頷いた。
そして三人は駆け上がる。奏の脇を抜け、男の脇を抜け。
やはり、連中の目的は分断。恭介達が脇を抜けようが、全く視線もやらず、手も出さずに、先に行かせた。
「……、さて、殺し合いましょうか。……一応、直接的ではなくとも、アンタも、旦那の仇なのよ!」
強力な超能力者同士の、戦闘は、大体ニパターンに分けられる。すぐに終わるか、長引き、互いとも負傷し、最終的に、両者が倒れる可能性を秘めた戦闘になるか、だ。
メイリアと、この女の戦闘は、どちらかと言えば後者であった。
左腕、右耳、右目、鼻、右の口角、右足のつま先。全てが吹き飛んでいた。顔の大部分は焼けただれ、見るも無残な姿になっている。これは、ジェネシスの女の状態。メイリアは圧倒的手数の応酬の中で、それだけ攻撃を当ててきた。
そして、肝臓消失。肺が気胸と同様の状態に。肋が七本。一部は内臓の各所に突き刺さっている。頭蓋の一部が砕かれ、脳にも損傷が及んでいた。子宮も破裂、体中の筋肉が裂傷を負っている。それが、メイリア。
メイリアの攻撃が女の身体を砕き、女の攻撃が、メイリアの『中身』を損傷させていた。
女がメインに扱う超能力『浸透』が、この効果を生んでいた。
攻撃は響き、中へと伝わる。力の波が表だけでなく、中へと繋がる。たった、それだけの攻撃。だが、他の人口超能力が加われば、その効果は無制限に広がる。
(ッ……、ジェネシスの隠し玉。超強いね。……正直、しんどい、ね)
互い、だったが、口の中に続々と血が溜まっているのがわかった。
そして、長くない、と理解していた。戦闘が、そして、命が。
「ッぐふっ……がっ、はっ、……あはははははは!! ぐが、ぐふっ、ふふふうふっ、うぅはかかかき。……NP、NPCの、のの、人間にも、出来る人間が、がい、がいたんだねぇ!」
女は叫んだと同時。体中が軋み、痛み、自由を奪う。そんな状態のメイリアの前に、瞬間移動だか、高速移動だかの超能力で、目の前に出現した。
同時、肘が、メイリアの小さな懐に突き刺さる。が、メイリアの、右手が女の顔面を鷲掴みにしていた。
「ぐっ、」
「が、」
女の肘が力を鈍くメイリアの小さな身体に伝え、メイリアの内臓を破裂させんばかりに揺らしていた。正面から攻撃に、メイリアの身体は後方へと吹き飛ぼうとしていた。が、同時、メイリアは掴んだ手から、超能力を、発動していた。それが、『爆発』。単純な能力だが、メイリアの使用するそれは、単純過ぎる程に、強力だ。
後方に突き飛ばされる勢いのせいで、掌が、僅かにずれた。だが、触れている間に、爆発した。
「ッぐがやあぁあああやあああおあじゃおあおあおまおおああああああああああああああああああああああああああ!!」
女の痛烈な悲鳴がこだました。耳を劈く程のモノだったが、メイリアは既に、遥か向こう、エントランスホール最西端の、壁に衝突し、落ちていた。頭蓋の破片が、更に脳に深く、突き刺さった瞬間だった。
悲鳴はすぐに消えた。顔の五分の三を吹き飛ばされ、その中身を焼かれ、吹き飛ばされた女の命は残るはずがない。女はすぐにその場に崩れ落ち。鮮血を滴らせた。血だまりが出来るまでには、時間がかかった。既に血はほとんど流していたし、傷口は焼かれ、そのほとんどが塞がれてしまっていたのだから。
「あ、はは……、」
壁際で倒れ、起き上がれないメイリアは、最期の冗談を吐く。
「人間……って、三分の一、血を流したら死ぬ、ら、しい、のにね……。よくそこまで、い、生き残ったモ、ン。だよ……。私も、ね」
衣服の下から、衣服を染め上げる様に、鮮血が、にじみ出てきた。既に、視界はなかった。聴力もほとんど失われていた。意識は朦朧としていて、足元がどちらにあるのかも分かっていなかったし、今、自身が床に落ちている、という状況すら、判断できなかった。
言葉を発する事が出来たのは、ここまで、だった。既に言語能力は失われた。それどころか、命も、失われた。
引き分け。両者とも、黒星。
「結局、こうなったのか。……っていうか、お前、吉祥寺支部から任務にいったままいなくなったと聞いていたが、まさかこうなっていたとはな」
海塚の両手には、剣。正確には、日本の剣、刀。日本刀。
対する相手は、日本刀が、一つ。異質なデザインをした、紫色の鞘に収められていた、日本刀。
「…………、」
一閃は、無言だった。ただの一言も言葉を発さなかった。仕掛けが、発動してしまっているのだろう。
(一閃がこの様子だと、あの増田典明、も、怪しいな。一応、神流川に向かわせたメンバーには、あいつを抑えられるだけの十分な戦力はいるが)
「さて、意識があるのかどうはか知らないが、結局、こうやって戦う事になったんだ。……恐らく、最期だろう。全力で、相手をしてやる。一閃、殺してやる」
海塚の周りに、黒い渦が、出現した。それも、無数にだ。




