15.窮地/襲撃―8
奏は悪態をついているように見えるが、違う、と恭介は分かっている。
「皆、……ありがとうございます」
恭介はそう言った。
メイリアが手を振るうと、恭介までの道を作る様に死体の山が両脇に捌ける様に動き始めた。その異様な光景にも見慣れているのか、誰一人としてその光景には関心もせずに、皆、歩いて血だまりに足跡を残し、恭介の下までやってきた。
「全く、お前は、自由に行動しすぎだ。任せすぎた私にも責任はあるがな」
海塚は恭介の肩を一度軽く叩いて、そう言った後に溜息を吐き出した。まいったな、という表情をしてこそいるが、今更だ、と開き直っている様にも見えた。
「ははは……申し訳ないです」
恭介は、皆に被害を向かわせないために、一人でここまで来ていたが、こうなる様な、気もしていたのだろう。彼の表情に浮かぶのは、現状を見た上での、苦笑だった。
「どちらにせよ、今、力のあるメンバーはこれくらいだしね。神威業火のあの圧倒的力の事を考えれば、力のある人間だけでこうやってぶつかって行くっていうのも、考えにはあったしね」
奏がいう。メイリアと海塚も、零落希華も頷いた。恭介も、そう思ってはいた。
確認すると、恭介は、ある意味場違いな、霧島美月に視線をやった。彼女も、そうだろうな、という表情はしている。
「やっぱり、」まず口を開いたのは、恭介だった。「霧島さ――、妹さんと、会うために?」
恭介の問いに、霧島美月は深く首肯した。
「うん。そうだね。絶対に、私はあの子と離さないといけないんだよ。私が、……一方的に、殺されてもね」
霧島美月は言い切ると、視線を斜め下に落とした。自信は当然、ないのだろう。彼女は無能力者だ。『一般人でもない、ただの無能力者』である。
つまり、この世で一番力を持てない人間である。
だが、ここまで、敵の本拠地まで足を踏み入れた。覚悟は、見えている。
恭介はその覚悟を汲み取る。
一度、全員の視線を確認する、という意味で見渡してから、
「分かりました。覚悟は、察しました。俺が、貴女を生きたまま、妹さんの所まで、連れていきます」
「ありがとう……」
霧島美月は恭介の『覚悟』に、深い礼を見せた。
そうやって話が一段落して、さてと、と言ったのは、この六人、ではなかった。
全員の視線が声の聞こえたエントランス奥の受付カウンターに向いた。
既に血まみれで、赤紫色に染まった受付カウンターの上に、女が一人、座っていた。
若い女だった。見た事のない女だった。見てくれは悪くない。だが、中身がイかれていると察するには、容易かった。
女は飛ぶ様に受付カウンターから降りると、スタスタと、真っ直ぐ、恭介達へと向かって、歩いて来る。
「いやいやいやぁ。なんだろうね」
気取った、嫌味や嘲笑がたっぷりと混じった拍手をしながら、近づいて来る。
「最期の戦い、って感じで、雰囲気出てていいよね。素晴らしい」
拍手をやめると、演技めいた動きで両手を広げ、近づいて来る。
「ほんっと、最高。ちげーんだよ。あんた達は、主人公じゃない」
恭介の目の前まで、女は来て、恭介を見上げた。恭介は彼女を静かに見下ろした。嘲る様な表情、得意げな表情。恭介如きには負けないから、いや、この場にいる全員を同時に相手しても、負けないから、と言わんばかりの表情で、女は恭介を見上げていた。
「…………、」
恭介は彼女の脇から、彼女の後方に視線をやる。彼女が歩いてきた道に、死体の影はない。超能力でどうやってか退かしたのだろう、と推測する。
視線を見上げてくる女へと戻す。そして、吐き出す。
「はぁ……。お前、何よ?」
女の見上げる、恭介の表情には、まさに、苛立ち。それのみが、浮かんでいた。邪魔をするな、言わずとも、そう女には伝わっていた。
が、女は全くその態度を崩さない。
「何って、敵ですけど」
女がそう言ったと同時だった。
雰囲気が変化した。恭介はそれを真っ先に察した。戦闘監視の合図である、と気付いた。が、恭介よりも先に、動いた人間がいた。
恭介の眼下から、女の姿が消えた。と、同時、恭介の後方から、メイリアの姿が消えた。
二人の姿が次に見えたのは、エントランスの高い天井すれすれの位置。その次の瞬間には、女は左腕をもがれた状態で部屋の奥に出現し、無傷の状態でいるメイリアが、恭介のすぐ隣に出現した。恭介は、メイリアに視線だけを投げる。
メイリアは、エントランスの奥に見える女に視線を固定したまま、苦笑を浮かべ、ただ、伝える。
「一人できたって事は、分断しに来たって事でしょ。実力は、あるようだし。……一度言ってみたかったのよね。ジャパニーズアニメ? で良く聞くし」
そこで、はぁ、と何か、違和感を覚える溜息を吐き出したメイリアは、静かに、言う。
「ここは私に任せて、先に行きなさい。あ、全員、ね」
そう言って、笑みを増やすメイリア。だが、千里眼を発動している恭介は、彼女の『中』が『一部持って行かれている』事に。
「だけど、メイリアさん、」
「うるさいなぁ、この弟子。師匠には格好つけさせるんだよ? 漫画とか読まないの?」
「…………、」
海塚が、恭介の肩に手をおいて、アイコンタクトをした。
恭介が、メイリアに視線を戻すが、その時には既に、両者とも戦闘を開始していた。既に、戦闘は始まっているのだ。
「行くわよ。皆ね」
奏が言うと、全員が、走り出した。
瞬間移動は、使えない者がいるし、霧島美月を霧島雅に会わせてやる、という覚悟の下、一番強力な超能力を持つ恭介だけを先に向かわせる事も出来ない。全員が、上へと向かう。
それに、今の敵と手を交わしたメイリアが、言っていた。実力は、ある。分断しにきた、と。
(ふん、何が主人公じゃない、だ。敵陣の中で分断されるのはどんな物語でも大体主人公サイドがなるモンだろうが)
メイリアと女が、恐ろしい速度で戦闘している横を抜けて、四人は階段へと向かった。
先の爆発のせいで入り口部分が崩壊しかけていたが、四人が抜けきるまでは、崩壊しなかった。
後ろでエントランスホールへと通じる入り口が崩れ落ち、道が塞がれた事に全員が気付いたが、誰も、気にしなかった。超能力でどうこう出来るから、ではなく、誰も、戻るという選択肢を、持っていないからだ。
四人は階段を駆け上がる。
違和感が、あった。
「さっきまであれだけ湧いて出てきていた雑魚共が、出てこないな……」
恭介のその呟きに反応したのは、零落希華だった。
「さっきまでのあの大量の死体の山って、やっぱり、アレだよね。仕掛け……」
奏が頷く。
「そうだね。一般人でしょ。行き場のなくなった」
「……人口超能力の商品化は、やはり止めるべきだったって事だ。我々のしていた事が、間違っていなかった証拠だ。流さんは、正しかったんだ」
海塚が続いた。
階段を駆け上がり、最上階まで後半分程度、という所まで、来た時だった。
階段を駆け上がっていたのは五人ほぼ同時だったが、無能力者である霧島美月を自然と守るような連携が出来ていた。
戦闘に、恭介、そのすぐ後ろに霧島美月、、零落希華、その後ろに海塚、最後尾に奏、が続いていた。
真横から。右側から。フロアがある方ではない方から、その先は外であるはずの方から、何かが、横一直線に、恐ろしい程の勢いで、突っ込んできた。
それは、恭介、霧島美月、零落希華、の背後に、突っ込んだ。タイミングは見図られたのか、それとも、ズレたのか、ミスをしたのか、わかりはしない。
だが、その一直線に飛んできた何かと衝突した、いや、受け止めた海塚は、奏の目の前から一瞬にして消え、横のフロアのあるエリアへと、消え去った。
四人は、思わず足を止めた。
「ッ、海塚さんッ!!」
恭介は叫ぶが、奏が、
「駆け上がりなさい。メイリアが言ったでしょう。分断、しに来てるのよ。故意かどうかは、ハッキリとはしないけどね」