15.窮地/襲撃―3
今までの余裕タップリの表情は星屑から消えていた。表情にはただ怨念が張り付いていて、桃が彼女を殺すと思う様に、星屑もただ、桃を殺す、と思っていた。
ここからは、挑発の必要もない。
ただただ、互いが、互いを殺す事だけに集中する事になる。
突如として、星屑の周りで蠢いていた手裏剣一五枚が、その回転数を上げて、そして、一斉に桃へと向かって襲いかかってきた。
その全ての速度は恐ろしく早く、挙句、それぞれの軌跡が違う。
桃の視線は恐ろしい程の速度で動き、それぞれの手裏剣の軌跡を追った。そして、どれがどう攻めてくるか、と推測するが、追いつかない。
一五枚の手裏剣の速い不規則でそれぞれが違う動きを、追い切る事はできなかった。
が、桃にも対処法がなかったわけでもない。正確に言えばそれは、対処法になりうる可能性のあるモノ、でしかないが。試す価値は十二分にある。
桃の目の前に、手裏剣が迫っていた。それらを全て、上から叩きつける様に、桃が手を振り下ろす動作をしたと同時、天井から、氷の分厚い壁が、真下へと向かって、落ちた。
その氷の壁が、数枚の、手裏剣を叩き落として、地面に打ち付けた。
やはり、と桃は思った。思ったと同時、桃は今の氷の壁をも貫通させて襲いかかってきた手裏剣数枚を、交わす。数さえ減らしてしまえば、見えない事もない。
今の光景を見て、星屑は「気づかれたか」と思った。貫通の、弱点を、だ。
そして同時、桃は確信した。貫通は、全てにおいて無制限に貫通するのではない、と気付いた。
つまり、勝機が僅かでも、見えてきた。
余計に、引くという選択肢を取る事はなくなった。
桃は手裏剣を全て避けきると、それらがこんどは壁にぶつかる手前で引き返してくるのを確認して、そして、目の前の自身で出現させた氷の壁を、水へと戻して消失させた。辺りは一面水浸しになったが、互いともそんな事は気にしなかった。
桃は即座に駆け出した。足元が濡れていようが、彼女には関係ない。むしろ、好都合だ。
「ッくそあまがぁあああああ!!」
突如として態度を豹変させた星屑の怒声が部屋に響く。が、桃の駆ける足おとと、それによる水が跳ねる音が怒声に上書きをしていた。
その間に、桃の背後を追従する手裏剣と、上から氷の圧力を受けて動けなかった手裏剣の自由が復活し、先に動き始めた手裏剣と同時に、桃の背後をおい始めた。
が、桃が、星屑へと到達するその速度の方が、早かった。
星屑の目の前まで迫った桃。それに反応して、星屑が身を引こうとするが――動けない。
「なっ!?」
動かない足を見て、気付いた。
先の氷の壁が溶かされ、足元に広がっていた水が、星屑の足首までを、氷漬けにしていた。
動けない事にその瞬間にやっと気付いた星屑の表情は更に歪む。そして、その分の隙が生まれる。その隙が、隙でなくなるまでの時間に、桃の拳による直な攻撃が、星屑の鼻面に真正面から、叩き込まれた。
「ッぶあ、」
星屑の顔面が揺れた。
そして、次の瞬間だった。
桃は右手に氷の剣を出現させる。
氷で型どった剣。星屑はそれを見て、無駄だ、と思った。
当然、その剣自体での攻撃は、無駄だ。星屑は氷の超能力や、氷による物理的な攻撃は、一切通用しない様な超能力を持っている。
が、そんな事は桃既に理解している。
桃はその場で半歩分下がり、下から上へと切り上げる様に氷の剣を振るった。その鋒は振り上げられるまでで水浸しの地面を穿ち、そして、空を斬った。
その無意味な攻撃に、星屑は思わず目を見張った。星屑が無理に動けない状況で、わざわざ後退して、攻撃を外す、その意味を、理解しようと必死だった。
こんな状況での、こんな無意味に見える行動は当然、何かしらの意味を持っている。
星屑は剣の攻撃の軌跡を視線で追ってしまっていて、気づけなかった。
桃の今の攻撃により、この仮設の施設の薄い床が今の攻撃により砕かれ、その破片が打ち上がっていた事に。
桃は氷の剣をそのまま、目の前の星屑へと投げつけた。
反射的に星屑はそれを顔面の前で腕を構え、防いだ。当然、それが攻撃としては無価値のモノである事は両者ともわかっていた。
構えた星屑の腕に触れた桃の氷の剣は、星屑に触れたその瞬間に、砕けてまるで空気中に溶けるように消え去った。暫くは、星屑の目の前でその恐ろしく小さくなった氷の破片が蛍光灯の光でキラキラと輝いていた。
が、その間にも事は動く。
一撃。一撃だった。
桃が星屑のすぐ目の前にまで迫っていた。少しでも体を前に倒せば、お互いが触れてしまう程の距離を詰めていた。
「ぐふっ、」
星屑の口から、そんな嗚咽めいたうめき声と、鮮血が、漏れた。
星屑はゆっくりと、顔を下ろして、視線を下げる。そうして見えてきた自身の腹部に、突き刺さる破片の、剣。
「なっ、……あぁぁああああああ!?」
理解するまでには数秒を要した。
(あのさっきの空振りは、床を穿って破片を取るための攻撃だったのか……!?)
床を剣で穿ち、それによって吹き飛んだ破片の内の一つ、その中でも一番鋭利で、持ちやすく、そして、突き刺し易いと見えたモノを瞬時に判断し、桃が投げた剣を反射的に防いでしまっていた星屑の隙を突き、そして、その破片を彼女の腹部に突き刺した。
そして、桃は即座にバックステップで星屑との距離を取った。気づけば、桃の足元には、手裏剣が落ちていた。数はパッと見で一○枚以上は間違いなくあった。桃と攻撃の応酬をしていた際に、意識が削がれたのだろう。そして、今のダメージのせいで、操作を失って自立できずに、落ちてしまったのだろう。
「うく……あぁ、」
苦しげな声を漏らし、そして、刺されたそれを引き抜き、刺し傷を受けた場所を抑えながら、よろめくように星屑は後退しようとするが、足はまだ凍らせられている。星屑は思いっきり、後ろに、仰向けに倒れた。倒れたと同時、足はやっと、氷から解放されたのだった。
「ッ、くっそがぁあああああ!!」
星屑の雄叫びが響く。部屋に反響し、耳障りな程に響いていて、こだましていた。
その大きすぎる怒声に桃は眉を顰めた。率直過ぎる程に不快感を抱いていた。
一度足元に落ちていた先ほど床を穿った事で出来ていた破片を手に取る。先のモノ程ではないが、突き刺すには十分な、武器である。
「……この前の、仕返しだから」
桃はただそう言う。
「くそッ!! くっそ、このアタシが、お前如きに、こんな傷をおぉおおおおおああああ!!」
星屑の顔に張り付いて印象的だった余裕は、既に失われていた。彼女はただ、桃を殺す事だけを考えている。ただの、鬼だ。
つい先ほどまで、一切勝算のなかったはずの桃と、その逆の立場にいた星屑の立場が、逆転した。
星屑が怒りの雄叫びを上げる度、彼女の抑える腹部から鮮血が漏れ出すように溢れ、抑えている指の隙間から出の悪いジョウロのように吹き出していた。
桃は手に取った破片を握り直し、構え直し、そして、右手に握ったそれの鋒を、星屑へと向ける。そして、状況が変わった事を、知らしめる。
「仕返しとは言ったけど、私は、あなたの事を、しっかりと殺すから、安心してね」
そして、笑んだ。
つまり、挑発。挑発等必要のない、殺し合いだけが見えていた現場が、両者の立場が逆転した状態で、元に戻った、という事。それの、証明、証拠である。
「くっそがぁあああああああああああああああああああ!!」
桃の挑発についにブチギレた星屑が、腹部の深すぎる傷と、それによる痛みまでもを無視して、出血や肉体に襲いかかる後遺症ともなる可能性があるそれらを全て無視して、駆け出した。真っ直ぐ桃へと、だ。同時、桃の足元に落ちていた手裏剣全てが浮き上がり、桃を囲んだ。
最後の力、だという事は見て、理解した。
だが、桃は余裕だった。
(手裏剣に負荷される貫通は、手裏剣の攻撃方向にしか効果を発揮してない。氷華で叩き落とせる。……位置は浮かんだその瞬間に確認したよ。浮かせるよりも前に、そのまま私に突っ込ませなかったのは、間違いだったね)
桃が右手の破片を構えた、と同時、だった。
桃の体を囲んでいた手裏剣のその全てが、突如として、空気が炸裂する様な音と共に、真上に飛び、天井に突き刺さって、そこで静止した。
(!?)
「何ッ!?」
星屑がそう驚愕した様子を見れば、それが星屑の行動によるモノではない、という事がわかった。