15.窮地/襲撃―1
そんな連中の視線の隅に、恭介が振り返る姿が映った。当然恭介は人の形をしている人間である。視線が向くのは一方向だが、彼を囲む一○人は、全員が、恭介に睨まれている様な感覚を得ていた。
「ひっ」
と、短い悲鳴がどこからからか聞こえて来た気がした。
今までも、ジェネシスの幹部格や討伐隊との戦いでも、この力『瞬間移動』は、ありふれた力の様でありつつも、多彩な効果を、多大な効果を恭介に与えてきた。
その力が、ちょっとした戦闘能力しか持たない人工超能力商品化に便乗した一般人相手に、通用しないはずが、ない。
恭介が皆の視界から消え、次に見えたその場所は、一○人の内一人のすぐ背後。恭介はその男にただ、触れると、その男は、着火の効果により、一瞬にして火だるまになった。
燃え上がった人影は、雄叫びめいた悲鳴をあげながらどこかへと一直線に走り出し、皆の視界から消える前に、倒れ、崩れ落ちた。
その間にも恭介は動く。彼が軽く右手を降ると、そこから銃弾の様に真っ直ぐ飛んだ雷撃による稲妻が、正反対の位置にいた男二人に突き刺さった。突き刺さると、その男二人は短い悲鳴すら漏らす事なく、その場に力を失って、突然スイッチがオフになった機械の様に、崩れ落ちた。
残り、七人。
この数秒の間に一気に戦力を削がれた連中は、その数秒間だけで十二分に戦意喪失していた。
が、逃げる事はできなかった。数秒で、このざまだ。逃げる時間なんて、与えられるわけがなかった。
悲鳴が新宿の街にこだました。避難していた人々も、その遠くから響いてくる悲鳴に、思わず身を震わせた。何が起こっているのか、当然気になりはしたが、誰一人として、現場に近づこうとはしなかった。警察か、ジェネシスの特殊部隊が撃退に向かうだろう。その後ネット上のニュースにでもなるだろう、と誰もが、NPCを一方的に敵だと認識しつつも、我関せずの立場を保っていた。
最後の一人には、ただ、足元に転がっていた石ころを投げた。それは、威力強化と怪力によって銃弾の様な速度で飛び、挙句、目標設定によって男はそれから逃げ切る事は敵わない。
男の脳天を貫いた石ころは、真っ赤にその身を染めて、どこか遠くまで飛んで消え去った。
自身の周りに転がる死体を見回して、恭介は腕を組み、つまらなそうな表情を浮かべながら、溜息を吐き出した。
ふぅ、と。
(さて、あとは警察連中か、特殊部隊か、両方かが、来るのを待つだけだな)
恭介は、目立つ。目だとうとしていた。目立ち、一般人を殺してまで目立ち、相手をおびき出そうとしていた。
恭介は強い。これほどまでにも強い。単純に、強い。その強さを知らしめてやろうというのが、今の恭介の狙いだった。恭介が暴れ、その強さが口づてでも、ネット上の文字列でも、広がれば、必ずその存在の危惧される度合いは上がる。いずれは誰もが勝てないと分って、誰かがどうにかしろ、という話になり、それは、必ず神威業火の下へと繋がる。
恭介は、自分の事を顧みずに、ジェネシスを倒す事だけを考えていた。
「一閃さんはどこだっけ?」
臨時NPC支部、――吉祥寺。
ここを統率する桃は、パソコンのモニターをにらめっこをしながら、そう問うた。
「あれ? 任務じゃなかったでしたっけ?」
それに応えるのは、NPC日本本部の『目』である、鈴菜芽紅だった。鈴菜は困った様に手元にあった書類の束をめくって一枚一枚確認しながら、答えを探していた。暫くすると、あ、と声を漏らし、一枚の紙を取り出して、それを見ながら、桃に言う。
「桃ちゃん。あれですよ。任務です。……潜入任務」
その言葉に、桃は視線をパソコンのモニターから鈴菜へと移して眉を顰めた。
「潜入? ……どこの? っていうか、なんで一閃さんが潜入任務に? 彼、真正面から戦うタイプに見えるけどなぁ」
「任務のリストの中から自分で選んだんじゃないかな? 一応、桃ちゃんのサインがあるし、許可は出してるみたいですよ」
言って、ほら、とその書類を桃へと手渡すと、受け取った桃はそれを見て、あぁ、と困った様な声を漏らした。
「急に忙しくなったから見逃してた……っていうのは言い訳だよね。うん。ごめんなさい」
言って、桃は嘆息した。
NPC日本本部一箇所に戦力を固めておくと危険だから四散させる、という考えには桃も、皆も納得していた。少なくとも神威業火はNPC日本本部を監視出来るだけの力を持っていて、その場所を知られているからだ。その場合、一箇所に固まっていれば、戦力が固まってこそいるが、非戦闘員までもが固まってしまう。それに、神威業火はそれほどに強い。一網打尽にされるよりは、という考えだった。
が、それが単純な忙しさに繋がってしまっていた。
普通の任務こそ、なくなったが、ジェネシスに対抗するための、NPCによる任務が増えて、所謂新体制となったため、やはり、多忙になってしまう。
「はぁ……、」自然と溜息は出た。「一閃さん一人だけにジェネシス関係の施設の潜入任務って、私は何も考えてなかったなぁ……」
既に手遅れとなった事実に呆れる桃。
の、その目の前を、
「ッ、」
何かが、通り過ぎた。
桃が偶然顔を引いたのが、奇跡的だった。そのすぐ目の前を、真横に、見覚えのある何かが、通り過ぎた。
「芽紅ちゃん!!」
桃はすぐに声を上げた。桃の柔らかい声がこの広くはない部屋に響いた。
「既に!」
鈴菜が辺りを見回す。無制限透視による、確認だ。
桃はその間に、今の飛んできた何かの軌跡を確認する。
桃の左側の壁に、穴があいていて、隣の部屋の明るさが見える。そして、反対側も同様だった。
見て、すぐに感じ取った。
これは、貫通、だ、と。
(やっぱり、今飛んできたのは、手裏剣だね。……星屑の)
桃はすぐに席を蹴って立ち上がった。視線はすぐ側の鈴菜へと向き、彼女の視線を追う。
「どう?」
「いた。いました。支部の入り口。幸いにも、あの女以外は、いないみたいです」
「わかった。行ってくる。皆を避難させておいて。会議室とかに」
そう指示を出して、桃は鈴菜の横を通り過ぎてすぐに上へと向かった。
桃の、星屑との戦闘で負わされたあの怪我、重症は、まだ、完治していない。だが、この施設での、今この場にいない一閃を覗いたメンバーで一番戦いに秀でているのは、桃、彼女である。
彼女がいかねば、誰もいけやしない。
「やほ、久しぶり。氷華ちゃん」
臨時NPC吉祥寺支部のエントランスは広くはない。大凡一○畳と少しの横に広い地下にある部屋である。その簡易的な受付カウンターにふてぶてしく腰を乗せた見覚えのある自身と正反対と言っても過言ではない女を見て、桃は不快感を抱いた。
「突然の襲撃、歓迎はできないかな」
桃は呆れつつ、警戒を強める。
カウンターから飛び降りる様に立ち上がった星屑は、手元で弄ぶ様にいじっている手裏剣数枚を、蛍光灯の灯りで輝かせていた。良く見ると、その内の数枚には、鮮血が付着している。先の一撃で、何人かが、やられてしまった可能性がある。
「…………、」
桃は、面倒だな、と思っていた。
この桃がいる吉祥寺の支部は、戦闘員が少ない。いるにはいるし、そこを配慮した上で、定期的に海塚や恭介が回ってくるのだが、ともかく、このタイミングは、悪かった。
桃はエントランスの壁にかけられているアナログな時計を一瞥する。
(まだまだ、巡回はこなさそうだね。……私が相手するしか、ない、か。うん。この前の仕返しを、しないとだよね)