2.兄弟―5
そうとわかれば早速行動に移す。恭介がつかつかと人混みを避けながら進んでいくと、ある程度近づいた所で相手も恭介達の存在に気付き、顔を引きつらせた。昨日の事ではあるが、相手もはっきりと覚えているのだろう。大人数で囲んでも、一人で突破する男と女、という認識があると見える。
連中がベンチから立ち上がると、周りで連中を疎ましげに見ていた他の連中がそちらに反応した。ベンチの取り合いでもしているのだろう。このゲームセンター、ベンチも多く設置しているが、この休日、この人混み、足りていないのだろう。
「待て、話がしたいだけだ」
ありふれた台詞で連中を引き止める恭介。恭介の言葉に、連中は逃げ出そうとする足を止めた。無駄に盛逆らえば面倒事になるし、逃げ出しても追いつかれる、と分かっているのだろう。連中はそこで立ち止まり、嫌々ながら恭介達を迎え入れるのだった。
ベンチを占領しては、と考え、恭介の提案という事実上の命令で連中四人と外に出た。ゲームセンターの前の少し開けたスペースで、立ち止まり、話は始まる。連中はやはり、恭介達の事を警戒してはいるが、何もしなければ手を出す事はないと気づいてか、大分大人しくなってきた。
「金井雅人、金井雅樹ってこの二人の兄弟について知りたい。知ってる事を教えてもらえないか?」
率直な、立ち話での質問。聴いた連中の顔が引き攣る。が、一瞬の沈黙の後、一人の男が口を開いた。
「金井雅人……さん、は、俺達の先輩だ。高三の。所謂俺達の『頭』で、『ゴールドラッシュ』って族をまとめてる金井雅樹さんの右腕でもある人で……、」
そこから男は途切れ途切れの言葉で、知っている事を吐き出した。金井雅人の通っている高校。そのゴールドラッシュという団体の情報。金井雅樹の情報。
金井雅樹が、ゴールドラッシュという族の頭を張っているらしい。ゴールドラッシュは巨大な組織で、金井雅樹という総長を起点とした派閥がいくつも存在し、金井雅人はその内の一つの頭を張って、今、恭介と向き合っているその連中をまとめている。恭介が昨日見た金井雅樹の後ろについていた男達の話をすると、その連中は幹部格の人間かもしれない、という答えが返された。小さな族如きが幹部格の人間を五人も用意する必要性を持つとは思えない。ゴールドラッシュとやらは本当に大きな組織なのだろう。
それほどの組織の頭。故に昨日、金井雅樹は『名前くらいは知っているだろう』と吐いたのだろう。恭介達は知らなかったが。
出来る限りの情報を引き出すと、恭介は連中に「時間をとって悪かったな」と一礼入れて、解放した。
アーケード内を北上しながら、恭介は昨日連絡をする事が出来なかった典明に連絡をする。
「よう」
『おう、金井雅人の話か!?』
典明は昨日電話が来るとでも思っていたのか、恭介から電話が来るなりそう大音声で答えた。話の雰囲気から、何か調べておいたのかな、と恭介は予想する。
「今、金井雅人の下っ端捕まえてある程度の話は聴いた所だ。何か面白い話はないか?」
『面白い話!? じゃ、じゃあ、俺が一二歳の時の話を……、』
「いや、そうじゃなくて、金井雅人についての基礎的な情報じゃない情報の話をだな!」
アーケードの南側の最北端にきた。アーケードの北部へとは片側二車線の大きな道路を横断する大きな横断歩道を渡らなければならない。信号が赤だたため、恭介は電話をしたまま、一旦そこで足を止める。琴も並んで止まる。
『おぉ。そうだな。分かってる分かってる。で、俺の『人脈』を駆使して調べた結果だな……、金井雅人、その、ゴールドラッシュって族の中の『金井班』とか言う部隊の頭で、更に金井雅樹の右腕なんだと』
「そこまでは分かってる。その先が知りたい」
『お、やっぱりそうか!』
予想外の返事に、恭介は眉を顰める。
「何か分かったのか?」
『いや、これ言っていいのかわからないけどさ。なんか噂じゃ、金井雅樹、金井雅人の二人。「何かすげぇ喧嘩して、不敗」なんだってよ。その実力があって、ゴールドラッシュの頭張ってるみたいだ』
「『何かすげぇ喧嘩』?」
恭介が更に不思議そうに眉を顰める。
信号が変わった。それに気づかなかった恭介は琴に肩を叩かれて気付き、渡り始める。
『そうなんだよ。人脈辿って、そっち系の人間にも聞いてもらったんだが、なんか変な話ばっかりなんだよなぁ。殴ったと思ったのに、投げられてた、とか。ちょっと蹴られただけに見えたのにすげぇ吹き飛ばされた、とか』
「なんだそれ」
そうは答えつつも、超能力の影を感じ取っている恭介。
信号を渡り切り、アーケード北部へと足を踏み入れた。アーケードの北の部分は、南側に比べて年配向けの店が揃っている。それと、事務所類だ。若者よりも、年配の人間、そして、この町を裏で支配しているそっち系の人間の通りと言っても良いだろう。が、表向きはしっかりとしているので、年配、家族連れの影が普段は多い。
どこへ向かうか決めていない恭介はアーケードをひらすら北上する。
『なんだそれ、って言われてもなぁ。……あ、そうそう、情報くれた内の一人が言ってたんだけど、どうして負けてるのかわからない、って感じらしい。俺の情報はこれくらいだ』
「そうか。さんきゅ。今度飯でもおごってやるよ」
『いや、飯はいいから愛ちゃんを……、』
「じゃあな」
何か言いかけた典明を無視して通話を切り、携帯電話をポケットにねじ込んだ恭介は一度、足を止めた。
そして琴と向き合い、
「ゴールドラッシュ、金井班。それらについて調べよう。解決が今日になるか、いつになるか分かりはしねぇけど、この問題に関わる以上は、族を相手にしなきゃいけないみたいだ」
「うん。分かった」
二人はそのまま北上を続け、アーケードを抜けてその北、すぐにある大きな広場がある公園へと出た。信号を渡り、その公園へとついて、近くにあった自動販売機横のベンチに腰を落ち着かせる二人。近くにあった時計を見ると、時計の針は一一時を指していた。
「昼飯はどうする?」
恭介が訊く。
「まだ早いかな? 忙しくなったら別に食べなくてもいいかな」
「そうか。じゃあとりあえず先に動いておくか」
そう言った恭介が顔を正面に向けると、公園の端の方、遥か先に、屯している数名の黒服の連中を見つけた。九月後半に入ったとはいえ、まだ暑いこの日。だというのに真っ黒なパーカーを来て、フードで鼻下まで隠しているモノだから、やたらと目立つ。
彼等がゴールドラッシュに関わっているとは限らないが、そっち系の人間であれば、ゴールドラッシュの存在、そして、ある程度の情報は把握しているだろう。もしかすると、今日、どこにいるのかもわかるかもしれない。
それさえ、現在地さえ分かってしまえば、楽なのだが。
恭介の視線を辿って、琴も正面遥か先を見据える。千里眼である彼女は恭介よりもはっきりとその光景が見えているのだろう。
「……、また面倒なことになりそうだね」
琴が気だるそうにそんなことを呟いたモノだから、恭介は気になって、一度連中から視線を外して、琴を見て問う。
「何か見えたのか?」
「後数秒したら、分かるよ」
琴がそう言う。視線は連中に向けたままで、恭介もそれに習って視線を連中の方へと戻した。すると、だ。
連中の向こう側の道路。そこに連中のバイクと思われるバイクが無数に並べられていたのだが、その数が、増えた。数は五。最初からいた黒いパーカー集団の数も確認してみると、五人。
嫌な予感を恭介も抱き始めた。視線の先に見えたバイクに乗って登場してきた男共の見た目は、やはりそっち系のモノであった。