14.沈黙からの解放―11
実際、恭介も桃も、琴も、今、同時刻、海塚が行平と話合い、先を互い共急いでいるために、最終決戦とも言える神威業火との戦闘を急ぐのは、推測できていた。千里眼を発動してのぞき見なくとも、簡単に想像出来る事だ。
結局の所、敵ではあるが、行平達と、NPCの目的は、一部同様なのだ。
「うーん……麻酔はとっくに切れてて、全身バッキバキに折られた様な痛みが全身に走ってるけど、体術をあんまり使わなかったら普通に明日にでも動けるんじゃないかな? 痛みからくる熱とか出なきゃだけど」
桃はそう言って、笑顔を見せる。が、それが無理矢理浮かべている笑顔だと恭介は気づいていた。
が、気づいていても、どうしても、待っていろと、休んでいろとは口に出せないでいた。
「そうか。申し訳ないとは思うけど、きっと、戦闘が始まる」
「そうだろうね。覚悟は出来てるし、今更だよ。私だけじゃなくて、皆、命を賭してNPCにいるんだから」
そうだな、と恭介は思った。海塚達とそれを確認したばかりではないか、と今更だったな、と反省した。
「神威業火、結婚してたのか……?」
海塚が珍しく表情を歪めてまで素直に驚きの反応を見せた。
行平は頷く。「あぁ、そうだ。もしかすると、内縁の妻、のような関係だったのかもしれないが、所帯持ちであったのは事実」
行平がそう続けると、海塚は更に目を見開いた。驚愕の事実を伝えられ、頭痛がしてきそうだった。
海塚は頭の中で、今、行平から伝えられた一つ目の報酬、神威業火が『何故』、人工超能力の商品化を目指しているのか、という話を、整理する。
(死んだ妻の理想……? なんてありきたりなんだ。神威業火みたいな人間が、そんな事で、日本中をわがままで巻き込むような事をするとは思えないが)
「信じられない、という表情をしてるな」
「それはそうだろう。あの冷酷な男が人情を重んじるタイプの人間には見えない」
「そう言われても、証拠はない。が、事実だ」
行平は言い切った。彼のような人間は、証拠を持ってくるだろう、と海塚は思ったが、そんな彼が証拠なしに、そんな重要な事実を語った。きっとこれは、事実なのだろう、と思わず思った。それがあくまで可能性である事は胸の隅に入れつつ、そうだ、と仮定して話を進めるしかない。
行平から聴いたのは、神威業火は妻を持ち、その妻と共に超能力の何かをしていた。その妻の理想が、誰もが平等に超能力を使うファンタジーな世界を見てみたい、というモノだったらしく、彼女が死んでから、神威業火は人工超能力の開発に注力し始めた、という話。
(いくら何でも、やはりありきたり過ぎだ。あいつは既に人間を捨てているんだぞ)
海塚は、その話が、信じられなかった。
そうやって会話を交わして行く内に、報酬は次々と開示され、譲渡されて行く。
「……そして、これ、だ」
行平が白衣の内側から、何かを、何個か、取り出した。それらを、二人で挟むテーブルの上に並べた。
それを見た海塚は、目を見張った。
「武器か、」
そしてそう呟いた。
そうだった。机に並べられたのは、いくつかの、形が歪で、何かが少し変な、違和感を感じるような、武器である。
それを見て海塚がまず思い出したのは、やはり、討伐隊の存在。それから、推測もできた。
「超能力を生かすための、武器。か」
海塚のその推測に行平は深く頷いた。
「あぁ、その通りだ。流石に、全員分は用意できなかったが。仕方ない。研究所にはもう、戻れないし、素材も時間も限られていたからな。丈夫なモノは作れなかったが、役に立つはずだ」
そう言って、行平はまず、一つを、指さした。
それは、この机の中でも、海塚もまず最初に目を着けたモノだった。
日本刀。一閃の持つそれとは、少し違う、それこそ見た目と雰囲気に何かと特別に言い切る事は出来ない違和感を持った鞘に収められた日本刀だった。
それを指さした行平は、静かに面持ちを上げて、言う。
「これは、所謂超振動する日本刀だ。簡単に言えばなんでも斬れる日本刀だ。……単純な攻撃力の向上。持たせるのは当然、」
「恭介だな」
「あぁ、その通り」
そしてこっちが、と次に行平が指さしたのは、日本刀の脇に置いてあった小さなモノだった。形は腕輪で、やたらと、小さい。
海塚はそれが何か、はわからなかったが、その大きさから、誰のモノか、すぐに推測できた。
「春風のだな」
行平は頷く。
「そうだ。氷をメインで使用しているようだが、彼女は水の超能力者だ。それに合わせてある」
効果は説明せずに、すぐに次に映った。今この場では、どれがどの人間の持つべきモノなのか、の説明なのだろう。海塚に預けるから、それぞれに渡してくれ、という事なのか。
次に行平が指を滑らして指したのは、海塚に与える武器、続いて、亜義斗、菜奈、と計五つの武器を見せた。が、机の上には、もう一つ、モノがあった。行平はそれを最後に指差して、言う。
「これは、武器ではないが、……プレゼントだ。一時的な友好の証として」
「もうすぐ、あんたと会えるのも、最後になるかも知れない」
奏の部屋に、大介と愛の顔を見に行った恭介は、下二人がいるまま、奏に不意にそんな事を言われて困惑した。
「え、何? どういう事だよ?」
通常通りであれば、普段の恭介に大してだけ横柄な態度を取る奏なりの冗談や、神威業火という強大過ぎる敵を相手にするから、どちらかが命を落としても仕方のない現状、という解釈が出来るのだが、恭介は違和感を覚え、そう問うた。が、奏はマニュアル通りに応える。
「……、何、これから神威業火との戦いが控えてるから。そんな事も分からないの?」
奏は普段通り、そして呆れた様に恭介に辛辣な言葉を投げるが、その取り繕った言葉の直前に一瞬だけ見えた違和感丸出しの沈黙という間を、恭介は確かに感じ取っていた。
その違和感から感じたのは、何か隠しているのでは、という疑心の感覚。
だが、恭介は問わない。突き詰めない。探求しない。
「……あぁ、そりゃそうだよな」
恭介はあの日、流が殺されて、その後に行われた葬式で、奏に言われた言葉を思い出していた。
――「……ッ!! アンタ……アンタが流を殺したのよ。『変える事が出来なかった!!』」
この言葉を聴いた当時、全部その場にいながら、何もできなかった無力だった自分が悪い、と思い込んでいたが、確かにあの場でも、この言葉を聴いた時、今のような違和感に似た何かを恭介は感じ取っていた。
が、その時と同様、触れてはいけないという威圧的な、何かを感じ取っていた恭介は、敢えて何も言えない。言わない。
頭を振って考えを切り替えた恭介は、話題を逸らす。
「大介も愛も、とにかく身を潜ませてろよ。俺と母さんが絶対に状況を打破してやるからな」
「期待してねーよ糞兄貴」
「死なないでね」
それぞれのこんな状況ながらマイペースな返事をする二人に苦笑しつつ、恭介は奏ともこれ以上話す事はない、と考えた恭介は、じゃあな、と言葉を置いて部屋を出ようとした。が、奏が、
「恭介」
引き止めた。呼びかけられた恭介は扉から出る前に何か、と問う。と、奏は一言、彼に伝えた。
「……思い出す、って、覚えておいて」
「思い出す……? ん、良くわかんねぇけど、分かったわ」
恭介はその奏の言葉にも、やっぱり何かを知っている上で、敢えて隠しているんだな、と違和感を覚えた。が、やはり、突っ込んだ話をする事はできなかった。
部屋を出た恭介が次に向かうのは、典明のいる練習場だった。