14.沈黙からの解放―6
琴はそう言って、深い溜息を吐き出した。
桃はそんな琴を見て、心配に思う事しかできなかった。
恭介の安否もそうであろうが、メンバーの安否、そしてこの先の事を、考えて心配していた。
「大丈夫だよ。きょうちゃんなら」桃は言い切る。「大丈夫。絶対。信じる信じない以前に、きょうちゃん強すぎるし」
そう言って、桃は場違いだとは分かっていても、微笑む。琴の心配を、少しでも少なくしてやりたいという気持ちの現れだった。
そんな桃の気遣いに琴は微笑み返した。視力を失い、自分が上手く笑んでいられているのか、と思ったが、その笑みは、見る者を魅了するほどの、素晴らしい笑みだった。
「うんうん。それくらい明るい方が琴ちゃんっぽくて良いよ」
「それどういう意味なの?」
笑い、笑って、それでも、現状は無視しきれない。
桃が場を切り替えて、問い直す。
「ちょっと質問。今、日本本部にいる人間はどうなってるの?」
その問いに、言ってなかったね、と琴が覚えている限りの聴いた話を説明する。
「えっと、典明君はいる。で、そのさっき言った典明君を抑える役目で超能力者が結構残ってるし、強力な人も残ってる。大介君と愛ちゃんは奏さん用に用意された控え室にいるよ。幹部格以外の人の身内の人達には被害は及んでないみたいだから、来てないね。……顔が出た人達は、やっぱり名前も出てるから、大変みたい」
「そうかぁ……でも、人工超能力の仕掛け、最悪だね。流さんは、わかってたのかな?」
琴はその疑問に対して、首を横に振る。
「いや、わかってなかったみたいだよ。と、思う、って言った方が確実かもだけど。きょーちゃんから聴いた話と、私が他の支部にいた頃からの話からの推測だけど、流さんがわかってたのは、神威業火が超能力という一般からかけ離れた特異を使って、一般人を支配する様な、悪影響をもたらす悪事を働く、って感じの曖昧な事だったみたい。それを阻止するためにNPCを作って、その前身にあった組織の仕事である悪事を働く超能力者を始末する、ってのも請け負ったみたい」
「あぁ、そうなんだ。なんか幹部格になっても、まだまだ知らない事があるんだねぇ」
「そうだね。なんか機密扱いのモノとかはしっかりと伝わってくるんだけど、細かい機密でもないモノは隅に置いとかれて忘れられてるみたい」
「そういう話を聴くと、やっぱり人間の集まった会社みたいなものなんだなぁ。なんて思うね」
「そうだねぇ。超能力持ってるだけで、人間だしね。私達」
二人はそれから、自然と会話を繋げて、思い出話まで始めていた。
緊張の塊に包まれているような中だからだろうか。まるで、その話は、走馬灯の様で、口にはしないが、不安を煽っているようだった。
83
ジェネシス本社。広大な敷地をまるごと買取り、自分の領地だと言わんばかりに敷地を外壁で囲み、その中に研究施設、寮等の設備を整えたそのエリアが丸々まとめられて、ジェネシス本社と呼ばれている。つい先日襲撃した研究所があるのも、ここだ。
先日の襲撃のせいだろうか。研究所一体はコーンバーとカラーコーンで仕切られていて、足場が組まれている。足場の中に見える研究所は酷い有様なのか、それとも、単に建て直そうとでもしているのか、余り良い影は見えなかった。
外壁の途切れる巨大な入り口、正面ゲートには、警備員が数名待機していて、内二人は表に立っている。主に車の出入りの管理をしている様で、超能力者の様には見えない。
「……やっぱり外部の警備会社から雇った人間だそうだ。表向きに超能力者を押し出すわけにはいかない、という少し前の状況のせいだろうな。カモフラージュか」
車で向かっている海塚は、警備会社を制服から割り出し、一閃に問い合わせさせてその事実を確認させた。ジェネシスにいた人間ではあるが、そういう細かい所までは、把握していなかったようだ。
「よし、ま、どちらにせよ、このまま突っ切るつもりだったけどな」
ハンドルを握る海塚は、そう吐き捨て、そして、
「止まってくださー……、お、おおい! 止まれ! 止まれぇえええええ!!」
警備員連中の悲鳴が聞こえる。
当然だ。車が二台、警備員、そして進入禁止のバーを無視して、物凄い速度で突っ込んでくるのだから。
海塚の運転するバンと、奏の運転するセダンが、連続して中へと突っ切り、そして、一気に神威業火のいる本社へと突っ込んだ。
どうせ進入すれば、神威業火の持つ謎の超能力によってすぐに見つかる。ならば、最初から正面突破、目的完遂だけを見据え、邪魔の排除も最小限に抑える。というありきたりな、だがこれ以外に選択肢のない、作戦を海塚は皆に提案し、皆から了承を得た。そして、実行した。
車は敷地内を気楽に歩いていた人間を数人轢き殺しつつ、真っ直ぐにジェネシス本社へと進入し、そして、入り口のすぐ前へと着けた。
悲鳴が敷地内のあちらこちらから上がっている。血の跡が拡散され、人間の身体の一部も散らばっていたりした。
「警備員が警報を鳴らさず共すぐに知られるだろうな」
車から颯爽と降りた海塚はそう呟いた。
「だろうな」
続いて降りた一閃が、そう静かに応えた。
「映画で見たようなカースタントになってたでしょうね。今の運転」
続けて降りたのが、神威亜義斗。そして、その横に、
「あはは。ま、早速大暴れしようか」
メイリア・アーキ。彼女が降り立った。
海塚達この四人は、正面から仕掛ける。
そして、残りは、
「――見つけた! 最上階、多分神威業火のオフィスなんだろうな……神威業火、それに霧島さん、と……後一人いるな。女性だ。……いや、今、出て行った。秘書か何かか? ……ッ!!」
そこで、恭介の言葉が途切れた。
何かあったか? と奏が問うと、
「やっぱり、見つかった。まさか千里眼の視線に自分の視線を重ねてくるなんて怪物地味た真似をしてくるとは……」
「ふん。ま、いいじゃない。どうせ、正面突破なんだし」
運転を続けていた奏がそう吐き捨てた。
奏の運転する車には、奏、恭介、零落希華、そして、エミリアが乗り込んでいた。
こちらのメンバーは、一気に移動して、目的を片付ける事を最優先にしたメンバーである。
故に、この車の進路は、海塚達の横を通りすぎた。
本社入り口の大きなガラス張りの扉を盛大に突き破り、そして、中で仕事をしていたり、軽い会話をしていた人間、そして、待ち受けていた超能力を持つ部隊の連中を大勢まとめて轢き殺した後、入り口から正面にある受付のカウンターすら突き破り、そこにいた何の関係もないであろう受付嬢すらひき殺して、やっと、その車はフロント部分を大破させて、静止した。
「降りるわよ!」
奏の言葉に続いて、全員が車から飛び出す用に降りた。そして、生き残っていた部隊には目もくれず、零落希華と奏、エミリアの三名は階段を目指して駆け抜け、恭介、そして、海塚達からワンテンポ先に奏が突っ込ませた車に続いて進入していた亜義斗の二人は、瞬間移動を使って、すぐにその場から消え去った。
部隊の連中はすぐに階段へと向かった三人に攻撃を仕掛けようとするが、そこに、抜刀連撃。
一閃の攻撃が、炸裂する。
海塚達は、奏達が駆け上がる際に邪魔になる敵を始末する役目を追う。つまり、前衛でありながら、後援。
海塚達の手にかかり、そして、生死を問わないとなれば、結果を出すのは素早かった。
ものの数秒でそこにいた人間を片付け終えた海塚達も、また、階段めがけて駆け出した。このままいけば、奏達を追う形で階段を上りきり、一気に最上階まで駆け抜ける。
が、そうは上手くいかない。
「相手も速い!」
階段を一番で駆け上がるメンバーの中で、背後を確認してそう声を上げたのはエミリアだった。そのすぐ後ろについていた奏が声を上げる。
「希華ちゃんッ!!」
その声と同時、零落希華は振り返りもせずに、超能力『液体窒素』を発動。背後を追ってきていた数名は、一瞬にして氷付き、その場で動かずに落ちる。
が、すぐに新たな追ってが来てしまう。挙句、上の階からも足音が聞こえてきていた。
こうなってしまうと、零落希華も手を出しづらくなってしまう。次から次へと無尽蔵に湧き上がる敵を全て氷漬けにしてしまえば、海塚達が登る足場を封じてしまう。