14.沈黙からの解放―5
が、ここで当然、恭介と、恭介の簡易的な報告を聞いていたこのメンバーは、当然疑問を抱く。
今、行平は何と言ったか。そうだ、『絶対石』と、だ。
だが、恭介はつい先日、否定石と呼ばれる絶対石と同様の効果を持つ、神威業火が開発した、とされる代物を使う討伐隊と対峙している。
「それ、否定石とは、違うのか」
恭介が静かに問うた。行平の表情は、無に戻った。
そして、静かに、応える。
「あぁ、そうだ。神威業火の手によって作り出された否定石と、同様だ」
言い切った。実際に、この様な能力を持つ石を開発したのは、確かに、行平が先だった。が、そもそも、神威業火も元は研究者一人である。その情報さえ知ってしまえば、作り出す事は容易い。
「じゃあ、この石だけじゃ貴方の持つ情報の価値にはならない」
零落希華が告げる。事実だ。
行平は、早かったな、と思った。行平自身、いつかは否定石の存在が神威業火に知られ、その技術を転用されると思っていた。が、こんなにも早くしてくるとは思えていなかった。
「そうだな。では、違うモノを提示しようか」
行平は言って、一度、深い溜息を吐き出す。
が、それを海塚が止めた。
「いや、良い。それよりも、先の事を決めよう」
海塚は、既に気づいていた。恭介の様子を見て、理解していた。急がねばならない、と。
海塚が視線を行平に向ける。行平も海塚に向く。そして、恭介と、一閃、、亜義斗それに零落希華が立ち上がった。
そして、立ち上がった四人は皆、外へと出て行く。そうして場に残ったのは、海塚、行平、それと、エミリア、奏、メイリア、のみである。
これで、十分だ、と海塚は言葉を挟まなかった。
今、外には敵が集結している。それが、
「一応聴いておこう。アレは、お前が配備したモノか」
「そんなわけないだろう。何ならエミリアも向かわせようか」
「いや、良い。一応の確認だけだ」
行平の罠ではない、と海塚もわかっていた。だからこそ、恭介、一閃、亜義斗、零落希華と四人も撃退のために向かわせたのだ。そして、相手がエミリアを動かさなかった事に対して、どうこう言うつもりもなかった。仮にこの場でエミリアや行平が何かを仕掛けてこようが、対処出来るだけの戦力は残っている。実際、一瞬さえ残っていれば、海塚の既に用意してある剣やありとあらゆる兵器が、行平の脳天から彼を突き刺すだろう。
「さて、外の馬鹿共の中に強者がいるかどうかなんて関係なしに、NPC日本本部のメンバーが遅くても数分で片付けて来てくれるだろう。そしたら、すぐにでも動こう。一番に聞きたい事だが、エミリアは当然同行してもらうとして、他に我々に託せる、貸し出せる戦力はあるのか」
海塚が進める。
(外に来た敵は、ジェネシスか、その下請けに値するリアルだろう。狙いは行平か、両者か、だな。警察が追ってきていれば気付いたはずだ。かと言って、そう強力な戦力を派遣するとは思えない。向こうの内部でも、恭介達の驚異は伝わっていて、建前だけでも強者を派遣してくるはずではあるが、ここで切って捨てる程度の人間だろうしな)
海塚はさて、と行平の反応を待つ。
「……エミリアは当然、同行させよう。悪いが、すぐに用意出来るのは、これしかない」
そう言って行平が再度白衣のポケットから取り出したモノは、
「何だこれは?」
海塚の前に置かれたのは、一つの小さな、USBフラッシュメモリーのような、棒状に近い形状をした何か。海塚はそれを手に取り、裏面まで見てみるが、正体はわからなかった。
「人工超能力の中に仕込まれている仕掛けは、確かに、神威業火の超能力によって発動する可能性があるが、仕掛け自体は、機械だと思ってくれ。いざ、という時に、何かない様に、と作っておいた。まだ、この一つだけだが、設備さえ揃えば大量生産も可能だ。……それは、ジャミング装置だ」
「なるほどな」
言って、海塚はそれをズボンのポケットにねじ込んだ。詳細までは問わなかったが、そうそう効果範囲も狭いはずはないだろう。
奏が不満げな表情を浮かべてはいたが、海塚は、ここまでだ、と判断した。
立ち上がりそして、言う。
「さて、結果は期待するな。ウチからも戦死者は出るだろうし、エミリア、あんたは敵だ。誰も守ろうとしないかもしれない。だが、霧島雅を取り戻し、帰った際には、情報提供をしてもらうぞ。行平」
「あぁ、情報整理はしておこう」
そう言って、互いとも意思を確認しあうと、立ち上がった。
外に出てみると、暫く人の踏み入れる事のなかった土地に、無数の死体が転がっていた。一部は凍っていたり、燃え上がっていたり、目も当てられない酷い状態になっていたり、と酷い惨状が出来上がっていたが、その中に、NPC日本本部メンバーの死体は転がっていない。
全員無事、傷一つなく生き残っていて、零落希華が出てきた海塚にまとめて報告する。
「リアルの人間だね。リアル内の幹部格クラスと思われる人間が三人いたけど、」恭介を一瞥して、「恭介君が瞬殺。見た感じだと、ジェネシスの幹部格よりも弱かったかと。まぁ、なんだろう。わかってるとは思いますけど、やっぱり、本気では来てないって印象でした」
「だろうな。さて、ここからが本番だ。神威業火の下へと襲撃する方向で固まった。全員車に乗ってくれ」
少し離れた位置で、恭介が溜息を吐き出して、体についた鮮血を拭っていた。
全員を車に押し込む必要はなく、行平が用意しておいた車と別れてそれぞれ乗り込み、ジェネシス本社へと向かう事になった。
82
「……えっと、目、覚めたかな? 桃ちゃん」
「……ぅ、と」
NPC日本本部、幹部格郁坂恭介のオフィスにて。盲目の琴はソファに腰を落ち着かせて、友人の目覚めを待っていた。友人とは当然、先の星屑との戦闘で負傷し、重傷を追って治療中だったまま、無理矢理にここまで運ばれてしまった春風桃の事である。
ベッドに寝かされている桃は、既に手術は終わっていて、ただ、眠りから目を覚ますのを待つだけだったが、現状が現状なだけに、人手が足りておらず、結果、大丈夫だと言える程度までに手術も終わっていたため、こういう状況になった。
桃が目を覚ました。体中が痛むのだろう。表情を苦しげに歪めて、なんとかベッドから上体を無理矢理に起こそうとして、時間をかけて起き上がった。
未だぼやけたまま晴れない視界で辺りを見回して、ここが恭介のオフィスで、側には琴がいる、という現状を把握した。
「えっと、琴ちゃん。起きた、よ」
今の琴は目が見えない。音で全てを判断している。だから、まずは、と桃はそう声を掛けた。
「あ、良かったぁ……。えっとね、イロイロあって、……本当に、イロイロあったから。それを今から説明するから、聴いてね」
嬉しそうに桃の目覚めを喜んだ琴だったが、すぐにその気分の抑揚も収まり、すぐに現状の説明をし始めた。
桃はあの日、星屑に半殺しにされてから、一度は目覚めたが、その次に目覚めたのはたった今だ。現状を、知らなかった。琴からその全てを聞かされて、桃は辛辣な表情を浮かべて、息を呑んだ。
聞かされてすぐは、当然そんな状況等、信じたくなかった。だが、琴が嘘を付くはずない、と桃はすぐに気になる事に対する質問を投げかけ、琴がそれに答え、と数分間で、桃は事情を把握しきった。
「……、うん。分かった。最終決戦みたいな状況になっちゃったね」
桃の呟きに、琴は頷く。
「うん。そうだね。霧島さんを取り戻すのが目的だとか言ってたけど、実際、神威業火の領地に足を踏み入れて、そのまま逃げ切るなんて難しいと思う。当然、任務だけやって帰って来てもらえれば、嬉しいんだけど」