14.沈黙からの解放―3
海塚に見つめられて、佐々波は思わず緊張の息を呑んだ。こんなに、真剣な面持ちで真正面から顔を合わせるのは、いつぶりだろうか、と思った。
佐々波は、何が言われるか、この海塚が口を開くまでの一秒にも満たない間で、理解できているようだった。そして、やはり、予想通り。
「……何かあったら、俺の両親の所に行ってくれ。お前の顔も名前も出てないからな。全てを伝えてくれ。その後は……俺の残したモノを全部やる。一生遊んで暮らせるくらいは溜めてある」
金の問題も、これから先、出てくるだろう。
メディアにあの様に取り上げられてしまった今、NPCは今まで秘匿に受け取っていた活動資金が、打ち切られるだろう。これ以上どうやってもNPCを無理に存続させよう等という権力者、有権者は、出てこないに決まっている。
皆、人工超能力の力に、魅入られているのだから。
「いぶ、」
佐々波が口を開くが、海塚は許さない。
「そういう事だ。俺が帰ってきたら、今の話はまた先に延ばすからな」
そう言って、一方的に言って、海塚はすぐに部屋を出た。
佐々波は、追えなかった。
81
海塚の運転する車に、全員が乗り込んでいた。
メンバーは当然、助手席に郁坂奏、中列の席に郁坂恭介、零落希華、メイリア、そして後列に一閃、神威亜義斗が。
既に日は暮れていて、辺りは暗い。あんな革命的とも言える報道のあったあとではあるが、特に世間は慌てていない。皆、何もない日常に慣れすぎていて、変化を目前にする前までは、慌てる事もないのだろう。が、きっと、聞こえていないだけで、会話の中に話題として上がってはいる、と予想ができた。
「神流川村……、聴いた事ないんですけど」
恭介が、言う。と、奏が応えた。相変わらず、冷たい態度ではあった。
「私、それに海塚君やお父さん、零落維持族も、それに、神威業火なんかの出身地よ。NPCの前身の組織があった場所でもあるわ」
「そんな場所があったのか」
「えぇ。もう、ないけど」
「もうない?」
それには、運転最中の海塚が応えた。丁度、街中を走っていて、信号で止まったからだろうか。
「ない。……昔、NPCが出来るよりも前に、滅んだ。神威業火の手によって滅ぼされたさ」
「そうなんですか」
海塚のその言葉に、誰よりも感情を反応させていたのは、奏だったが、表に反応は出さなかったため、隣に座っていて、全てを知っている海塚以外は、その機微な変化には気づいていなかった。
奏の両親は、当時、『その一件』によって、死んだ。神威業火によって殺されたと、奏は語る時には、語る。この場では、語りなどしないが。
「……何年ぶりだろう」
恭介の隣で、零落希華が呟いた。それを恭介が拾う。
「希華ちゃんも出身なんだね」
「そうそう、でも、あんまり多くは記憶もないけど、まだ、幼かったし」
「そうなのか。……そんな、特別な場所なんだな。今から向かうのは」
信号が変わり、車は発進する。
「それにしても、」溜息の後、奏が言う。「その、行平とやらは、どうして神流川村を指示したのかな。やっぱり、事情について把握しているっていう証明?」
「その可能性が一番高いと思うね」
メイリアが応える。海塚達も、そう思っていた。
が、当然、それ以外の可能性も考慮しなければならない。
他にあるとすれば、と海塚が口を開く。
「あの村の跡地に、何かがある、仕掛けてある、とか、あの村でないといけない理由がる、とかか。……とは言っても、無理矢理に推測しただけだが」
「村の跡地に何かある可能性ってあるんですか? 聴いた話だともう更地だって」
零落希華の問いには、奏が応えた。
「私達も、正直、あの村で何があったのか、全部は把握できてなかったからね。小さな村だったけど、私の両親達がやってたNPCの前身の組織も、イロイロあったみたいだし。それに、一応、神威業火の出生の場所でもあるの。彼が、何かを隠していてもおかしくはない。けどね。あくまで可能性だけどね」
奏はそう語る。が、やはり、推測の域はでない。
それから一時間程更に車を走らせて、都を出て更に深く奥へと北上して行くと、周りの景色は木々や山々、それに田畑と言った田舎の光景を映し出し始めた。
所謂田舎街の光景だが、恭介や亜義斗、それに一閃は、見知らぬ土地に、ここは何処なのか、と困惑していた。
車はまだまだ暫く、この田舎街を進む。そしていつの間にか山道を登り始め、終いにはろくに舗装もされていない道を登り始める。そうして、東京都内から約三時間もかけて到着した、地図に乗らないその廃村は、そのまま、廃村として、恭介達の目の前に現れた。
そこに降り立った恭介は周りを見回して、思わずおぉと漏らした。視界の中にその敷地全てが収まる事はないが、足を踏み入れてすぐに、確かにそこまで広くはない土地だ、と思った。
廃村なだけあって、電気も当然通っていない。既に日は沈んでいるため、舞台が舞台なだけに、まるで肝試しにでも来たかのような気分であった。
あちこちに生活の跡、そして、一件のモノと思われる爪痕が残っている。建物が無数に残っている。どれも、それなりの形を残している。人間が滅多に足を踏み入れないからだろうか。遠目に、そして明るい内に見れば、もしかするとまだ人が住んでいる様に見えるのかもしれない。
海塚が大きめの懐中電灯を取り出して、点けた。真っ暗闇のこの空間に、一筋の光が差し込む。
海塚は数歩歩いて辺りをキョロキョロと見回していた恭介の隣に立ち、手にする灯りで村の一番奥を刺した。そこには、うっすらと、この村で一番大きな建物が、見える。まるで、村長がいるかのような、そんな大きさを誇る建物だった。
何だろうか、と恭介が首を傾げると、海塚は普段通りの口調で、言う。
「あれが、お前の両親が住んでいた場所だ」
「何、親父も、母さんも、村で一番でかい所に住んでたんすか?」
恭介が問うが、二人の間を割り込む様に、先に進みだした奏が、
「人の過去の詮索なんてするから、モテないのよ」
言葉を割った。
「……あんた俺の母親じゃねぇか。つーか彼女いるし……」
恭介は不満げにそう呟いて、奏に続いた。奏は少し進んだ所で立ち止まり、懐中電灯を持っている海塚を先に行かせた。
暫く辺りを見回しながら歩いていた七人。海塚の実家だった場所や、零落一族の土地、そして神威業火の家も見て、いた、時だった。
神威業火が住んでいたという、極普通の二階建ての家のその玄関から、一筋の灯りが、出てくる。
そうしてそこから出てきた、二つの大小の影。懐中電灯を片手に、白衣姿で出てきた大きな方の影を見て、海塚が代表して、問う。
「行平だな」
その影は、暗闇の中でもハッキリと分かる程に、頷いた。
「そうだ。中で、話をしよう」
そう言って、行平はその神威業火の家の玄関の中へと入って行く。だが、もう一つの小さな影、エミリアは、まだ、留まっていた。
視線は、彼女は、海塚のすぐ隣にいた、郁坂恭介を見ていた。そして、郁坂恭介も、彼女をただ見ていた。視線は、無機質。だが、感情が隠されている。
二人は初対面だ。だが、しかし、見たその瞬間、恭介は、こいつがエミリアか、とまず、思った。琴をあんな目に合わせたジェネシス幹部格の一人。そして、今は、手を組む相手。
そんな恭介の事を察してから、奏は静かに息を抜くように溜息を吐いた。
「恭介君。……今は、まだ」
零落希華が視線をエミリアに固定して動かさない、様子のおかしい恭介の肩に手を置いて、静かに言った。
「……わかってる。心配しないでくれ。俺なら大丈夫だ」
恭介は静かに応えた。