14.沈黙からの解放―2
そんな調子が掴めない海塚に提案しながら、気にもかけずに、行平は冷淡に続けた。
「提案だ。今、神威業火の下に霧島雅が向かってしまった。理由は言わずとも分かるな」
海塚は聴いて、すぐに零落希美の一件を思い出した。
「あぁ、不死鳥、だな」
「その通り」
返事は互いとも早かった。行平は必要な返事だけ受け取ると、すぐに続けた。
「目的はただ一つ、霧島雅の奪還だ。彼女は大きな力になる。郁坂恭介には申し訳ないが、彼女とエミリアの命を狙うのはやめてもらいたい。霧島雅の奪還に協力してもらえるならば、知っている限りの情報を渡そう。ついでだが、エミリアと霧島雅、そして私の技術を、NPCに協力という形で一時的に譲渡しても良いと思っている」
ありったけの、提案だった。この話が全て嘘偽りなく本当のモノであれば、海塚にとっては好都合だった。ただ一つ、郁坂恭介の件の不安を除けば。
「……その話の信憑性を問うても仕方ない事だ。だから、話を進めさせてもらうが、」
そう切り出して、海塚は慎重に探る。側にいる佐々波もその海塚の緊張を察しているのか、固唾を呑んで心配そうに彼を見守っていた。
「今、霧島雅は、お前の目的の霧島雅は、神威業火の下にいるのだろう?」
「あぁ、その通りだ」
端的な返事。
「だとすれば、神威業火との戦闘になる可能性がある」
「その通りだ」
端的すぎる、返事。
あまりに何も考えていない様な短い、端的な返事が返ってくるモノだから、海塚は相手が何を考えているのか、全く掴めないでいた。行平は敢えてそうしている、というわけでなく、元の性分がこの様なモノのため、もとより掴みどころの少ない男なのである。
だが、と行平が訂正する様に、付け加える様に、言う。
「目的はあくまで霧島雅の奪還だ。彼女は今、零落希美という餌に惹かれて自ら彼の下へと向かっている。彼女を無理矢理連れて帰るのが、依頼だ。正確に言えば、神威業火と戦う事ではない。神威業火を放置して、彼女だけでも取り戻してもらえれば、良い」
「……一番の敵だぞ。避けれる自信を持てる人間が、いるのだろうか」
海塚は、この件に関しては当然、自信がなかった。自信を持てる人間が、いるはずがない。いわば『最後の敵』である神威業火。その人間を目の前にしたのはついこの前の事だった。海塚は経験している。神威業火の、その恐ろしい程に、強靭で、理不尽な雰囲気と、力を。
神威業火も何らかの理由があって霧島雅を奪取したのだと分かる。言い方次第ではあるが、霧島雅は神威業火のモノである。その、彼のモノを奪いに行く。
大問題だ。そして、自ずと先は予測できる。
断るしか選択肢はない様に思えた。だが、しかし、行平という海塚にとっては謎の存在が持つ未知の情報には、価値があると推測出来る。信憑性の確認のしようがない状態で、その存在に頼ったり、希望を抱くのは好ましくないが、状況が状況だ。
(……エミリアや霧島雅の名前が出た所で、超能力に精通しているのは分かる。だが、行平とやら、一体何者なんだ。言ったとおりに、ジェネシスで超能力を研究している、というのか?)
疑うのは、当然。その疑いと現状により生み出されてしまう希望により、自身の考えに疑心暗鬼になるのも、当然。
そう、迷うのは、当然。
それを、行平は見通している。
だから、手を引っ張ってやる。
「信用できないのは、先に言ったとおりで理解出来る。だから、重要な事を一つ、伝える。それで判断仕切ってくれ。こちらとしても時間がない」
行平は一方的にそう言い、海塚の困惑すら無視して、返事を待たずに続けた。
「人工超能力の商品化。それらには全て仕掛けがしてある。その仕掛けとは、……人工超能力を得た人間を、神威業火の勝手な判断一つで、意識を奪い、自在に操る事が出来る、という理不尽極まりない仕掛けだ。殺す事も、ただ意識を奪う事も、操って仲間を殺させる事も、容易くこなしてしまうという恐ろしい代物だ。人工超能力を得るには、当然、体内にそれを入れ込む必要がある。それに、仕掛けがしてある」
ここで、ついに告げられた。知ってしまった。
郁坂流が警戒していた、その全てを。
「……その情報、確かなのか」
この話を聴いて、黙っていられるはずがない。海塚は、それを止めるために、NPCに身を置いているのだから。
「そうだ」
と、やはり、端的な、だが、意思の見え隠れする返事。
海塚は、この言葉の真相を自ずと探ろうとしていた。そして、つい先日、神威業火が襲撃してきたあの日の事を思い出していた。
(一閃、それに増田が突如として意識を失ったり、神威菜奈を攻撃した、というのはこのためか……? いや、まて、だとしたら辻褄が合わない部分が、)
当然、それは、
「神威亜義斗と菜奈には、その仕掛けはされていないのか?」
この海塚の詮索も、行平は予想していた。
「正確には、前期型の連中にはされていない」
「前期型?」
海塚は当然知らない、と問う。
だが、
「それについても全て、持っている情報は譲ろう。だから、協力を頼みたい。こちらとしても、急を要するのだ」
行平も、海塚達、つまりはNPCの協力を絶対的に必要だ、と判断していた。だから、ここまでした。そしてそれは同時に、海塚と同じように、『終わりが近い』と判断しているからだ。
神威業火は今の今まで、ほとんどその身を起こさなかった。判断と指示、そして監視だけを重ね、行動自体は全て部下達にさせていた。表に出るのは、大規模製薬会社ジェネシスの代表取締役として、メディアにたまに顔を出していただけだった。
そんな彼が、動いた。強大な力を持った人間が、自らの力を振るおうとしているのだ。
つまり、神威業火が、終わりにしようとしているのである。
(人工超能力商品化まで、大凡三ヶ月……、いや、二ヶ月と言った方が良いか。今回のこの一件でその件は安全性の確認等で先送りになるだろうと思っていたが、それでも十分だと考えているのか、それとも、そんな事はチャラに出来る程の権力を既に得ているというのか)
海塚は考えた。考えて、更にまだ考えた。
そして、判断した。
海塚には珍しい、
「……直接会おう。会って、話をしよう。そこからだ。行動はすぐで構わない」
賭け、という選択肢。
海塚のその言葉に、行平は一瞬の意味深な間を空けてから、応えた。
「神流川村跡地。そこで、待つ。すぐに向かおう」
そう一方的に言って、通話は終了させられた。
海塚は驚いていた。
まさか、神流川村の名をこのタイミングで、この相手から聴く事になろうとは、と。
だが、決まってしまえば、速い。
海塚の判断は早かった。
幸いにも、神威業火はNPC日本本部への攻撃を考えていないようだ。少なくとも、今は。今の内なら、守りたい人間をここに置いておく事が、一番の安全であると言える。
そして、決める。
行平は、最速の行動を求めていた。ならば、すぐに動ける様に、戦力を引き連れて行かねばならない。
すぐに、メンバーは決めた。このメンバーが最善だ、と判断した。
当然、そのメンバーは、
「郁坂恭介、零落希華、神威亜義斗、一閃、メイリア、奏さん。この六人を、呼んでくれ」
と、海塚は内線でエレナへと、そう伝えた。
メイリアと奏がまだ、ここに残っていたのは、好都合だった。
そして、一閃を人選した理由は、当然、仕掛けの件。強さの話ではない。
(増田を抑える事の出来る人間を日本本部に残しておく。一閃は、俺が抑えよう。最悪の場合、だが。仕掛けが発動されない事を祈るしかない)
そして、
「凛」
佐々波を、真正面から、見る。