13.討伐隊―9
今から取りに行く所だったのだが、と神威業火は思いつつも、しかたない、と自身が上に羽織っていた上着を投げた。
それを受け取った零落希美は不満げな表情を見せる。
「一時的に、だ。しっかりとした服も用意する」
「なら、しかたないわね」
言って、零落希美は受け取った上着を羽織った。大きいからか、それなりに身体の大部分を隠す事は出来た。
零落希美は暫く準備体操をする様に身体をひとしきり動かしていた。やはり、数年ぶりの目覚めとなると、身体もなまっていたらしい。ひとしきり身体を動かし終えると、零落希美は、よし、と呟き、神威業火を見た。
右腕を見せて、問う。
「で、これは何? これが、私の不死鳥を押さえ込んでるんでしょ?」
現状に対して、冷静な姿勢。判断力。流石は零落希美だ、と神威業火は思った。零落希華を神威業火が知っている様に、零落希美も同様である。互いとも、神流川村の出身なのだ。
「あぁ、そうだ」
神威業火は頷いた。
「それは絶対石と読んでいる。俺が作り出した超能力を強制的に押さえ込む石だ。それで作り出した腕輪だ。安心しろ、少なくとも、それをつけている間は、お前の超能力の暴走はない」
言われて、零落希美は自身の右腕に付けられたその絶対石の腕輪を見回した。真っ白な石だった。鈍く光っていて、センスの良いオシャレとは言い難い腕輪。
(こんな石が超能力を抑えてるっていうの? でも、確かに、神威業火が超能力を使ってる様子はない、ね。ま、私も長年眠ってたらしいし、私の目が劣ってる可能性もあるけど)
彼女は強気な女だった。零落希華も強気だが、彼女のそれとはまた違う。零落希華がその超能力の様に、静かに勝気を誇る人間だとすれば、零落希美はその逆である。態度に、出る。
実際に今、そういう態度で神威業火とも接している。敵であると分かっている。自分が今、超能力を使えないと分かっている。圧倒的に不利な状態であると分かっている。だが、神威業火が何かしらの理由を持っているからこそ、自分をここに連れてきたのだ、と既に分かっている。
故に、零落希美は強気に出ている。
そして、彼女は数年間、超能力の暴走のせいで生きていながら、死んでいるのと同等な扱いであった。今更、本当の死に直面しようが、恐れる理由がなかった。
それについては、神威業火も察していたし、口を出すつもりもなかった。
今現在、神威業火にとって、彼女は、使える女であり、殺す理由はない。
「さて、本題に入っても良いか? それとも食事でもとるか?」
神威業火に言われて、零落希美は、頷いた。
「食事でもしながら、本題を聞くわ。紛いなりにも一会社の長でしょ。最高の食事を用意して頂戴。私の復帰祝いに」
「復帰……、まぁ、良いだろう」
77
討伐隊に、霧島雅を担当する人間は――いなかった。そもそも、零落姉妹がぶつかり、零落希紀が殺されるという事は神威業火にとっても想定外の事で、零落希紀に霧島雅の対処をさせようと思っていた神威業火は、討伐隊に彼女の担当を受け持つ人間を作らなかった。
だが、霧島雅及び、彼女を使用して何かを企てているエミリアを危険視しているのは、事実。対処する理由はそこにある。
故に、神威業火は重い腰を上げ、自らNPC日本本部へと乗り込み、目的だけをさらって戻ってきた。
が、ここまでの事情を整理して、疑問が浮かんだ。
「そもそも、不思議な話なんだが、どうして神威業火は日本本部を襲撃して、零落希美をさらった際に、誰も殺さなかったんだろうか。俺は現場にいなかった、でも、話を聴いただけで分かる。神威業火は、一人であの状態の日本本部を壊滅させる事も出来たんじゃないか?」
恭介は自宅のリビングにあるソファに腰を深く落として、そう言った。
すると、その隣に落ち着いている。琴が、包帯の上から目をこすって、返した。
「うーん。私、最近全然NPCに関わってないからハッキリとは言えないけど、多分、きょーちゃんか、メイリアさんを、恐れてたと思う」
「俺かメイリアさんを?」
恭介が問い直すと、琴は、うん、と頷いた。
「多分ね、あと、奏さんも。そもそも、きょーちゃん達が研究所襲撃の出たのも、多分、だけど、誘い出されたわけだ。桃ちゃん達も同様だったみたいだけど、多分、ついでだと思う。日本本部の戦力を出来るだけ削って置いて、楽に奪取するっていう神威業火の用心深さだろうね。戦力を他に移した、って事だけど、多分、きょーちゃん達の班のメンバーは正直、すごい強力だったし、神威業火も警戒してたんだと思う。だから、目的のためだけに動いた。きょーちゃん達が戻ってくる前までに」
多分という言葉が多いな、と思ったが、琴はあの現場にもいなければ、NPCの戦闘員でも今はない。連携者という役職についてこそいるが、活動もしていない。推測と想像ばかりになるのは仕方のない事だ。
「そうか? でも、神威業火は、負傷者を出してるんだぞ?」
「それ関係あるかな? そもそも、私が聴いた限りじゃ、一閃って討伐隊だった人間が気絶させられて、典明君が急に変になったせいで菜奈ちゃんが
負傷して、その隙に海塚さんが、神威業火に手を出された」
「ん。そうだ」
「って事はさ、」
琴は隣の恭介の肩に頭を預ける。目が見えないのだ、少し位置がずれたが、恭介がすぐに上手く位置調整をして、琴はそこに落ち着いた。
「私の思いすごしならいいんだけど、実際に、神威業火に直接手を上げられたのは、海塚さんだけだよね? 一閃って人と、典明君は、何かおかしいよね。……これさ、何か、違和感感じない? っていうか、おかしいよね」
「…………、」
琴の言葉に、恭介は押し黙った。
そして、思った。
(流石、だな。……大した話はしてなかった気もするが、ここまで推測するか)
一度の咳払い。そして、恭介は言う。
「あぁ、そうだな。流石だよ、琴は。やっぱり頼りになる」
彼女の肩を抱く様に手を置いて、
「……琴の今の話から、俺が勝手に推測した事、なんだが、少し、聴いてくれ」
恭介の言葉に、琴は当然と頷く。
そして、恭介は、確認を取る様に、話しだした。
「俺の本当に、ただの推測で、海塚さんとも一応話た事なんだけど。これってさ、今回のこの状況、きっと、俺達が人工超能力に対して恐れていた、『仕掛け』の効果なんじゃないか、って思ってさ。どうだろう?」
暫くの沈黙。思考。数秒の沈黙を破って、琴は応えた。
「かも、ね。……今回のこの一件、きっと、大きな一歩になっちゃったんだと思う。なんかね、嫌な、予感がするよ」
言って、琴は上体を翻して、恭介に乗りかかる様に、抱きしめた。恭介もそれに答えて、抱きしめ返してやる。
琴は恭介の胸に顔をうずめながら、喋る。声がこもってしまっているが、確かに、恭介には響いていた。
「なんだろう、本当に、目が見えなくなってから、変な事ばっかり考えちゃうのか、それとも単純に、ネガティブな思考になっちゃったのか、それとも、見えない分、勘が鋭くなったのか、分からないし、分かりたくもないけど、」
自分の変化について、琴は余り考えない様にしていた。考え始めると、結局、元がどんな事から始まったモノでも、結果、恭介に取って、今の自分という存在は重荷でしかないのでは、という結果に集結してしまうからだ。
だから、恭介の胸元でこの言葉を吐くのは、辛かった。だが、それだけ、真摯に受け止めてもらいたい、言葉、気持ちだった。
「……、本当に、なんだろう。終わりに近づいている気がするんだ。私が、こんなになっちゃったから、かもしれないけど、そうじゃない気がする。本当に、私がマイナス思考になってるだけかもしれないけど、本当に、本当に嫌な予感がするんだよ」
随分と弱気になった琴にも、見慣れてきていた。