2.兄妹―3
恭介はその金井雅樹とやらを睨む。睨み、見上げている中で、思った。
「ん? 金井だって?」
聞き覚えのある、それも最近聞いたばかりの苗字。当然、すぐに思い出す。
「お前、金井雅人ってのと兄弟か何かか?」
恭介のその突然な質問に、琴の背後に立ったままの巨人は満足げに頷いた。腕を組み、強気の笑みを浮かべている所を見ると、今の恭介の質問に答えることは大した問題にはならないらしい。
「おう。そうだ」
「なるほどねぇ」
兄弟、見た目は似てなくともその在り方が似るモンなんだな、と恭介は心中で溶かして、呆れた。
そして話は戻る。
「弟とかどうでもいいんだ。それより、この美人さん。俺に、俺達に貸してくんねぇかなぁ」
脅しめいた台詞を無視して、恭介は周りを確認する。客が減っている様にも思える。そもそも入ってきた時にその場にいた客の数なんて覚えちゃいない。
何にせよ、連中はあてになりそうにない。綺麗事な正義感を求めるわけではないが、世の中こんなモノだ、と冷静になれた。店員もおどおどしていて話にならない。
恭介と琴で、連中を蹴散らすのは容易いと思える。相手は金井雅樹を合わせて六人。特に問題はない。琴であれば一人でもどうにか出来るような数。
「あのなぁ、確かにこいつは」顎で目の前の琴を指して「俺の彼女じゃねぇけど、今の連れなんだよ。俺と遊びに来てんだ。なんでお前らみたいな初見連中に貸さなきゃならねぇんだよ。ゲームのイベントみてぇにそううまく動くわけないだろ」
恭介が席を立つ。勢いよく立ち上がったわけではないが、それでもこの恭介達以外が沈黙したこの場には椅子が引かれる音が大きく響いた。一部の客はその音に身体を一瞬震わせたりしたモノもいる。
視線の位置が近づく。立ち上がってなお実感する。金井雅樹は身長が高い。身体が大きい。巨躯という言葉がぴったりな体型を誇る男だった。まだ、恭介の視線は金井雅樹には届かない。
「チビがあんま吠えるなよ」
低い声。重低音。声色が変わったのに誰もが気付いた。
だが、気に入らない。恭介は相手が単純に気に入らない。気に入らなかった。超能力を持っている、訓練を積んでいる、そんなことは関係ない。単純に、こういう古風で傍若無人な身勝手な人間が嫌いだった。
脅せばどうとでもなる、と思っているのだろう。今の低い声の脅しに続き、ニヤリと嫌な笑みを口下に貼り付けた金井雅樹はついに琴の肩に手を置いた。琴が眉を顰めて嫌そうな表情を見せる。顔に、今すぐにでも捻り潰してやろうか、と書かれているのが分かった。
「琴、行こう。こういう馬鹿は放っておくのが一番だ」
恭介は琴の横に周り、金井雅樹の手を払い除け、琴を立ち上がらせてすぐに店を出ようとするが、
「関わらないのが良いように言うわりには煽るのな」
金井雅樹が恭介の肩を掴んでそれを止めた。金井雅樹の向こうで連れと思われる五人の男が立ち上がってこちらを見ているのが確認出来た。
「うるせー、死ね」
恭介はそんな意味不明な台詞を吐き出し、そのまま無理に金井雅樹の手を払って駆け出した。当然、金井雅樹一同もすぐに彼等を追い始める。
店内は騒然となった。もとより静かな状態にはなっていたが、彼等が去った後、嵐が過ぎ去った後の様に更に、また違う静寂が店内を包み込んだのだった。
「先払いで良かった!」
走りながら、恭介が叫ぶ。あのファストフード店、先払いシステムだったが故、食い逃げにならずに済んだのだ。今はそんな事を考えている場合ではないのだろうが、どうにかして穏便に済ませたいと結論を出した恭介は、逃げ出し、まず思ったのだろう。
「そうだね、食い逃げにならなくてよかったね」
恭介の少し後ろから琴の微笑ましげな、余裕がたっぷり伺える声が聞こえてくる。
二人はアーケードを抜けて、住宅街に出た。時折背後を振り返るが、相手は足が遅いのか、その内に姿を消していた。今頃、必死になって探しているのだろうな、と思った。
息切れし、肩で呼吸をする恭介は住宅街の外れにある公園まで来た所で、やっと立ち止まり、ベンチに腰を下ろした。
「あはは、恭介くん喧嘩するかと思ってたけど、大人な選択ってやつかな?」
笑いながらそう言って恭介の隣りに腰を下ろした琴は全く息が切れた様子を見せない。呼吸の乱れの一つもないようだ。それに気付いた恭介はどれだけタフなんだよ、と突っ込みを入れたくもなった。
気づけば日が暮れていた。様々な事が連続して起きたからだろう。大分早く日が沈んだような気までしてきた。が、まだ暑さ残る九月の中盤。日が沈むのもまだ遅いはずだ。慌ててポケットから携帯を取り出した恭介はディスプレイに表示される時間を見て溜息をついた。
「まぁ、暇は潰せたかな」
「そうだねぇ」
琴は適当な相槌を打って、恭介から見えない位置で『右手を結んだ』。
走って逃げている間、恭介は焦っていたのだろう。ずっと彼女の手を引いていた。それに、恭介は気づいていないようだったが、琴は気づいていたし、気にしていた。
「とりあえず、少し休憩したら駅に向かおう。時間も時間だしな」
恭介はそう言って、まだしまっていなかった携帯のディスプレイを琴へと向ける。そこには二一時過ぎの時刻が表示されていた。琴に見せると恭介は携帯をポケットにねじ込む。
「にしても、疲れたな」
「あはは、そうだね。でも楽しかったかも。ゲームセンターのこと、大介くん達のこと、さっきまでのこと全部ね」
「そうか? 俺は結構焦ってたぜ?」
「知ってる!」
「流石戦闘経験豊富の千里眼さんだ」
「ふふっ、鍛えてますから!」
と、雑談をしていたのだが、途中で突然、琴が真剣な面持ちで恭介を見て、真剣な声色で話を切り替えた。
「でね、恭介くん。気付いたことがあるんだけど」
「? なんだ」
突然の空気の変化に恭介も気付く。眉を顰め、隣りの琴を見るが、視線はすぐに外した。
琴も視線を遠くに見える町の明かりに視線を移して、言う。
「あの金井雅樹って男。超能力者じゃないんだけど……何か超能力と良く似た『何かが見えた』の」
「な、どういうことだ?」
突然の報告に恭介は戸惑った。まさか、ここで、今のこの場で超能力の話を訊くとは思わなかったのだろう。
「私の千里眼は、超能力の種類まで見分ける事は出来ないけど、その人が超能力を持っているか、そうでないかくらいは分かるの。これが慣れでどうこうなるのかはわからないけど、今はそうなの。で、見えるのは『持っているか』、『持っていないか』の二極なんだけど、……、あの金井雅樹って男は、なんかそこがモヤモヤしてるというか、うやむやになってる様に見えたの。間違いなく、超能力関係だとは思うんだけど」
「……、だとしたら、NPCに話をしておいた方がいいんじゃないか? 超能力関係なら、間違いなく」
「うん。そうだね。でも、ちょっと不安もあるの」
「不安? なんだよ?」
恭介が首を傾げると、一度頷いてから、琴は答える。
「金井雅樹、金井雅人、兄弟なんでしょ? そして愛ちゃんを狙ってて、懸賞金まで出している。懸賞金に釣られた下っ端も沢山いるんじゃないかな。見た感じだと、懸賞金なんて関係なしに一不良グループをまとめあげてそうだしね。NPCに報告して、NPCが動き出して、それで愛ちゃんに何かないとも限らない。相手は超能力者の可能性もあるしね。愛ちゃんをNPCでかくまうなり出来ればいいけど、愛ちゃんだって生活もあるしね。なんていうか。事がうまく運んでくれれば、いいけどってことなんだけど……」