13.討伐隊―3
動けなかった。海塚はこの瞬間、一歩として神威業火の背中を追う事はできなかった。やるべき事は分かっている。佐々波の下を離れてでも、神威業火を追い、止めなければならない。
だが、出来ない。
今、先程、数秒前、神威業火が一閃に何をしたのか、海塚にはわからなかった。未知の存在を目の前にした時、人知を超える何かを目の前にした時、人間は恐怖から動けなくなり、思考が停止するとはいうが、まさにこの状況の事だった。
「……、伊吹……、」
佐々波の心配そうな呟きに、意識を引き戻される海塚。ハッとして、我に帰ると、海塚は入り口で呆然としていたエレナにすぐに声を掛けた。
「エレナ。全員にすぐ、伝達してくれ。神威業火を見ても、手を出すな、と」
聴いて、数秒の間を空けてから、エレナはふと意識を取り戻したように、何度も何度も頷いて、やっと走り出した。
自分を落ち着かせるために一度深呼吸をした海塚はすぐに振り返り、佐々波の両肩を掴んで、鬼気迫る勢いで、だが冷静に、低い声色で言う。
「……凛。絶対にこの場を動くな」
そうとだけ言って、そして、海塚はすぐに踵を返して出ていこうとするが、
「待って、待ってよ!」
佐々波が彼の背中を引っ張り、引き止める。
海塚は振り返らなかった。それに、何も言わなかった。ただ、足は止めた。
そんな海塚に、佐々波は言う。
「何をしにいくのか……な?」
声が震えているように、思えた。が、気にかけてやれる場合ではない。
海塚は答えない。ただ、一言、一方的に言って、
「……絶対にこの部屋から出るなよ」
振り払い、そして、出て行った。
その背中を佐々波が追う事は――、
「う、おぉ、おぉおおおお!?」
上体を低くした三島の頭のすぐ上を、巨大な刃が通り過ぎた。その刃は木々を穿ち、断ち斬り、その衰えない切れ味を三島に見せつける。
(あっぶねぇ! 超あぶねぇ!! クレイモア、とか言ったか。超能力が通用しない俺を殺すために物理的なダメージのでかい武器を持ってくるとは……。今までありそうで全然なかった事だな。いや、いずれこういう人間が出てくると思っていただろ、俺。……チャンスを見つけるんだ)
罰は、身の丈近くあるその巨大剣を片手で振るい切る豪腕の持ち主だ。見てくれの通り体格は良く、その様子もしっくり来る。
罰が暴れている事で、辺りは大分視界が開けてきたが、夜の森の中だ。戦闘の中で大分目は慣れてきたが、それでも視界は悪いと言える状態のままだ。
剣の軌道が、読みづらい。
三島は必死に風の切られる音や、相手の足音等から動きを詮索、推測し、なんとか攻撃をかわしている状態である。攻撃を仕掛けるタイミングが、なかなか見つからなかった。巨躯に巨大な剣。どちらを見ても動きが素早くなるとは思えないが、罰の動きは、恐ろしい程に早かった。筋肉を上手く稼働させていると見える。
(こいつ、動きすっげぇ速いんだよな。ただの筋肉馬鹿じゃなくて、プロって感じだ。実際に、殺しのプロではあるんだろうけどよ。いや、俺を殺すプロなのか)
攻撃をかわしながら、三島は勝利する方法を考える。
とにもかくにも、攻撃を当てない事には、相手をどうしようもない。まずは、この一方的に攻撃をされているという状況を、打破しなればならない。
(こっちも、武器がありゃ、少しは楽になるんだろうが……)
そして三島は、結果を見つけた。
武器がなければ、武器を得れば良い。
どこから、とは言わない。手段は、選ばない。
そう思い切ってしまえば、簡単だった。
攻撃をしようと思うのではない。まず、準備をする。そのために必要なのは攻撃ではなく、防御。
三島の体術は相当なモノだ。実際に今の恭介と戦わせても、見ていて飽きない程の戦闘を見せてくれるだけの実力はある。彼は琴と同様、攻撃用の超能力を持たずに、戦線に出る人間だ。武器は、己の肉体だった。
いくら相手が三島を殺すために作られた存在とはいえ、戦闘を選べないNPCである三島とは、経験の数が違う。今剣を振るって三島を襲っている罰には、三島は避けるのに必死になっていると見えているだろうが、三島から見れば、僅かだが、隙という隙を確認出来る光景になっている。
ただ、それらの隙は結局、ダメージすら与えられない隙でしかなかった。
だが、目的を、相手を倒すから、いなす、受け流すに変えてしまえば、その隙はまた違った存在理由を持つ。
一瞬の応酬だった。
縦に振るわれたクレイモアを右に出るように避けた三島は、その次の手まで見えていた。地面を穿ったクレイモアはすぐに方向転換し、左の位置にいた三島の上半身と下半身をぶった斬るように横に振るわれた。が、三島はそれを予想して、すでに動いていた。
通常の戦闘の応酬では、突発的な反応では、絶対に出来ない動きを、三島は見せた。
伏せた。
それだけだった。それだけだったが、今の今までの反応速度と、次に繋がる事を考えれば、選択肢としては捨てられたはずの動きだった。
その動きには、罰も驚いた。
三島の背中の上を通り過ぎたクレイモアの一閃は、空を切って、攻撃直後の隙を見せる。三島が予想外の動きを見せた分、余計な隙まで生み出されてしまっていた。
(急に先読みしたような動きを……ッ!! だが、その体勢から、どう攻めるつもりだ)
罰は、まだ、理解していない。三島の、狙いを。
三島の狙いは――罰、の持つ、武器である。
三島はうつぶせのまま、地面を思いっきり蹴った。同時、手でも地面を押し、思いっきり、ガラ空きとなった罰の懐に飛び込んだ。クレイモアを振り切ったばかりの罰の隙が、大きい場所だった。かと言って、体勢は悪く、そのまま攻撃した所で、何の成果も出せない。だが、それが狙いではない。
三島の視線は、クレイモアを握る、罰の右手である。
飛び込んだと同時、罰は自然とクレイモアを手元に戻そうと、右手を引いた。だが、三島がその右手を、掴んだ。そして、捻り、そのまま、罰を通り過ぎるように、三島が体勢を低くしたまま、罰の横を通り過ぎた。
取った。三島は右手に残る重さを確認して、確信した。
飛び、転がり、罰と距離を取った所に着地し、振り返って、三島は『剣を振った』。
「……なるほど、そっちが狙いだったか」
武器を奪われた罰は、ゆっくりと体勢を立て直し、振り返って、クレイモアを手にした三島を見て、そう呟いた。
対して三島はクレイモアを二、三回宙を斬らせ、最後に鋒を持ち上げて罰へと向けて、言った。
「立場逆転だな。今度はお前が攻撃を避け続ける番だ」
三島には自身があった。武器を持った時点で、勝敗は決したと思った。
取った。恭介は右手の痛みと引き換えに、そう思った。
血が出ていたが、骨は折れていない。いなかった。
恭介は馬鹿だが、戦闘に関してはプロだ。その咄嗟に建てる戦略性等一部の面だけで言えば、海塚を凌ぐ程である。
絶対石の鎧には、超能力は通用しない。だが、自分には通用する。
(威力強化を乗せた拳は、絶対石の鎧に触れた瞬間、威力強化の恩恵を失って、ただの殴る、という喧嘩みてぇなモンになる。だが、俺の身体に、俺が殴ったその瞬間の衝撃に対する威力強化を使って、相殺すれば俺の身体に響くダメージは少なく抑えたまま、確かにいてぇけど、絶対石を殴る事は出来る)
恭介は、考えていた。超能力が通用しないのならば、通用するようにすれば良いと。そのためには、絶対石の鎧の隙間を狙うか、絶対石の鎧を剥がすしかない。生憎ながら鎧の隙間に攻撃を通せるだけの隙はない。
だとすれば、剥がすしかない。
剥がす、つまり、壊す。
だが、超能力は通用しない。
ならば、素手で壊すまで。
恭介の拳を正面から受けた、罪の兜が、砕けた。