13.討伐隊―1
希凛が辺りを見回し、歩き回り、また立ち止まり、そして、振り返ったその時。見つけた。距離は分からない。地面が足元にあると仮定したら、大凡一○○メートル程先か、それ程に離れた位置に、見えた変化。
人影。
希凛は目を細めてその影を凝視する。そして、察する。
(あの罪という男の背後に一瞬見えたあれか。恐らく)
そして、瞬き。自然な動きだった。が、気づけば、その男との距離が、近づいてきているようだった。真っ白な空間のせいで、イマイチはっきりとしない。
が、間違いなく、近づいてきた。
(この空間を生み出したのが、あの男ならば、ここに出てくるのも間違いないか。……距離を詰めてきたのも)
警戒はする。空間自体が作られたモノであれば、この空間内は、敵の陣地だ。この状況の時点で、敵が圧倒的有利な立場にある。
「何者だ」
希凛が問う。非常に小さな声ではあったが、どうやら境界には届いたようだ。
――境界と希凛の距離が、また、縮まった。
気づけば、拳が赤く腫れていた。
恭介の攻撃は絶対石とやらのせいで罪に対して通用しない。つまり、どれだけ超能力を重ねて彼の鎧を叩こうが、直に殴っているのと変わらない。人間の拳が、石で出来た鎧を殴り続けている。それだけで、逆にダメージを受けるばかりである。
恭介はそんな事より、と思う事がある。
(罪とやら、鎧が重くてか動きが襲い。攻撃を叩き込むタイミングは俺の方が多い。それに、あいつも仕掛けてこない。攻撃させない様に動いてこそいるが、仕掛けるタイミングで仕掛けてくんのは普通の体術だけ。他にも超能力持ってるんだろ。なんで使ってこないのか)
恭介の攻撃は確かに、罪に当たっている。罪の攻撃は、全て恭介に防がれている。
このまま続けていても結果が見えない。
何がしたいのか、わからなかった。
罪の表情は絶対石による兜に隠されてしまい、見えないが、雰囲気から焦りを見せていない様に感じ取れる。きっと、兜の下では顔色一つ変えていないのだろうな、と予測出来る。
そして、恭介もこの戦いの中で、特別疲弊したりしていない。
つまり、動きこそしている、硬直状態。
相手が仕掛けてくるタイミングを、狙う。恭介はそここそが、突破口だと確信した。
(超能力を隠しているのは、いざという時のため、か、遊んでいるかのどっちかだろう。かと言って、舐められてるって感じもしねぇんだよな。……顔が見えないってのも、面倒なんだな、普段なら千里眼で一発だろうが、絶対石とか意味不明なモン引っさげてきやがって。……、いや、待てよ)
恭介はここまで考えて、思った。
恭介の攻撃が通用しないのは、少なくとも、今のところは絶対石のその能力によるモノである。決して、相手の、罪の超能力ではない。相手はまだ、超能力を使用していないのだから。
だとすれば、答えはすぐに見つかる。
(だったら、やってやるよ。お前が超能力を使う前に、倒しきってやる)
気付いた。
「悪い、先に行っててくれ」
そう典明に呟いて、皆から離れたのは三島だった。
「え、ちょ、」
声が聞こえてきて、すぐに振り返った典明だったが、三島の姿は既にそこになかった。
亜義斗達もすぐに気づいて三島の居所を探ろうとしたが、典明が聴いた言葉をそのまま伝えて、心配しないでおこうという考えで全員が落ち着いた。
そして、すぐに、桃もいなくなってしまうのだが、典明達は、あの二人が声もなしに連れ去られるはずはない。きっと、『自ら向かって行った』のだろう、と察して、亜義斗、菜奈、典明の三人はNPC日本本部へと急ぐのだった。
「ずっと、着けてきてたな」
三島は山の中へと飛び込んでいた。木々が乱立している視界の悪い、夜の山の中。木々の影に混じる様に、視線の先には一つの人影が見えた。
足元が悪いがそれよりも、視界の悪さの方が酷く、三島は常に視界内にその人揚げを入れておき、警戒しておいた。
警戒の色は普段よりも強かった。当然だ。
視線の先の人影の右腕に、何か武器の様な巨大な影が見えたからだ。
超能力であれば、三島は完全に防ぎきる事が出来る。言わば、罪が絶対石の鎧を纏っている様な状態でいられる。だが、三島は、『普通の超能力に関係しない』攻撃であれば、普通に対処するしかない。
例えば、視線の先の影が持つ武器が巨大な剣だとしたら、
「最悪だな」
三島は息を呑んだ。
視界の先のその影は、その右手に持っていた巨大な剣を振るい、付近に屹立していた木々を、叩き切って視界を明瞭にした。
木々を叩き斬りながら、ゆっくりと三島へと近づいてきたその影は、若い男だった。が、表情は非常に険しく、そして、身長がかなり高い。だからこそ木々の影と見分けが付きづらかったのだろう。
そして右手に携えられたその巨大な剣は、その長さを身長の三分の二は誇っていそうな程に、長く、そして太い。分厚い。
男はある程度の所まで距離を詰めた所で、立ち止まり、剣の先端を足元に突き刺し、そして、言った。
「『罰』だ。討伐隊、三島幸平、お前の担当である」
「見りゃわかるっての……」
「私は、」
「あー、全部分かってるから。討伐隊で、私の担当って言うんでしょ?」
珍しく、桃が早口でまくしたてるような言い方をした。その威圧的な言い方に相手の女は眉を顰めて不快感を顕にする。
「星屑、名乗るだけ名乗っとけって言われたんでー、一応覚えておいてね、どうせ、この場で殺すけど」
言って、星屑は気だるそうに髪を撫で、上げた。
星屑と名乗った女を見て、桃は不快感を覚えていた。
(琴ちゃんも大分ギャルっぽい見た目だったけど、全然違うね。この星屑とかいう女、不快感の塊だ)
喋り方から、見た目から、桃と相性の悪い女だった。
周りは住宅地で、日が沈んだとはいえ、まだ一般人の人影もある。ここで戦うのは好ましくないな、と桃は判断するが、しかし、星屑はそう判断しない。
邪魔がいるなら、消せば良い。星屑の考えはそれだった。
「あーあ。目撃されたら面倒だよね。だよね? かと言って、移動するのも間抜けな話だよね。境界はあっちに行ってるし。しかたないから、」
そこまで言って、星屑は不気味な笑みを口元に貼り付けた。
嫌な予感がした。が、どうあがいても、間に合わなかった。
星屑が、両手を胸の前で掲げた、かと思うと、その両手には、手裏剣のような形をした、何かが出現した。
桃は咄嗟に警戒体勢を取った。が、これが、まずかった。
この時の星屑の狙いは、桃ではなかったのだ。
星屑が腕を振るい、その手中にあった手裏剣数枚を投げた。かと、思うと、それらは桃へとは向かわず、まるで意思を持っているかの如く空中で自在に動き周り、そして、道行く人間達を、殺し始めた。
異様な光景だった。投げられた手裏剣数枚は、壁に当たっても止まることなく突き進み、そして、付近の家の中にいた、外で何が起こっているかなんて知らない人間まで殺して、回っていた。
道行く一般人の首元を掻っ切り、脳天を貫いても、まだ止まらず、次に見えた一般人を殺して、と、繰り返し、半径五○メートル程にいた自分達以外の人間を全て絶命させて、やっと、手裏剣数枚は宙を踊りながら、星屑の手元へと収まる様に戻ってきた。
桃の表情は自然と険しくなる。
「……殺す必要のない人間まで殺したよね」
怒りに、震えていた。
「じゃあ何? 二人仲良く人気のない場所まで移動して、さぁ戦いましょうってするつもりだったの? NPCの人間って本当に馬鹿だねー。必要のないものは、消すのが一番早くね?」
「……言っても無駄だね」
不快感の塊だ、と再度認識しなおした桃は、この女を殺す決意をする。