13.討伐隊
13.討伐隊
――『罪』。
彼は、そう名乗った。と、同時だった。罪の背後に、人影が見えた。かと、思ったその瞬間、
「ッ、」
突然の事だった。恭介と、罪を除いたその全てが、消失した。
真っ白な、無制限に広がる様に見える天井、壁、足元の境目すら分からない、ただの真っ白な空間が、そこには広がっていた。気づけば、そうなっていた。
恭介と、罪以外何も見えない、その空間。
恭介は辺りを見回して、嘆息する。罪に視線を投げて、問う。
「なんだ。こんなの初めて見た。超能力か。……お前のじゃなくて、さっき一瞬ちらっと見えたお前の背後にいた奴のだな」
恭介が得意げに笑んで罪を指差すと、罪はその恭介の態度は特に気にせずに、頷いた。
「ご名答。この場にはいないが、紹介しておこう。討伐隊『境界』、力は見ての通りで、隔離する力だ。ついでに言っておくと、彼のみが担当を持っていない。いや、正確に言えば、」
「それ以上は良い」
恭介が途中で言葉を遮った。そして、罪を再度指差し、問うた。
「俺が知りたいのは、今、目の前で鎧で全身隠しているお前だ、お前。罪とか言ったか。俺の担当なのだろうか」
「ご名答。俺の名は先の通り、罪である。そして、討伐隊としての担当は、郁坂恭介、お前だ」
罪はついに言い切った。郁坂恭介、お前を殺しに来たのだ、と。
だとすれば、話は早い。恭介も、あれだけのメンバーに囲まれていながら、この状況になる気がしていた。恭介達がジェネシスの情報を探り、得ようとする様に、相手だってそうであり、NPCの情報をある程度持っているだろう。それに、恭介達はまだ知らないが、実際に、情報がある程度流れ出ている。そのために桃達はあの状態に陥った。
「……そうかい。この状況じゃ、逃げ場もないしな。いいぜ、掛かってこいよ。とっとと武器だしな」
恭介は構え、挑発する。彼の準備は万端だ。
が、罪は、首を振ってから、構えた。その理解不能な様子に、恭介は眉を潜めた。すると、罪は、言った後、
「俺の武器は、この防具一式だ。お前の超能力に対抗するためのな……」
加速。まさに、疾駆。駆け出したのは、早かった。そして、恭介の目の前に到達するのが、以上に早かった。
が、今の恭介は、強い。その、過去の恭介であればそのまま一撃くらっていただろう速度にも、しっかりと、余裕を、持った上で、対応出来る。
伸びてきた罪の鎧で固められた右手を、払い、罪の右手を叩き落とし、そのまま裏拳を放った。が、それは罪の左手に止められた。そして、掴まれ、いなされ、投げられる。
(体術もそれなりに出来る、か)
背負投の要領で投げられた恭介は投げられている間に体勢を立て直し、罪の正面に着地する。その華麗な動きのおかげで、隙は零。すぐに罪の追撃が入るが、恭介はそれを払い、そして――一撃。
恭介の下から抉る様な一撃は、罪の腹部辺り(鎧のせいで正確な位置に届いているかどうかは、千里眼を使用していても、イマイチ理解出来ない)に辺り、罪を浮かせ、吹き飛ばした。
「ぬ、」
罪はそのまま後方に飛んだが、上手く着地して、恭介から五メートル程の位置で、静止した。
拳を引き戻し、恭介は笑う。
(……、なんだあの鎧)
恭介はおかしいなぁ、と首を傾げたい気持ちで一杯だった。
今の攻撃に対する払い、そして、攻撃、そのどちらにも、恭介は、『威力強化』を発動させていた。鎧をぶち壊し、その中身を見てやろうと、としたからだ。
が、どうしてか、視線の先の、罪の鎧は傷一つない。
「そうか。俺の担当って事は、そうだよな、それくらいの仕掛けはしてねぇと」
恭介は再度、罪を指差す。正確には、その鎧を、だ。
見てくれは教科書にでも出てきそうな、想像通りのそれである。兜も鎧も、どちらとも鋭利なデザインではるが、特別不思議な印象はない。だが、恐らく、特別なモノなのだろう。
そう例えば、超能力の通用しない何かで作られた、可能性。
鎧を突き刺す様に何度も指差しながら、恭介は言う。
「それ、超能力を絶縁するんだろ。違うか?」
恭介の言葉に、罪は応える。
「ご名答。この鎧、俺の武器は、ありとあらゆる超能力を使いこなすお前、郁坂恭介に対抗するための武器、『絶対石』によって作り出された、鎧である」
「絶対石?」
初めて聴く言葉に、恭介は首を傾げ、問う。
敵の情報であり、答えなければそれまでだ、と思ったが、罪は、あっさりと応える。
「あぁ、絶対石。神威業火が発明した、絶対に超能力を通さない、絶対的な存在である石だ。それによって作られた鎧と兜を、俺は纏っている。つまり、絶対にお前の攻撃は、俺には通らない」
罪の言葉に、恭介は苦笑して、「どうだかな」と自身に対する苦言を吐き出した。
超能力が通らない、そう宣告され、実際にそういう事態に陥っていた。実際に威力強化は通らなかった。怪力も通らない事は事実分かる事である。それに、恐らくは実際に、雷撃も着火も通用しないだろう。
(さて、どうしたモンか。……超能力が通らない。となりゃ俺は防御には絶対に集中! 相手は超能力を使って攻撃してくるだろうしな。……攻撃の応酬をしている間に、俺はあいつをどうやって突破するか考えるしかねぇな。絶対に、突破口はあるだろうよ。人間ではるんだろうし)
恭介は、負ける気がしていなかった。鍛えて来た事もあるが、単純に、この場を勝負の場として捉えていた。どうにかして勝敗が決する勝負の場である、と。
73
「何がどうなっているのかなぁ、これ」
メイリア・アーキは、突如として皆から断絶された境界による隔離空間に閉じ込められ、悶々としていた。
(こんな超能力、見た事ないし、初めてだな。聴いた事もないかも、多分。それにしても、ただ、隔離しただけなのかな? っていうか、私がこうなってるって事は、恭介、奏は間違いなく隔離されてるね。優里と連も多分、隔離されてる。目的は当然、あの罪と恭介の一騎打ちだろうね。あの鎧、ただ姿を隠すためだけのモノなはずがない。きっと、何か仕掛けがしてあるんだ。恭介がそれを突破出来れば良いけどね)
はぁ、と嘆息。メイリアは何度目か分からないが、視線を回して辺りを見回した。景色は白一色。地平線すら見えず、先がどれだけあるかも分からないし、もしかしたら壁が目の前にあるのかも、と思える程に現状の把握出来ない無制限な白一色の空間。足元を見れば、影も出ていないために自分が浮いている様な感覚に陥る。
「さて、どうするかな。とりあえず歩いてみる? どうせ、私の持ってる超能力の中のどれも、この状況を打破できないみたいだし」
試しに瞬間移動をしてみた。が、結局移動したのかも分からない状態に陥っただけで、景色は変わらないままだった。
(ここから出るには、この空間に私を隔離した超能力者が死ぬか、超能力の発動を止めるか、……それ以外の方法があるのか)
メイリアは考える。割と呑気な状態ではあった。どうしようもないならば、どうしようもないね、という考え方だった。この状況で、他の人間の状況も刻一刻と変化しているはずだ。恭介は当然、恭介対策をしている罪と殴り合っていると推測出来る。が、助けにいけないのならば、仕方がないだろう。
と、考えているのは、奏も、優里も、同じだった。
ただ一人、急いで恭介君を助けに行かねば、と考えていたのが、希凛連であった。
「くそ……不覚。急いで恭介君の下に向かわないと……」
相手に触れる事なく発動する超能力だ、この隔離は。だが、仕方ないでは済ませなかった。済ませるわけにはいかなかった。
(あの罪という鎧、恭介君の担当ならば、当然対策をしているはずだ。俺達年長者が守らないで、どうする!!)
責任感が、強かった。それだけだった。
そんな希凛の『焦り』を見つけたのが――境界だった。




