2.兄妹―2
数階のコールの後に通話に応じたのは典明だった。
『どうした?』
「今度はちゃんと出たか。ロリコンめ」
『ロリコンは関係ないだろ。で、何だ?』
典明は相変わらずな能天気な様子で答えている。恭介も能天気といえるが、典明のそれとは別物である。
「聞きたいんだが、金井雅人って知ってるか?」
率直な質問。そうだ。ロリコンのことはロリコンに聞け、ということなのだろう。
例えば、だが。身の回りにも、知らないだけで派閥というモノが多く存在したりしている。彼等の住むこの東京都、猛禽類の扱いで派閥争いが多い、人眼の届かない連中の抗争だって日常的にある。そんな具合に、思わぬ派閥というモノが存在し、そういう世界が存在する。その世界だけででも名の知れた者が存在する。
『あぁ、知ってるよ。隣町の高校に通ってるロリコンだろ』
この通り。
「そいつが愛に迷惑かけてるみたいなんだよなぁ。詳細とか知らないか?」『何!? 愛ちゃんに『手を出した』だって!! それは許せん! いいぜ! 知ってるだけのことを教えたる!』
「じゃあ後でもう一回連絡するわ」
『おう! まとめとくぜ!』
通話を終えたところで、琴が到着した。周りを見て、笑んでから恭介に寄ってきた。
「恭介くんもやるねぇ。まだ訓練始めたばっかりだってのに」
「大したことじゃないよ」
ふぅ、と溜息を吐き、恭介は遠くから見ていた兄妹を手招きして呼ぶ。兄に呼ばれた二人は小走りで恭介の下に来る。周りで倒れている男共に警戒の視線は突き刺すが、心配には及ばなかった。連中はまだ動けない。
二人を見て、琴が無事で良かったよーと言ってる隣りで恭介は二人を見下ろし、言う。
「大体のことぁ分かった。その金井雅人とかいう野郎は俺がなんとかするから、」
「達、ね」
「…………。ともかく、お前らは問題が解決するまで無闇矢鱈に外に出るなよー。夏休み終わったしよ」
そう言って恭介は愛の頭を撫でてやる。やはり兄妹、郁坂家の息子娘。全員天然の茶髪が揃うとやたら綺麗に輝いて見える。
周りで遠巻きに見ていた野次馬連中が引き始めた。特に誰かが警察を呼びはした様子はないが、この惨状であればいずれ駆けつけてくるだろう。ここに留まる理由はない。
ともかく、と恭介は二人に家に帰るように指示して、そして、今日は、一旦その問題を置いておいて、
「さて、面倒ごとは明日からやろう。今日はせっかく長谷さんと隣り町きたしな。もう一回、何もできなかったしゲーセンに戻ろうか」
がしゃん、と大げさな音がなってその取り出し口に落書きが施された写真の集合体が落ちてきた。プリクラ機というそれは、恭介には似合わないモノだった。本人も自覚している。
派手な暖簾のような中を隠すそれから出てきた恭介はげんなりしていた。一方で琴は笑顔満点の満足げな様子だ。
「撮ってみたかったんだよね~」
と語尾に音符マークでもつきそうな程に上機嫌な琴。出てきたそれを取り、眺め、無邪気に笑っていた。恭介は近くにあったベンチに腰を落とし溜息を吐き出した。写真自体は苦手だとは思わないが、プリクラはダメな様だ。ギャル嫌いと自負するその性格、好みも関係しているかもしれない。
はい、と切ったそれを恭介に私に来る琴。恭介はそれを受け取り、ろくに見もせずにズボンのポケットにねじ込んだ。
そして、立ち上がり、――気付く。
「周りの視線集めてんな」
そうだった。チラチラと二人、いや、正確には琴を見ている連中が数多くいた。露出の高い服を着ていることもあり、更に彼女は美女に分類される人間。野郎共の視線を集めて当然でもあった。琴はあははと笑って気にしていない様子を見せる。服装はどうであれ、この顔、このスタイルだ。慣れているのだろう。だが、恭介は慣れていない。
一度気になってしまうとどうしようもなくもどかしい。
「出るか」
一通りゲームセンター内もめぐり、楽しんだので、二人は外に出ることにした。
アーケード内。時間は夕刻に差し掛かっていた。思った以上にゲームセンターにいたのだ。
「さて、そろそろ地元に戻るか」
「そうだねー。あ、そうだ。御飯は食べない?」
「飯か。そうだな。食べてからいくか」
「地元の方でもいいんだけど」
「いや、こっちで食ってこう」
恭介がそういうため、二人はアーケードを降り、その途中で見つけたファストフードショップへと入った。高校生の食事なんてこんなモノである。
二人がけの席にそれぞれの食事をもって落ち着いた二人。いざ、食事を取ろう、としたところで恭介が気づく。
「ん?」
向かい合う琴のその後ろ。人が立っている。巨大な影だ。見上げると、どこぞの高校の制服を来た、巨躯の坊主頭に剃り込みを入れた男が立っていて、琴を見下ろし、そして、恭介を見下しているのが分かった。
恭介は反応する。視線は自然とその男の嫌な視線に重なる。
恭介の目の前の琴が、その気配に気づいていないはずがない。ただ、面倒だから触れないようにしておきたかったのだろう。笑顔を崩さないまま、目の前の恭介に「放っておけ」という合図を出しているが、恭介はそれに気づかない。
「なんだよ」
恭介が手にしたコーラの入ったカップにストローを刺した所で手を止め、ずっとその場から動こうとしない坊主の男に強気で問うた。目も細め、睨んでいる。さっさと何処かへ行け、関わるな、と視線でアピールしている。だが、男はニヤニヤとした余裕の笑みで恭介を見下ろす。
「なんでもねぇよ。いや、アンタの彼女さん、そうとうな美人さんだなぁって思ってよ」
やはり、目当ては長谷さんか、と恭介は心中で溶かす。
面倒だ。どうしてくれよう、と考えている間に、
「ちょっと貸してくれね? オマエの彼女」
癪に障る笑み。恭介の嫌いなタイプの人間だ。そして、嫌いなタイプの人間が友達に多そうな人間だ。
恭介はコーラを飲み、置き、ハンバーガーを一口食べてから言い返す。
「状況判断としては当然だから笑うことぁねぇけど、こいつ、俺の彼女じゃねぇぞ」
そう言われた男はそればかりは想定外だったようで、目を見開いて驚いていた。
「おっと、そりゃ失礼。ってことは、だ。この美人さん、連れてってもいいってことだよなぁ?」
「きゃ、美人さんだって」
琴がわざとらしく両手を頬に当てて恥ずかしがっている『フリ』をする。この状況くらいなんとでも出来る、と言わんばかりの余裕の現れだが、男は気づいていないだろう。恭介は呆れている。
「なんでそうなるんだよ。二人で遊んでるところを邪魔して、一人引き抜くって常識なのか。俺が知らないだけでよ」
恭介が眉を顰める。常識のない、周りを全くみない男に憤りを感じていた。先程数名蹴散らしてきたばかりだが、まだ、暴れても良いとまで思えてきた。
「いやいや、誰に向かって口聞いてんのよ? お前」
場の空気が変わった。男の雰囲気も変わった。
「五人」
恭介にだけ聞こえるように、琴が囁く。
言葉に反応して視線と勘を働かせて辺りを探ると、琴の背後で仁王立ち状態の男の仲間と思われる連中五人が、少し離れた位置の席を陣取っているのが分かった。連中も、こちらをみて男のそれとよく似た癪に障る笑みを浮かべてニヤニヤしているのが分かる。
周りの全く関係のない客連中も恭介達が余計な事に巻き込まれているのは重々承知で、だが、何も出来ず、ただ聞き耳を立てているに過ぎなかった。男の態度が変わった事で、雑談すら出来なくなってしまったようだが。席からは離れた位置にあるレジカウンターとその奥の厨房にいる店員も、困った様にフリーズしてしまっている。店長、若しくは責任者と思われる人間も目星が付くが、その人物でさえ困っているように見えた。
嫌な静寂が支配する店内。
「俺ぁ金井雅樹ってんだ。名前くらい、きいた事あるよなぁ?」
「ねぇよハゲ。失せろ」