12.新たな敵と目的違いの敵―10
姿を隠そうが、気配を察せないようにしようが、それらは、液体窒素の超能力によって、空気中に無数の不可視なサイズの氷をばら撒いていて、それで全ての位置を把握しているため、見える見えないは、関係ないのだ。
零落希華のその『攻撃手段』を警戒し、絶対障壁を展開し続けている零落希紀は、その事実に気づけず、ただ理不尽な力だと感じていた。
零落希華は今、圧倒的有利な立場にいる。例え、
「くっそ!」
残っている右腕振るい、零落希紀の所持する天然超能力である『鉄分操作』を使い、付近の建物という建物を破壊し、鉄骨を抜き取り、それらを浮かせ、操作し、零落希華に一斉に襲い掛からせた――が、その全ては、まるで見えない壁にぶつかったかの如く、零落希華に触れる直前で静止し、凍りつき、砕け、粉砕されて、二人の頭上に雪のように降り落ちる。
家を突然破壊された事で付近の住民はついに悲鳴を上げて騒ぎ出した。近所で史上最悪の姉妹喧嘩を見せられて、迷惑だが、関わるのは面倒だ、と息を潜めていた連中も、流石に慌てふためいた。
が、姉妹喧嘩にはそんな喧騒は届かない。
「ッ……、」
零落希紀は言葉を失った。
予定が狂っただの、そんな事は既にどうでも良くなっていた。
亜義斗も菜奈も殺せない。霧島雅は見つける事もできない。
そこまで整理して現状を考えて、そして、気付いた。
(……、代わりも、用意されてるってね)
零落希紀は神威業火を知っている。実際に見た事がある、という話ではなく、立場的に近い距離にいた、という事。
零落希紀は知っている。神威業火は、先を見る男だと。当然、超能力に未来や過去をどうこうする、という時間に関係するモノは存在しない。そういう類の話ではなく、賢さとして、数手先を見る男だ、という事。
そもそも、それよりも、何よりも、零落希紀は知っている。
(この戦闘も、業火さんは見てるんだよね。そうだそうだ。そういう事なんだね)
零落希華は強い。これだけはNPC側でも、ジェネシス側でも揺るがない。神威業火は『この光景』を見て、きっとこう考えている。
(……零落希華を倒す、もしくは零落希紀を救い出すにも、犠牲は付く。零落希華がいれば当然だ。俺でさえただではすまないだろうしな。……、もうよい、切ろう)
神威業火は、零落希紀を捨てた。
神威業火にとっての零落希紀の魅力は、零落一族である、その一点のみであった。だが、所詮、NPCを『裏切った』反逆者でしかない。元反逆者だ。そんな人間を、信用出来るはずがない。最初から、そうだった。使えるだけ使ってやろう、という魂胆だった。道具以外の見方は、していなかった。
そうでなければ、態々、ジェネシス幹部格や、討伐隊等の『試験管ベイビー』を作り出す必要はない。
「ッがぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴を上げたのは、当然、零落希紀だった。
一瞬だった。真似事だ、と零落希華は、右手に握る氷で作り出した剣を握って、それを見下ろして思った。付着する鮮血はすぐに凍りついてこびりついていた。
零落希紀の右腕が、左腕と同様、肘から先を失っていた。
鮮血が吹き出すと同時、零落希紀は即座に傷口を凍らせて、無理矢理に止血したが、遅い。
零落希華の攻撃が、突き刺さる。一歩、たった一歩で零落希紀との距離を再度詰めた零落希華の膝蹴りが、零落希紀の水月を穿つ。
「ぐふっ、」
表情が歪む、吐血し、涎も吹き出す。
目撃者はいた。先の零落希紀の鉄分操作による大きな一撃のせいで家を崩壊され、外に出ざるを得なかった一般人が遠巻きにこの姉妹喧嘩を見ていた。が、誰一人として、止めに入るモノはいなかった。それどころか、誰一人として、視線を逸らす事も出来なければ、指一つ動かす事ができなかった。
それ程の、目を奪われる光景が、この姉妹喧嘩だった。
今現状、でなくとも、零落希華も零落希紀も、互いに互いを一撃で殺せるだけの超能力を所持している。そして、現状で言えば、零落希華は零落希紀を一撃で殺せる所まで追い詰めていた。
が、一撃で殺さない。一撃で殺し、全てを一瞬で終わらせてしまおうと考えていた時期もあった。だが、彼女だって心ある、感情のある人間だ。いざ、待ち望んだモノを目の前にして、考えが揺れた。
この妹――女は、NPCを裏切っただけでなく、ジェネシスの人間としてNPCの様々な支部を襲撃し、幾数人もの人間を殺してきた敵だ。
許しを乞うても、許すモノか。
つまり、仕返しをする、という浅いようで、深い考えである。彼女が今考えているのは、それだけである。
腹部を下から突き上げられるように蹴り上げられた零落希紀は、身体をくの字に折って、僅かに浮いた。浮いたその瞬間に、零落希華の顔の横から氷の槌が出現し、飛び出し、零落希紀の一瞬だけの、宙に浮いた間に丁度衝突し、顔を殴って零落希紀を吹き飛ばした。
数メートル地上に付く事なく吹き飛び、落ちてからも数メートル転がって、やっと零落希紀の身体は止まった。数秒後、ゆっくりと立ち上がった零落希紀の顔は、酷く汚れ、血を流していた。
零落希華は、その場から、ただ転がって起き上がるまでの零落希紀を冷たい視線で眺めていた。
動かず、痛めつけている光景を、目に焼き付けていた。
「痛いかしら。希紀。……これからもっと、酷い目に会うけどね」
そう言い切ったその瞬間だった。零落希華は、『感じ取った』。これは、超能力の影響ではなく、ただ、単純な、勘と、今までに養ってきた危機回避能力による、本当に、ただの勘だった。
が、思った。
(海塚さんとこに、何か、来た気がする)
零落希華自身、この『勘』には、何の根拠もないと分かっていた、思っていた。だが、良く当たる、という事実は、否定しなかった。
故に、一瞬、一瞬で、零落希華は、ただ、手を彼女に対して翳しただけで、――殺した。
凍りついた零落希紀に止めを刺したのも、液体窒素による力だった。凍らせ、砕いた。それだけだったが、それだけである。
周りのギャラリー達の中には、その異常な光景を見て、気を失って倒れる者もいた。が、しっかりと意識を保って見届けた者もいた。が、零落希華は気にしなかった。
そのまま、何事もなかったかの如く、零落希華は周りをも無視して歩きだした。向かう先は、NPC日本本部である。
(急がないとね。何があるか、わからないし)
零落希華にとって、実妹、零落希紀は、死んでさえしまえば、どうでも良い存在だったのだ。
「あ、ちょっと! ダメですって、止まってください! って、あぁ、」
エレナの声が部屋の外から聞こえて、海塚と佐々波は反応した。何か焦っている様子だが、どうかしたのか、と。海塚が席を立ち、扉に向かおうとした時だった。扉が、勢い良く開いた。
そうして部屋の中に入ってきたのは、見覚えるのある顔。
が、敵の顔。
海塚は一気に警戒体勢に――入ろうとはしたが、敢えて、押しとどめた。
「海塚、……彼女を連れて逃げろ。面倒な事になった」
入って来た敵は、エレナを傷つける事なく入ってきた敵は、当然、一閃である。
彼は敵であるが、今こそ、敵ではない。海塚はそう思っているし、一閃もそう動いている。
「どういう事だ?」
海塚が眉を潜めて問うと、一閃は背後から「困りますよぉ」と本当に困ったように近づくエレナを手で優しく退かして、だが、焦った様に、言った。
「神威業火が、来るぞ……!!」
そんな馬鹿な、と思ったが、口からは出てこなかった。




