12.新たな敵と目的違いの敵―9
恭介達が研究所を襲撃すると同時、桃達は生産工場を襲撃する。これで、人工超能力の商品化を圧倒的に遅らせるつもりだ。遅らせ、時間的余裕を作り出し、その間に更に襲撃等の活動を重ね、商品化の取りやめを決定させる。
当然、世間一般はそれに対してうんざりする程がっかりする様子を見せるだろうし、裏の人間の大勢も被害を被る事になるだろうが、あんな危険なモノを世に出すよりは幾分もマシだ、とNPCは考えている。
「さて、と。本題だけど」
メイリアが会議室奥に設置されたホワイトボードを手の甲でノックして皆の注目を集めた。そして、続ける。
「問題は、やっぱり、戦力。相手のね。私もまだ目を通したばっかりで、詳細も出てないみたいで、全然正体は分からないけど、討伐隊とかいう新戦力にプラスして、リアルとか言う海塚の彼女を狙った意味不明な連中も動いてる。今回程の大掛かりな作戦で、連中が動きを見せないとは思えないよね」
当然ですね、と希凛は言う。
「討伐隊……とやらの情報は全然集まりませんでしたが、リアル。こっちは少しは集まりましたよ。……なんでも、リーダーが海外から帰還し、活動を再開した、と。恐らくはジェネシスや我々に対抗する力を得るためにNPCにもジェネシスにも邪魔されにくい海外に出ていたのかと。調べてみれば、日本本部の零落希華さんの海外出張中に出くわした的の中に、リアルに関係する人間もいたようです。恐らく、ですが、討伐隊の様な何か、新しい形の力を手に入れている可能性もあるかと思います」
言い終えると、蒼井が続いた。
「リアルも、ですが、リアルの活動再開とほぼ同時に、ディヴァイドの活動も確認されています。とは言っても、ただの集会のようですが」
「ディヴァイドの方は無視しても良さそうね」
奏でが続く。
「ディヴァイドはもとより、私達側に味方している様な立場ですから。……問題は、討伐隊。なにより討伐隊かな、と。武器を所持している。武器を使うために超能力を得ている。という新しいスタイルではありますよね。警戒しておくに越した事はないかと」
家で見ていた奏の様子とは違う、仕事モードの奏を見たのは、初めてだった恭介は奏のその姿に思わず興味をそそられた。親の仕事姿程見ていて面白いモノもない。
奏に続いて、恭介も言う。
「俺の予想ですけど、討伐隊は、各自狙っている『担当』を持っているはず。誰が誰を相手する、みたいに。まぁ、それで今回場に現れないとは限りませんけど」
恭介の言葉に、メイリアが反応した。
「いや、それなら、尚更出向いてくる可能性は高いと思うよ。……担当がああるとすれば、NPCの顔が売れてるメンバーが担当として扱われるだろうしね。ジェネシスで言う所の零落希紀なんて存在がいればその立場の人間は狙われないだろうけど、生憎いないからね。どう考えたって、日本本部のメンバーである、恭介。君は担当として討伐隊の誰かに狙われていると思うよ」
言われて、恭介は確かにそうだ、と納得した。そして同時、
「って事は、海塚さんもそうですし……、三島達にも、担当がいる可能性があるって事ですか。だとしたら……ッ、」
気付いた。既に襲撃に出ている桃達の危機が迫っている事に。
「落ち着け」
そう恭介に言ったのは、奏だった。恭介は驚いて奏の方を見る、と、奏は視線を逸らしてつまらなそうに言った。
「神威兄妹に幹部格の桃ちゃん、三島君。そして同等の力を持つ典明君、今この場に集まってる私達の次に強いメンバーを集めてるのよ。日本本部だけの話をすれば、あんたと伊吹君、希華ちゃんの三人を除いて上の立場にいる人間が総出してるの。心配した所で、どうしようもない。分かっているとは思うけど、死ぬ時は死ぬわよ。そういう世界なんだから」
奏の冷たい言葉に、恭介は分かってるよ、と忌々しげに呟きつつも、納得していた。そうだ。自分が行けば、確かに戦力は増える。だが同時に、研究所という重要機関を攻める戦力が減る。今更どうしようもない状態なのである。
「奏さんは相変わらず息子さんに冷たいですね」
蒼井がそう言って、希凛が続いた。
「恭介君。心配するな。君も強いが、仲間も強い。君達の噂は全国に知れ渡っている。それ程にな。……さて、」
希凛がメイリアに視線を送ると、彼女は頷いて応え、話を戻した。
「うんうん。まぁ、仲間を心配になる気持ちは分かるよ。恭介。で、話を戻すけど、討伐隊は来る、と考えていて良いね。で、その対応についてなんだけど、私は間違いなく、恭介を狙った討伐隊が動くと見てる。それ以外にもいる可能性は高いけど、まず、恭介。討伐隊なんていうくらいだから、恭介の力を把握した上で、対策を取った超能力を持って出てくる可能性が高いと思うの。だから、襲撃の中、対応するのは難しいと思うけど、全員、討伐隊と思われる人間が現れた際は、恭介を守って頂戴。恭介の戦力は、正直言って、日本のメンバーの中でも、超重要なモノだってのは皆分かってると思う。奏や私の『複製』を上回るのよね、存在だけで。はっきり言って、流さんの封印よりも重要度が高いと私は見てる。挙句、私でも鍛えすぎちゃったんじゃないかってくらい強くなったからね。何があっても、絶対に死なせないように。んで、恭介、君は死なないように」
メイリアの長広舌に、全員が頷いて応えた。
全員が、恭介自身もが、郁坂恭介という存在の重要性に気づいている。
が、そんな事より、と恭介は思っている事がある。
恭介は自身が重要ではあるが、恭介にとって、恭介のその身よりも、なによりも、琴の存在が重要である。彼女がいなければ、恭介は既に一人で敵陣の中に突っ込んで行っていただろう。
(琴のためにも早く終わらせて早く帰ろう。大介達が見ててはくれてるが、心配だ。琴も、……心配してくれてたしな)
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零落希華の超能力は『液体窒素』と称される氷の系統の超能力である。桃の氷を操るように見える水の超能力とは違い、零落希華の超能力は、完全に氷を操るモノであり、水を操作する事はない。それだけ聴いてしまうと、桃の超能力の方が幾分も使いやすいそれかと思われるが、違う。熟練度も関係なしに、圧倒的に違う。液体窒素は、水分圧縮こと氷華に、劣る事等絶対にない。
超能力の優劣は複雑に個々の事情が相まって変動し、決まるが、残念ながら、桃の氷華が液体窒素に勝る事はない。有り得ない。
(ッ……、くそ、くっそ! なんで、なんで攻撃当たらないの! 液体窒素一つで、どうやったらそこまで動けるっての! 垣根さんもだけど、NPCの幹部格ってどうしてこう、理不尽な強さを持ってるのよ!!)
零落希紀は苛立っていた。
(意識外行動、影物質化、超反応、透明化、閃光、切断、氷結、……、全く通用しないじゃないの……! 大体、垣根さんもそうだったけど、意識外行動、透明化、超反応を凌ぐってどういう事なのさ!! 理不尽にも程があるじゃん!)
氷結、そんな表情の零落希華が、膝まづいて肩で呼吸をしていた零落希紀を見下ろしていた。
そして、氷結、と呼べる程に冷たい声で、言う。
「……、悪いけど、私達はアンタ達ジェネシス……人工超能力と、天然超能力だけで戦って来て、生き残ってきてるの。アンタがいくら人工超能力を追加して、強力な複合超能力者になったとしても、――希紀、アンタじゃ絶対に私には勝てない。強さは、超能力の数だけじゃ決まらないのだから」
零落希華の言葉が終わると同時、苦し紛れに零落希紀は風神を発動させ、巨大な鎌鼬を飛ばすが、それはどうしてか、零落希華には一切当たらず、付近をえぐって通り過ぎていた。その間、零落希華は一歩も動いていない。つまり、液体窒素という超能力一つで、それを防いだという証明である。
(……予想外過ぎる。まさか、お姉ちゃ……希華が、こんなにバケモノじみていたなんて……)