12.新たな敵と目的違いの敵―7
「見つけたよ。希華ちゃん。やっぱり、亜義斗君と菜奈ちゃんの出先に近づいているね」
そう言って、鈴菜芽紅は数枚の資料を零落希華へと手渡した。
鈴菜から受け取った資料を受け取り、すぐに視線を落として目を通す零落希華。彼女はあっという間にそれら全てに目を通して読み終わり、そして、頷く。資料を鈴菜へと返して、そして、言う。
「まさか本当に治療よりも亜義斗達を優先するとはね」
言っただろう、という表情で海塚が一人頷いていた。
鈴菜は続ける。
「ロングコートで隠してはいますけど、左腕が肘から先、なくなってます。はっきりと見えたわけじゃないけど、多分、超能力で焼いて傷を塞いでいるように見えたかな」
鈴菜はその恐ろしく速い速度で熟練させた無制限透視を使って、幹部格千里眼の後釜としての仕事をきっちりとこなしていた。
「そう。ありがとう。あとは任せて……と、」
そうだ、と零落希華は鈴菜に言う。
「海塚さんも知っている話だけど、芽紅ちゃん。あなた、狙われてるよ。戦闘系の超能力じゃないんだから、間違っても前線に出ないようにね。私達が守るから、後援してね」
零落希華の言葉に、鈴菜は頷いた。
(なんで私狙われてるんだろう)
鈴菜はイマイチ理解していなかった。それを察した海塚が彼女をこのオフィスに残し、零落希華が準備に向かってから、海塚は現状で分かっている限りの、討伐隊についての情報について彼女に話した。
「ついてきてるな」
亜義斗と菜奈は、ジェネシス組織を潰して回っていた。元ジェネシス幹部格の更に上に立つ人間だった彼等は、NPCの知らない情報までもっていて、NPCに大きく貢献した。そして、彼等の情報から出された組織の重要度等を考慮して、亜義斗と菜奈はそれこそ『前線』に出ていた。二人が班を組むようになったのは、当然、琴の離脱や恭介の暴走があってからだった。
この二人が班を組む、というのは、遂にNPCに認められたという事である。
最初から、二人は本当に、NPCに助けを求めにジェネシスを裏切ってきたのだ。信じられるまで、我慢するだけの話だった。
亜義斗も菜奈も、二人で動く事になってから、やっと信じられたか、と思った。
「うん。そうだね。久々な感覚」
二人は、追跡者に気づいている。一度、対峙したあの影を、忘れるはずがない。
「零落希紀か……」
呟いて、亜義斗は参ったな、と思った。
亜義斗も菜奈も、複合超能力者だ。そして、ジェネシスにいる時は幹部格よりも上の立場にいた。が、結局、どちらとも、神威家の血筋を『一応』引いていたから、という理由で保持していたモノであり、どちらとも、零落希紀には遠く及ばない。
その力関係は未だに変わらない。
「負傷してるみたい」
菜奈が言う。が、
「それでも、勝てないって分かってる」
亜義斗は素直に力関係を認める。
この場は、意地でも戦うタイミングではない、と亜義斗は判断していた。
冷静だった。前回は、タイミングが悪く、戦わざるを得なかった。その事実もあってからこそ、この速さで信頼を勝ち得たのだとも思えた。実際に、あの時の事を恭介が海塚達に言っておいたからこそ、である。
今回は、タイミングは悪くない。何より、今は、追跡者に、追跡者がついている。
亜義斗と菜奈の前に、ついに出てきた。
二人に声を掛けようとしたのは、当然零落希紀だったが、亜義斗が先に言った。
「鈍ったか。零落希紀」
「は?」
言われて、間抜けな声を発して、そして、零落希紀はやっとそこで気付いた。そして、振り返った。そこには、氷の様な、冷たすぎる表情をした、液体窒素――零落希華のその姿。
思わず、笑んだ。苦笑と、本当の意味での笑みが混じった、特別な笑みを、零落希紀は表情に貼り付けた。
「お姉ちゃん……」
「妹……なんて言わないから」
「そう、別にかまわないけど」
零落希紀は、ここで思った。実姉である零落希華が、自分に勝てる、と本当に思っているのか、と。
零落一族の超能力者は、例外なく、熟練度が高い。それらは、ジェネシス幹部格をも凌駕する高さを誇る。希紀も希華も、例外なくそうである。
だが、NPCに所属する零落希華は未だ一つの超能力しか持たない。そして、ジェネシスに所属する零落希紀は、人工超能力を複数所持している複合超能力者である。
超能力者の力関係は複雑だ。一に勝てる二があれば、三に勝てない二も存在する。つまり、超能力は多く所持し、そして、同時に複数発動する事が出来るだけ、有利になる。
つまり、今の状況を見れば、零落希紀が有利なのは一目瞭然である。
だが、零落希紀を正面に捉えた零落希華は、臆す様子なんて微塵も見せない。
日が沈んで暗くなったこの都会から少しだけ外れた街中で、恐ろしい力を持った二人が、対峙した。
「亜義斗、菜奈ちゃん。分かってるとは思うけど、早く帰って頂戴」
零落希華のその言葉には、亜義斗も菜奈もすぐに頷いた。もとより、そのつもりだった。二人は零落希紀には勝てないと分かっていた。
二人は言葉にそのまま従い、この場から離れた。二人はまだ、今日、『やる事』がある。この場で零落希華と零落希紀がぶつかる――というのは、海塚から連絡を受けていて分かっていた。零落希紀といえど、零落希華とぶつかればそう簡単に勝つ事はできまい。つまり、この時間は、零落希紀が手を空けていないという事。ジェネシスの守りが僅かでも手薄になるという事。
二人はこの後、動く。
「……私は、希紀、貴女を殺して、救って上げるから」
68
行平無一郎がエミリアと霧島雅を神威業火の目からすら、隠し通せているのには、当然理由があった。
行平は『これ』についてこう呼んでいた。
「否定石」
「否定石?」
そうだ、とエミリアの問いに行平無一郎は頷いた。
否定石とは、と雪平は説明を始めた。
「私が秘匿に開発していた、三島幸平の超能力を、石にした様なモノだ。超能力を受け付けない、石、物体。まだ、私と、お前達だけだ」
言われて、二人のために行平が用意した部屋をエミリアと霧島雅は見回して、感動した。そこまで、それまでのモノが既に実用化出来る段階にまで完成しているのか、と感心した。
当然、と行平は続ける。
「これらの否定石を、実践で使用出来るようにも、開発中だ。これを持っていれば、使えるようになれば、例え相手がバケモノと呼ばれる様な郁坂恭介だろうが、メイリア・アーキだろうが、――神威業火だろうが、超能力者が一方的に勝利出来る状況を作れるだろう。が、当然、お前達の人工超能力の追加もしっかりと続ける。安心しろ」
ついでのように行平は二人の本来の目的もこなすと言ったが、それどころではなかった。
(そんな便利なモノが、実用化にまでこぎつけたら、超能力者の価値は圧倒的に変わる。武器をもったただの一般人が、無敵の超能力者を殺す事だって出来るようになるじゃないの……)
エミリアは感心しつつも、恐怖した。
エミリアの強制酸化は、少なくとも今のところは、触れる事の叶わない圧倒的な力を持つ超能力である。が、否定石一つ、エミリアに触れていれば、エミリアは金属バッドで殴られる程度で死ぬ事になる。
ただでさえ複雑な力関係で構築されていたこの超能力の世界のパワーバランスが、崩壊する程の力を持った石なのだ、これは。
「……なんだっけ、」不意に霧島雅が言う。「討伐隊? だっけ。武器と超能力を合わせたタイプのあの連中。あいつらみたいに私達が武器を持って、それを否定石で作るってのは考えてないのかしら」