12.新たな敵と目的違いの敵―1
ともかく、警戒はしている。
(あの日本刀の男……が、ジェネシスだとして……考えてみれば、少しは予想が付く。あの男は間違いなくNPCじゃない。全支部に確認を取ったんだ。間違いない。やはり、ジェネシスと敵対する組織の構成員、なのか。だとしても、我々の味方ではないだろうな。味方だとしても、佐々波に……凛に、手を出せば仲間内であろうが絶対に殺す)
海塚は男を睨むように監視を続けていた。
数時間がそのまま経過した。眠気はここ数週間取れやしなかった。が、気合という根拠のない動力で海塚はなんとか気力を保っていた。
そして、朝四時頃。動きがあった。
男が、マンションの佐々波の部屋の前にまで来た。
「!!」
警戒体制。眠気は吹き飛んだ。ふと気付く。日本刀の男、一閃が戻ってきていた。
「しまったな。海塚のタイミングで動きを見せたか。……間違ってもその扉を開けようなんて考えるな、リアルの手先」
一閃は複雑な表情でいた。一閃にとって最悪の展開となっていた。
暫く、そう、数分程一閃と海塚が様子を伺っていたその時だった。
二人の視線の先で、男が、扉に手をかけた。
(来た……ッ!! 海塚、動くか!?)
一閃の考えた海塚が動くタイミングは二つ。リアルの男が手をかけたその瞬間か、扉を開けた瞬間か。一閃は海塚に先に動かせるつもりだった。僅かでも一歩遅れて動けば、この場合は先が見える。つまり、僅かでも有利となる。
海塚は、男が手を掛けたその瞬間に、動いた。ビルの屋上を蹴り飛ばし、一気に加速して佐々波の住むマンションまでその足で移動した。
(速いッ!! 海塚、やはり体術も相当だな。流石はNPC日本本部の長だ。……距離を取りつつ、追う)
一閃も海塚からワンテンポ遅れて足を進めた。
男が扉に手をかけて、扉を引いたその瞬間。
「止まれ、指一つでも動かせば怪我する事になるぞ」
海塚が、男の背後に到着していた。
フードを鼻先まで下ろして顔を隠している男。体格から男と推定できるが、もしかすると女性の可能性も存在する。が、恐らくは男だ、と海塚は想定する。
海塚はその男の真後ろに立っている。いつでも手を出せるその距離だ。
すると、男は海塚に背後を向けたまま、扉にかけていた手を引いた。そして、振り返り、――笑んだ。
「かかったね」
その場違いな言葉に、海塚は戦慄した。そして、気付いた、思った。――しまった、と。
そのすぐ後、悲鳴が聞こえてきた。当然その声の主は、佐々波、聞こえてきたのは、佐々波の部屋の中から。
監視が気づかれていた。それについては、海塚だけでなく、一閃も驚愕した。二人共、ミスを犯したつもりはない。ローテーションでこなしていた海塚はともかく、一閃に至っては一人でこなしていた。ミスの記憶はない。
この時二人は感じ取った。この男、もといその団体は、力を持っている、と。
海塚は咄嗟に能力を発動しようと思ったが、すぐにやめた。佐々波の部屋の中には何度か上がった事があり、構造も覚えている。だが、彼には視る力はない。部屋のどこに佐々波がいて、佐々波に悲鳴を上げさせた奴がいるか、わからない。無作為に攻撃して佐々波を殺してしまえば最悪だ。
「くっそ!!」
海塚はすぐに男を退け、部屋の中に入ろうとした。だが、
「そうはさせないよ」
海塚が男に手を伸ばしたと同時、男は海塚が伸ばした手をあまりに綺麗に受け流し、そして、いなす。海塚の身体は力の流れを制御されたかの如く、ひっくり返り、宙を舞い、そして、廊下からマンションの外へと、放り投げられた。
「ッ!?」
その光景を見て、接近しようと試みた一閃は、足を止めた。
(いくらあの距離で、悲鳴が聞こえて同様していたとはいえ、あの動き……。あの男、出来る)
一閃は男に気づかれないように、身を低くして隠した。が、海塚をマンション外へと投げ出した男は、一閃がいる方向を見て、優しく笑んだ。
「ッ!!」
海塚は恭介の様な超人めいた超能力者ではない。自由格納という特殊で強力な超能力を持った常人でしかない。この高さから落ちれば、怪我はするだろうし、最悪死ぬだろう。
だから、とっさの判断だった。下に一般人がいるとは考える余裕がなかった。
自由格納を使って異次元にしまっているのは、何も剣の様な武器だけではない。身を守るためのモノも無数に、無差別に格納してある。
海塚がアスファルトの地面に叩きつけられるその直前、海塚が落下する位置に、巨大なクッションの様なモノが、出現した。そこに、海塚の体は落ちた。
一閃は男に気づかれている事に戦慄した。が、それとは関係なく、マンションの裏側に回り込む事にした。
(あのリアルの男は恐らく、俺にも気づいていて、海塚達にも気づいていた。だから敢えて、タイミングを測る様に無駄なストーキングを続け、俺達の気を惹きつけるためにオトリとして今、このタイミングで行動に出た。そして、狙い通りに海塚をいなした。そして、部屋の中から悲鳴。恐らくは佐々波凛のモノだろう。敵は複数いる。あの男は、恐らく実力がある。だとすれば、他の連中もそれなりの実力を持っていると考えるべきだ。恐らく、あの男は入口から離れない。ならば様子を見るために裏に回ってベランダから中を覗く)
一閃は男に見られる事を厭わず、すぐに建物と建物の屋上や屋根を飛んで渡ってマンションの裏側へと到着した。
と、同時、海塚が自身で出現させた巨大なクッションを格納し、やっと地面に足をつけた。まさかこんな気まぐれで格納していたモノが役に立つとは、と思いつつ、海塚は地上から目の前のマンションを見上げる。上の階から、男が身を気取った様に方手を淵に掛け、身を乗り出して海塚を見下ろしていた。
「……挑発か。ふざけた真似を。俺に見られているという事がどういう事か分かっていないようだな」
海塚は男を見上げたまま、超能力を発動。男の頭上に、剣が刃を男の脳天へと向けて、出現した。出現したその直後、剣は男に向かって落ちるが、
「ふふん」
剣は、どうしてか、男の横に、落ちた。
(……!? なんだ、俺がミスったのか?)
海塚は目を見開いた。すぐに足を早め、マンションに入り、階段を駆け上がったが、疑念の余地があった。
海塚の超能力は、極限まで熟練されている。そう言える程に熟練されている。それは、薬で調整されたジェネシス幹部格と並ぶか、それ以上に。つまり、精度は間違いなく高い。最近の事を思い出してみると、ミスした記憶なんて見つからない。最後にミスをしたのは十数年前か。まだ、超能力が発現したばかりの頃だ。
(男が動いた様子は全くなかった。俺が見る限り、男は動いていない。……、となると、やはり、超能力か)
海塚は階段を駆け上がりながら、考えた。
(回避系の超能力か。攻撃を避ける。攻撃が当たらない。攻撃を受け流す。防御がデフォルトで身体に馴染んでいる。反射的に攻撃を逸らす。避ける。……何だかは今のだけでは判断できないな。……だが、先程俺をマンションから落とした時のあの動きも見て、体術を強化している様な気もする。自然とどうにかするだの、そういう系統ではあろうが)
一閃がマンションの裏に回り込むと、佐々波の部屋のベランダが見えた。部屋の中はカーテンのせいで見えそうにない。
「行くしかない、か」
ベランダに敵の影は見えない。だが、カーテン越しに部屋の明かりが部屋の中にいる人間の影を浮かばせている。間違いなく、敵は中にいる。
一閃は飛び、その恐ろしい程の跳躍力で佐々波の部屋のベランダへと、降り立った。
そしてすぐに、右手を開く。と、そこに鞘に収まった日本刀が出現する。それをしっかりと握った一閃は、鞘から刀身を引き抜きながら――居合。