2.兄妹―1
二人はゲームセンターからかけてゆく大介達と男の跡を追う。ゲームセンターを出た連中はそのまま、アーケードを下るように、恭介達が来た道を走る。二人も当然続く。
アーケードを歩く道行く人々をうまく避けながら進む全員。だが、NPCで戦士として鍛えられている琴がそんじょそこらの連中に追いつけないわけがなかった。アーケード中腹、琴があっと言う間に掛ける全員を追い越し、大介達前に出て振り返って止まった。恭介はまだ、最後尾を走っていた。
「大介くん! 愛ちゃん!」
見知らぬ人――琴――に突然名前を呼ばれて驚いたか、大介と愛はその足を無理矢理に止めた。背後には追っ手。敵に挟まれたと勘違いでもしたか。
「大介! 愛!」
数秒、いや、十数秒遅れて恭介も琴と並んだ。そして、二人を追っていた連中も恭介達と大介達を挟むようにして足を止める。アーケード街を行く無関係な人々はチラリと恭介達を一瞥はするものの、足を止めたり様子を伺ったりはしなかった。恭介達からすれば、好都合である。
「兄貴?」
「お兄ちゃん」
大介と愛が恭介を見て驚いていた。何故ここに、といった表情を浮かべている。
が、
「おい、またお前かよ。くそが」
大介達を追っていた男連中から声が上がる。
「早くそいつを渡せ」
「いつも逃げてばっかだなぁ、今日こそ捕まえて立ち上がれなくしてやるよ」
「その妹さんさえ渡してくれりゃ見逃してやんのによ」
男の言葉から、愛が目的だと分かった。
「俺の兄妹に何の用なんだよお前ら」
恭介が凄む。兄妹普通の関係で、普通の仲だ。それでも、身内が変な状況に置かれているのを黙って見過ごせる訳が無い。
「そうだよ、愛ちゃんに何の用があるってのさ」
恭介に続いて琴も相手を睨む。何も知らない相手からすれば綺麗なお姉さんが意地張って強気に出ているようにしか見えないだろうが、恭介からすれば大変心強い睨みである。
声が上がり始めたからか、少しづつだが野次馬が出来始めてきた。が、それでも状況収集しようとする者は出てこない。
「うるせーよ! 外野は引っ込んでろ!」
男連中が恭介達に叫ぶ。五月蝿いのはどっちだ、と恭介の隣りで琴が呟く様に吐き捨てた。
「大介、愛」
恭介が二人を呼ぶと、二人はすぐに視線を兄へと送った。
「逃げろ」
そして、その言葉に頷き、恭介達を追い越すようにして二人でアーケードの外めがけて走り出した。男達は当然、逃げた二人を追おうとするが、そこに恭介達が立ちはだかる。
相手の人数が多いため、半分程は脇から抜け出して掛けてしまったが、
「恭介くん。追って」
恭介達も別れ、それぞれで対処することにする。
琴の指示を受けた恭介はすぐに踵を返し、抜け出した連中と大介達を追って駆け出した。そうしてこの場に残ったのは僅かな野次馬と、モデルのような美女琴と気の立った男が四人程。
男四人は訝しむ様に立ちはだかった琴を睨んでいる。こいつ、俺達とやりあうつもりか、という怪訝な表情が分かる。
一方で相対する琴は、微かに笑みを浮かべている。相対する男共がその意味に気付くことはないが、これは余裕の笑みである。人間、こういう状況に立つと自然と興奮し、見えるはずのモノが見えなくなってしまうモノだが、訓練を積み、戦闘経験を積んだ琴はそれを回避することが出来ている。冷静に周りが見え、状況判断が出来、そして、相手の実力を見極めることが出来ている。
琴が見る限り、『余裕』。そう判断していた。当然、油断はしないが、それでも、だ。
「ねぇちゃん。そこどいてくんねぇかなぁ」
「実力行使でもいいんだぜ?」
「痛い目見たくなかったらどけよコラ」
「やべぇ、美人じゃん」
四人それぞれ琴を牽制する。が、琴はそんな古ぼけた脅しに屈っしはしない。
「やってみなよ。実力行使。警察が来るまでの間にさ」
これだけ騒いで野次馬まで生み出しているのだ。近くの交番から警察が駆けつけてもおかしくはないだろう。
琴が相手を挑発する。それに、相手は乗ってしまう。
「舐めやがって! 女だからって手加減はしねぇからな!」
一人のその叫びと共に、四人全員が琴に向かって迫った。
琴はそんな光景を見て、まだこんな不良めいたガキが存在するんだ、とこの都会と呼ばれる町に少しだけ呆れた。
野次馬は歓声を上げた。まるで映画を見ているようだ、と感想を持った者が多かった。
一人の華奢な女性に襲いかかった四人の男達は、今、アーケードの固い床の上でもがき苦しんだり、伸びたりしていた。あっという間の出来事だった。時間にして大凡十秒。野次馬連中も完全に目で追えやしていなかった。
まるで柔術のような、そんな動きで琴が四人の男を次々に受け流していたということだけが、野次馬の認識の中にあった。
「口程にもないね。っていうかそんな古い不良みたいな格好に言動。恥ずかしくないの?」
琴が自身の周りで転がる連中を呆れたような視線で見下ろしながら、呆れたような口調で言った。反応はない。
さてと、と琴は周りの野次馬、そして男共を視界から外して歩き出した。向かう先は恭介達が走っていった方向だ。
「恭介くんはどーなってるのかな」
「お、ま、え、らぁあああああああああああああああああああ!!」
アーケード街を出た先。小さな路地で恭介の必死な叫びが轟いていた。恭介のすぐ先には男が四人。更にその先に大介と愛の姿。
いい加減だと判断したか、男達は立ち止まり、踵を返し、振り返った。恭介もすぐに足を止め、振り返った連中と相対する。それに気付いた大介と愛も、少しだけ離れた位置で足を止め、五人の様子を伺った。
「邪魔すんじゃねぇよ! うっぜぇんだよ!」
男の一人がそう怒鳴り、何の猶予もなしにすぐに恭介に殴りかかってきた。が、恭介にはその動きが全て見えていた。
立った一度だが、戦闘を経験し、僅かだが、訓練を経験した恭介は既に、一般人の域を凌駕していたのだ。NPCという超能力という、特殊な環境だからこそ、短期間で、一般人とは比べ物にならない力を得ることが出来たのだろう。
恭介は殴りかかってきた男の懐に入り、まるで懐柔するかのような投げ技で、男に宙を舞わせた。背中から落ちた男は背中を抑え、悶絶し、うめき声を上げて地面で悶えている。
「テメェ!」
すぐに残りの連中が襲いかかってくるが、――結果は変わらずだった。
あっと言う間に恭介の足元に転がる影が四つ出現した。
恭介は大介達が無事である事を視線だけで確認した後、しゃがみこんで男の内の一人の胸ぐらを掴み、持ち上げ、顔を迫らせ、凄みのある声で問う。
「何故大介達を追ってる?」
恭介に迫られた男はうめき声を上げながら、――四人を相手に無傷で打ち方相手に勝てないと判断したのだろう――素直に答えた。
「あの、女の方……、『懸賞金』が掛かってんだよ」
「は? 懸賞金?」
突然の突拍子もない懸賞金という言葉に恭介は混乱した。懸賞金という言葉の意味は当然分かる。だが、愛に懸賞金が掛けられる理由が分からなかった。
「何言ってんだ。なんで愛に懸賞金がかけられてんだよ? 大航海時代かよ、アホか。時代錯誤もいいところだ」
呆れた様に言いつつ、問う恭介に男は続けて答える。
「その女気にいったって人がいて……、その人がその女連れてきたら五万出すって言ってて……。そんで俺達は何度もその女を連れて行こうとしたんだけど、全部失敗に終わってて」
「大介、どうなってるんだ?」
男の言葉がイマイチわかりづらいと判断した恭介が手を離すと、男は後頭部を地面に打ち付けるように落ちた。短い悲鳴が聞こえるが、大して気にはしなかった。
呼ばれた大介が愛の手を引いて、恭介に近づいて来て、答える。
「無茶苦茶な奴がいるんだ。高校生なんだけど、『金井雅人』って言って、とにかく喧嘩が強くて、家が金持ちで、それで力と金で傍若無人に振舞ってるアホがいるんだ。挙句そいつはロリコンなのか知らないけど、愛の事が気に入ってるって。多分、懸賞金もそいつが……。愛の事狙ってる奴ってのがいるのはわかってたから、俺が側につくようにしてたんだ。愛だって遊びたいだろうし」
ロリコン――、このフレーズに、恭介は『ピンときた』。
恭介は大介に少し待ってろ、と言って、携帯電話をポケットから取り出し、ロリコン大魔王、という相手を選択して通話ボタンを押した。