11.残党狩り―11
二人がその影の正体に気付くには、数秒を要した。帽子を深く頭、マスクで口元を隠し、と、顔を隠していたからだ。
「み、みか、」
「名前は言わないでくださいよ。言ったじゃないですか。二人とも監視されてますよって」
近藤蜜柑。彼女もまた、彼等と同様に連携者であり、連携者としては二人よりも先輩である。
霧島深月はそこで押し黙った。煤島も緊張の生唾を飲み込んだ。二人共辺りを見回したい気持ちを抑え、ただ懐に隠した銃を考えだけで確認しておいた。銃等、無意味だと結論を出したばかりではあるが。それでも、唯一の武器だ。
そんな二人の気持ちは蜜柑は良く分かる。身に染みる程に分かる。自分もまだまだその位置にいるが、とも思った。
そのまま、蜜柑が続けて言う。
「……『連絡』はしてあります。すぐにでも手が空いてる人が来るでしょう」
言い切って、蜜柑はその場で首と視線を動かして辺りをわざとらしく確認した。蜜柑はこの場か、この付近か、それとも遥か彼方かは分からないが、この場を盗聴している超能力者がいると連絡を受けていた。だから、この発現をして、敢えて聴かせ、辺りの様子を確認した。
当然、反応を見せるモノはいない。
(ま、当然だよね。芽紅ちゃんの無制限透視で近くの人間の目星は付けてもらってるから警戒は出来るけど、盗聴の方はなぁ。実際、この二人を監視しているとは限らないし、そいつ)
蜜柑は再度自然な状況に戻して、続ける。
「出ましょう」
その言葉を合図に、二人は即座に立ち上がった。会計は先に済ませてある。二人でゴミを店に設置してあるゴミ箱に捨てると、蜜柑と合流して歩きだした。
店を出て、人混みの多い街中を歩く。
(仮に盗聴する奴の能力が、ターゲットを絞ってても、近くに人が多ければ雑音が入ってる、なんて事もあるかもしれないし、こっちの方が良いかもねって)
渋谷。休日の昼間。平日であろうが人の多いこの街が休日人が少ないはずがない。人混みは多い。
蜜柑は予め、付近にいるであろうターゲットに目星をつけていた。人混みの中、三人の後を距離を取りつつつけてきている影を見れば、すぐに目星は更に減る。絞られる。
(見つけた。……若い女性。見た目だけなら普通のOLみたいなんだけどなぁ……人って分からないね)
判別したターゲットの顔を確認、そして彼女が先程までいた位置を思い出す。
(二人から全然見えてたよね。一的に。あんな場所に立ってたって事はやっぱり、警察関係の人間ではないだろうね。察せられる可能性は取らないでしょ)
となれば、やはり、
(ジェネシスの人間なのかな)
可能性は高い。そして、本当にそうだとしたら、
(応援が来る前に、殺されたら適わないからね。極力人混みの中を歩いて逃げよう)
蜜柑は決め、駅周辺の人が消えないエリアを選び、進んで歩く。
連絡はしてある。そもそも、蜜柑は連絡を受けた側だ。接触の前から既に応援は飛ばされているだろう。
誰が来るかまでは分からないが、この無能力者三人を守れるだけの戦力は向かってくるだろう。
だが、その間、敵だって当然動く。
これまで蜜柑が、最良の、最高の、考えを用いて現状を整理し、動いていたのは事実。だが、彼女等は連携者としてNPCと協力し、超能力と関わってはいるが、超能力者ではない。恭介や桃、今では典明等が、自然と気づける可能性のある機微な違和感に、気付く可能性は超能力者よりも圧倒的に低い。
「バッチリ掛かってる。……『音波』。お前の姿は連中には見えていないし、盗聴の件も全部、『気付いていない』な」
「そうですね。でも、本題の『無制限透視』は、この場にこなさそうですね」
蜜柑に姿を確認されたOLは、周りに聞こえない様に、そう呟く。インカムで、遠くにいる『幻想』と連絡を取り合っている。
蜜柑の推測は外れていた。
現状はこうだ。遠くにいる幻想が、音波の『姿を変えている』。盗聴は、音波が持つ、ただの盗聴器によって行われているのみ。超能力を発動している人間を二つ確認し、警戒しただけのNPCと、現場を見ていながら超能力に対する知識が足りない蜜柑では、そういうズレが出てしまう。
現に今の蜜柑は、まだ遠くで超能力を発動している人間に対する驚異を感じていないし、そして、『迷っている事に気付いていない』。
今、彼女等から一キロ程離れた位置にいる『幻想』は、彼女等を目視している。超能力ではなく、実際の目で見ている。その視界に映るのは視界を埋め尽くさんばかりの人混み――だったのだが、その中でも目標を明確に捉えていた。それだけで、幻想の専用能力『幻覚』がターゲットに向けてのみ、発動出来る。そして、既に発動されている。幻想の視界に映るのは、駅から遥か離れた、人気の少ない住宅街の方へと向かって歩く三人の姿だ。
ここまで完成してしまえば、問題ない。幻想は町並みの上から下に移動する。そして、堂々と三人の後ろを付ける。そう、音波と呼ばれた女性と共に。
幻想には、音波の本当の姿が見えている。だが、蜜柑達には、この無垢な雰囲気が抜けない少女を、OLのお姉さんにしか見えていない。
これが、幻想の専用超能力『幻覚』である。名前そのまま、幻覚を見せる事の出来る超能力。
彼のこの専用能力は、人工超能力では、ない。これは、天然超能力なのだ。彼は、ジェネシス関連組織から、ジェネシス討伐隊にまで上り詰めた、音波と唯一二人、下から這い上がってきた隊員なのである。
天然超能力である以上、やはり最初はこの能力、発動条件が限られていたり、と効果が絶大な超能力でありながら、使い勝手が悪かった。だから彼は、下っ端より少しだけ上の位置で留まっていた。だが、今は違う。今、彼は討伐隊と呼ばれる幹部格に代わるジェネシス、神威業火お抱えの超能力戦闘部隊なのだ。
そして、この二人は、この二人だけは、同じ目標の敵を持っている。
それが、『千里眼』。
そのために、この二人は『そういう類の超能力』を多く所持している。そして、それに合わせた使用の出来る武器も所持している。
が、千里眼はつい先日、恭介の手によって失われた。
それはジェネシスの連中も把握している。千里眼用に、と強化された二人の目標は消失した。が、新たに出現した。それが、引退という形になった千里眼の椅子を継いだ無制限透視、鈴菜芽紅だ。
今回、都合や状況が重なり、警察内部に隠された超能力者に代わって、二人はこの霧島深月と煤島の監視に進んで出た。鈴菜芽紅の監視を誘い出すためにだ。
が、やはり、
「無制限透視は来ないな。きっと連絡だけ入れているのだろう」
「そうですね、恐らく、後から来た近藤林檎の娘と」
「どうする?」
「殺すしか、ないでしょう。応援が来るよりも前に」
音波の何の感情も篭っていなさそうな言葉に、幻想はそうだなとだけ頷いた。
「……まさかまさかの、顔だね。正直、驚いた」
「何? 桃ちゃん知り合い?」
そこに現れたのは、桃と、典明という今となっては異色のコンビである。
音波と幻想は声に反応して、即座に振り向いた。そして、二人の姿を確認する。
音波も、軽磨も、見覚えのある春風桃の姿を見て、目を見開いた。当然、覚えている。『あの時、攻め込んできた三人組の内の一人』なのだから。
それに、音波は、彼女を古くから知っている。
音波を見て、桃が言う。
「愛理ちゃん、本当に残念だよ。それに、その『今取り出そうとした』のって、『武器』でしょ。きょうちゃんの報告で聞いてたよ。新しい超能力の組織があるかも、って」




