11.残党狩り―8
討伐隊。幹部格に成り代わるのであれば、幹部格の名を与えれば良い。だが、彼等は製造目的が違う。実際の所は幹部格は実験台だったが、討伐隊は、その名の通り、討伐するために製造された。
一閃は、『郁坂恭介の相手をさせるために製造されたのではない』。
そして、イザムにしては言わずもがな。この光景を見て、やはり恭介は幹部格を探し、狙ってきていたのだな、と確信した。
二人の中間地点に降り立った恭介はゆっくりと立ち上がり、二人を一瞥する。
そして、『迷った』。
イザムは見てすぐに分かった。金髪の逆立てた短髪に、右目の下のタトゥーを確認したからだ。だが、もう一人が分からなかった。初めて見る顔なのは当然。そして、恭介は生き残りのジェネシス幹部格であるエミリアの顔を知らない。
ある程度の情報は回ってきているが、エミリアの襲撃したNPC支部は壊滅しているため、情報が少ない。男なのか女なのかも回ってきていない。どんな能力を持っているのかも知らない。
だから、迷った。この男はエミリアなのか、と。
今の恭介はジェネシス幹部格を殺す事しか頭に入れていない。男が幹部格でないのなら、視界に入れる理由もない。
そもそも、これで男がイザムと仲良くでもしていれば恭介はすぐにでも男をまとめて攻撃しただろう。だが、状況がおかしい。二人は敵対している。見る限り、男はNPCの人間でもない。
(ジェネシス幹部格と――ジェネシスと敵対してるんだよな。誰だ、この男は)
恭介は眉を潜めつつ、一閃に視線をやった。
イザムが複合超能力者でない事は恭介も把握している。一度近くに行ってしまえば余程の事がないと逃がさないと確信している。だから、一旦男の正体を探る事にした。
一閃は、面倒な事になったな、と不満げな表情を見せた。
(郁坂恭介……だよな。彼は俺の担当じゃない。いくら俺が幹部格と違って複合超能力者だからって、正直、郁坂恭介相手じゃ勝目はないだろう。……かと言って、イザムを逃がすのか……? いや、ここまで時間を稼がれた時点で俺の負けと言っても良いか。担当ではないと言っても、能力的には担当も同然だ。……、)そして、すぐに判断する。(やはり担当は担当に任せるべきだ。罪はまだ、準備中だったな。……よし、逃げよう)
「誰だお前は」
恭介が一閃に問うた。
だが、一閃はその言葉を聴いて、踵を返して振り返り、恭介に背中を見せた。右手を上げ、ひらひらと振って言う。
「……自己紹介は俺がするべきではないな。それに、興味のない男と言葉を交わす気もない。邪魔をした。イザムは譲ろう。じゃあな」
そう言って、一閃は振り返りもせずに歩いて行った。
恭介は敵意がない。そして、一閃がジェネシス幹部格でない、と分かったその瞬間から、すぐに首を戻してイザムに視線を合わせた。男の口からイザムという言葉が出た。この男はイザムだと分かった。
目標が捕捉出来た。
イザムの表情が曇る。先程までの戦いに楽しみを覚える顔はなくなった。今イザムの表情に浮かんでいるのは、焦り。それだけだった。
「くっ……、郁坂恭介か」
そうとしか言えなかった。イザムだって分かっている。ここから逃げ出す事等出来ない事を。郁坂恭介に勝てるはずなんてない事を。
「そうだ。だからどうした、イザム」
そう言ったと同時、恭介はゆっくりと、イザムに向かって歩きだした。
恭介はこの瞬間――幹部格に近づく――があまり好きではなかった。当然、これで殺せるという期待もあったが、こいつらさえいなければ、琴があんな事になることもなかったのに、という後悔の感情が自然と生まれてきてしまう。この感覚が嫌いだった。
恭介が近づく度、イザムの表情が曇る。恭介との距離はタイムリミットだ。タイミリミットが近づいているが、この場でどうすれば生き残れるか判断できなかった。
(イザムを殺した相手だぜ……どうしろってんだ)
とりあえずではないが、切断は全身に発動している。
だが、所詮その程度。恭介からみれば、それだけの事。
イザムのすぐ目の前にまで迫った恭介は、イザムの手が自分に到達するまでに、雷撃を、一撃。
たった、それだけである。
稲妻によって感電したイザムは何も言わずにそのまま、無力にも恭介の足元に崩れ落ちる。
が、これは一撃必殺ではない。今、恭介はイザムを動けない程度で感電させたまでである。
恭介と一閃の、イザムを襲った目的は合致していた。
「エミリア、そして霧島さんはどこにいる」
恭介の足元に俯せに倒れているイザムの目が僅かに動いて恭介の方を向いた。
「喋れるだろ」
恭介は念を押す様に言う。
すると、
「……知る、かよ」
否定の言葉。イザムは運が良かった。身体が痺れていて、首を動かるだけ動かしても恭介の表情が見えないのだ。今の恭介の表情が見えていれば、イザムは、更に絶望しただろう。
「もう一度だけ聞く。残りの連中はどこだ」
「知らね、ぇって、言ってん、だろう……が」
本当に、知らなかった。だが、それで十分だった。恭介の表情から、怒りが抜け切った。知らない以上は、『必要ない』。
恭介はそのまま踵を返してイザムから離れ始めた。足音から、イザムもその様子には気付く。
だが、恭介が歩き出して数秒後、暗くはなっていたが晴れていた空に、突如として雲が集中し、そこから、イザムに向かって、一発の稲妻が落ちた。
轟音が、余韻として暫く辺りに響いていた。
64
「退院できたのか。速いな。びっくりだわ」
三島はNPC日本支部と協力体制にある医師がいる病院の前で、病院から出てきた笹中を迎えた。
笹中はあちこち包帯でぐるぐる巻きにされていて、見た目からして大丈夫とは言えない状態だが、あの戦闘の中で生き残っただけ十分だったといえる。
「お前だって、大丈夫なのか? 出歩いて?」
笹中が三島を見て問う。杖をついて歩いている三島を見て、だ。
「なぁに、大丈夫だ。杖もそこまで必要じゃないしな」
そう言って、三島は言い、そして、
「退院そうそう悪いが、ちょっと話がある。来てくれ」
三島はそのまま、笹中と共に自宅へと向かった。自宅を選んだのは病院からそこまで遠くなかったという理由と、当然、敵の目がある可能性が少ないから、である。
そこで、三島は笹中に現状を話す。
「……俺達が入院している間に、イロイロ動いたみたいだ。恭介の帰還……が、一番大きいのかな」
「そりゃそうだろうな」
「順を追って話すと、まず、恭介はセツナ、イニス、イザム、近藤林檎を殺した。そして、その戦いの最中で、本人の許可を得た上で、琴ちゃんの千里眼を強奪した」
その言葉には、笹中も思わず驚いた。
当然だ。琴には千里眼しかない。それを譲ったということは、
「って事は、琴ちゃんは今、無能力者になったってことか」
三島は頷く。
「そうだ。だから、NPCから外れた。一応、連携者って形にはなってるが、周りは休ませたがってるさ。これまで、若い時からずっとNPCのために働いてきたんだからな。それで、幹部格の空いた席に、鈴菜芽紅が入った」
「えっと、確か……」
「無制限透視、前に雷神、桜木将と一緒にいた、恭介が助けて来た子」
「あぁ、あの子か。熟練度は大丈夫なのか? 前に見た時はまだまだこれからって感じだったが」
「大丈夫だ。成長速度が異常に速い」
「そうか、なら安心だな。で、今の幹部格はどうなってるんだっけか?」
「俺、恭介、桃ちゃん、芽紅ちゃん、そして垣根さん、零落希華の六人だな」
「って事は数はなんとかなってるんだな」
「数は、な」