11.残党狩り―5
これは、視る超能力のように視認するモノではなく、特定のモノ、人物を探し当てる能力。探すという事に関しては、千里眼よりも、無制限透視よりも数倍精度が良く、容易に可能とする。
「そうですか。流石ですね」
彼女の言葉に返事をする男が一人。スーツ姿が特徴的な少し年を取ったように見える男だった。つまり、老け顔だった。が、顔よりは実年齢は若い。
男はそのまま黙って壁に背を預け、言う。
「伝達しておきます。さて、ここは『彼』の出番でしょうか。少なくとも、私達ではないような」
男が困ったように言うと、女は笑って返す。
「そうですね。イザムの切断はなんだかんだで一撃必殺ですから、『相殺』出来る人間が行った方が効率もいいでしょうし。それに、彼もイザムと戦いたがってましたし」
「あぁ、実際、今『返事』が来た。向かうそうです」
「そうですか。中継が見たいですね」
彼女が言う。放射状探知は確かに特定のモノを探す、という分野には秀でている。だが、視る、という分野には合っていない。そもそも、探す、と視るでは種類が違う。千里眼であれば、遠距離にいるイザムと『彼』の戦闘を視る事が出来るが、放射状探知では、それは出来ない。
視る力もあれば良かったが、残念ながら彼女はそれを持っていない。
だが、それで十分だと彼女も周りも思っている。例えば、イニスと戦闘した場合。恭介は千里眼を琴から譲り受け、千里眼で確かに捉えた後に倒したが、放射状探知はそれと同じ事が可能である。つまり、戦闘に使えるモノであり、十分である。他の超能力もあるに越したことはないが、適応は許容量の壁は越えられない。
軽磨が言う。
「ん。彼が出ましたね。イザムの追跡を頼む、との事です」
分かりました、と片桐愛理は頷いた。
「移動用の超能力を持っていないのは不便だな。少し『自分の特異』を少なくしても瞬間移動でも入れておくべきだった」
若く見える男だった。短い黒髪に、ネクタイ、スーツの姿。だが、どう見ても会社員には見えない。そんな男。
彼は今、イザムを追って中央線の電車に腰を下ろしていた。両隣の席が空いているのは、彼が自然と放つ異様な雰囲気のせいだろうか。彼は隣に誰が座ろうが気にしないが、周りが気にして勝手に空いていた。
電車内はそれなりに混んでいて、後一時間も遅く乗っていたら帰宅ラッシュに巻き込まれていただろうと予測出来る。満員電車でも構わないと男は思うが、偶然そうなったため、更に気に留めない。
あまり、気に留めないタイプの人間だった。自分の興味以外には執着はせず、極普通の事は極普通に熟すタイプの人間だった。
(イザムは三つ前の電車に乗った。中央線の電車なんて大体三分間隔程度で来るだろう。九分、十分くらいか。地上に足をつけてからが勝負だな。イザムも調べた所によるとう超能力を追加した様子はない。好機だ。真剣勝負の出来る場を用意しなければ)
男は心躍らせていた。イザムを追っている彼は、これからあるであろうイザムとの勝負が楽しみで仕方が無かった。故に、車を出すと、部下が車を運んでくる前に先にアジトを出て、駅へと一人向かってしまったのだ。
そもそも、ジェネシス幹部格を殺す様な力を持った人間が電車で移動しなければならない程、金を持っていないはずはない。
そう。当然、彼はジェネシスの人間である。神威業火が『身を隠す前に炙りだし、殺せ』と『彼等』に指示を出したのだ。
だが、エミリアとミヤビの姿は放射状探知でも未だに確認出来ず、イザムだけを見つけたため、イザムと接触し、エミリア達の居場所を聞き出し、――勝負して――殺す。男はそのために動いている。
電車に揺られ、眠気も感じながら五十分程が経過し、彼は立川の駅で降りた。イザムがそこで降りたと訊いたからだった。
(イザムは何故立川なんかで降りた? ここに何かあるのか? NPCの支部もないし、日本本部もまだ遠い)
『伝達』されてくる情報を聴きながら、男は足を進め、駅から少し離れた路地裏へと来た。ここではキャッチの男や女が声を上げて道行く人間に声を掛けていて、夜に差し掛かっているこの時間、最も活気づいていた。
男も例外なく声をかけられる。僅かに足を止めるが、今はイザムを倒すのが先だ、と男は悶えながらも足を進める。
そうしてたどり着いたのは巡り巡って結局。
「ここは……、そうだ。NPCの雷神と、ジェネシス幹部格の雷神がぶつかった場所か」
広大な敷地の公園。人影は運良くか悪くか――一つのみ。
当然その影は、イザム。
イザムは男の存在に気づいて一度振り返ったが、すぐに視線は正面に戻した。この時、イザムは一般人がいたのか、程度にしか思っていなかった。当然だ。イザムは彼を知らない。彼等を知らない。
イザムと男までの距離は大凡一○○メートル。
男は叫んだ。
「おい! イザム! お前に会いに来た!」
正直過ぎる大音声に、イザムは足を止めて振り返った。そして、その場で動かず、眉を顰めて男を眺める。
(なんだ? 俺の事呼んだよな……? 知り合い……なんて敵のNPC連中かジェネシス幹部格と一部しかいねぇし。見覚えねぇ)
だが、すぐに、いや待てよ、と気付く。
(俺の名前を呼ぶ理由があるなんて、限られてんだろ)
そして、確信する。
(刺客か)
イザムは構える。動きは一切見せなかったが、気持ちとして、構える。敵が目の前にいるぞ、という緊張感を持つ。
(目の前!?)
気づけなかった。一瞬の出来事のように思えた。だが、それが実際に一瞬で起きた事のようには思えなかった。男は、イザムの知らない足取りでイザムに一気に接近してきた。まるで、意識から外れて移動してきた様な感覚をイザムが覚えた。
すぐに切断を発動した。同時に戦慄した。
(こいつ……!! 何者だッ!?)
咄嗟に感じ取る戦闘慣れした様子。
だが、事実、この男の任務は、『これが初めてである』。故に、このタイミングが初実践である。
イザムは気付いた。男の右手に、紫色の『鞘に収められた日本刀』が握られているという事に。つまり、『武器の所持』をしている。
今までにも、ジェネシス内部では武器の所持を推奨していた。
男の、男達の、つまりは『討伐隊』と呼ばれる新たな幹部格に変わる神威業火の所持品の、今までの幹部格との違いは、二つ。
一つは、超能力の選定方法。そしてもう一つは、個々人専用の武器を所持しているという事。
討伐隊が、神威業火がジェネシス幹部格を容易く破棄した理由である。
「自己紹介をしておこう。真剣勝負の前の礼儀だろう」
男はイザムとの距離を一メートル程に保ったまま、楽しげに笑んでそう吐いた。驚愕し、目を見開いたままのイザムを無視して、男は言う。
「俺の名は『一閃』。お前と勝負するためにここまで来た」
「!?」
イザムは状況が把握しきれないまま、一閃の自己紹介が終わると同時、バックステップで距離を三メートル程に広げた。これは、切断という全身武装の状態でありながら、一閃を本能が恐れてしまっていた、という事実の現れ。それに気付くイザムは、頭を振るイメージでそれを拭う。
(何だ。こいつ)視線を右手の日本刀にやる。(日本刀自体に何か仕掛けがされている……わけねぇよな。超能力研究しかしてねぇはずだ。アレは切断で防げる)そして、一閃を見て、(この男の自信たっぷりって表情。気にいらねぇ。俺もこんな顔してた気もすっがな。……自信があるって事ァ、それなりの理由があるって事だよなぁ。俺の名前を知ってるんだ。俺の切断も知ってんだろ。日本刀、ってとこも態々って感じがすっての)
イザムは苦笑する。苦戦する予感が、していた。