11.残党狩り―3
エミリアの表情が更に深く曇る。眉間に皺が寄って堀が深くなった様だった。
実際の所、察しはしていた。神威業火が何かしらの目的のために動いていたのは分かっていた。噂程度の話ではなく、確実なモノとして把握していた。だが、あの神威業火が異常事態に備えて手を打たないはずがない。
そもそも、人工超能力の商品化には、表沙汰にはしないが実際の所、戦闘用の超能力の存在が必要不可欠となる。つまり、商品化と同時に戦力を自分の管理下以外の所にばらまく事となる。いざ、という時のために予防線を張っておくのが当然だ。いくら神威業火が強かろうが、零落希紀を隠し持っていようが、日本には溢れんばかりの人口がある。
だが、まさかそれが、人口超能力事態に仕掛けてあるとは、思わなかった。挙句、ジェネシスの人間、つまりは味方である自分達にまで、仕掛けてあったとは思わなかった。
「私達にはしていない……プロトタイプ」
呟き、察する。
「そうか。私達の超能力が開発された段階ではまだ、仕掛けが整備されていなかったか、何らかの理由で入れてないって事。プロトタイプっていうくらいだから、……試作品、か」
エミリアの答えに行平は深く頷いた。
「その通りだ。前期型、プロトタイプは商品化、つまりは完成までの試作品でしかない。神威家の兄弟のもな。龍介は当然別だったが、死者の話をしても意味はないか。だが、気にはするな。試作品だからと言って仕掛けがあるかないか程度の違いしかない。少なくとも、私の知る限りは。その方がお前にとっては都合が良いだろう」
「私個人、イザム個人にはそうだろうけど、ミヤビがそうなってる時点で大問題ですけど」
「そうだな。霧島雅に零落希紀を始末させようとしているなら、確かにそうだ。だが、言っただろう? 零落希紀はお前らを既にターゲットから外した」
「いや、でも、その代わりがあるはず」
エミリアは先を見ている。そのエミリアの言葉に、始めて行平が表情を動かした。動かしたとは言っても眉を僅かに釣り上げただけだが、十分だった。反応を得る事が出来た。それだけでエミリアは何か得をした様な気までしてきた。
「そこまでは流石に考えていたか」
行平は表情を元に戻して続ける。
「神威業火は零落希紀と話した際に、お前達幹部格を、NPCの連中に処理させると言っていた」
ここで浮かんでくる当然の疑問。何故、行平はここまで話を知っているのか。
今行平が言ったことよりも先に、エミリアはその疑問をぶつける事にした。
「……あなた、知りすぎてない?」
その答えが返ってくるまでには、少しだけ間が空いた様な気がした。
「して、されている」
「はい?」
再度、やはり間が空いて、
「時折、神威業火に『監視』されているのでな。こちら側からもそうさせてもらっているだけだ」
「はい?」
「今は監視されていない。それだけだ」
「ちゃんと説明はしてくれないのかしら?」
「私が神威業火を監視しているという事だ」
「…………、」
ここでエミリアは敢えて押し黙り、少し、考えた。
(監視してされて……? 何故? いや、行平が監視されるのは想像が付く。行平だけの研究所なんだから、ここは。監視する理由なんていくらでも想像出来る。でも、なんで行平が神威業火を監視する? 行平は神威業火にイロイロ与えられて特別扱いされてるんでしょ? 監視する理由なんて、)
考えている最中に、答えは何気なしに吐かれる。まるで、言っても問題ないと言わんばかりにあっさりと吐き出される。
「お前達と一緒だ。私にも、ジェネシスと目的が合致していない部分があるという事だ」
「っていうか監視されてんのに、そんなにベラベラと喋って良いの?」
「監視も二四時間ずっとされているわけではない。神威業火だって人間で、挙句ジェネシスの総統だ。彼は自由に使える時間が限られている。それも少ない。私の監視なんて趣味やついででしかないのだろうよ」
「……そう。で、その合致してない目的って何なのかしら」
「欲求だよ。探究心。私は正直、戦闘用超能力も一般にばらまくべきだと思っている。これは神威業火にも直接言ったさ」
「? いや、戦闘用超能力の存在は公にしているし、実際にヤクザとか中韓マフィアの連中に流すって話じゃ?」
「そうではない。一般人にも浸透すべきだ、と言っている」
「それは流石に無理があると思う」
エミリアの的確な突っ込みに行平は反応を見せたのか、椅子に再度腰を下ろして、嘆息した後に応える。
「その通りだ。流石の神威業火も一般から逸脱した選択はしなかった」
暫くの沈黙を、自分で打ち破る。
「私からすれば、神威業火はまだまだ『甘い』。実際、彼は目的のために動いていて、決して甘い男などではないのだが」
「?」
「私はまだまだ、もっと、もっと、まだ、今以上に、人工超能力は発展されるべきモノだと考えているのだよ。NPCの三島幸平という男を知っているだろうか。知らなくても構わないが、」
名前と多少の情報は知っているが、とは思ったが口にはしなかった。
行平は続ける。
「彼は超能力者の血族ではないにも関わらず、郁坂家で有名な特異な超能力、相手の超能力に影響を与える超能力を持っている」
(確か、能力否定とかいう、超能力を無効化する超能力、だったかしら。郁坂恭介の強奪の下位互換ってところかな)
「つまり、家系に関係なく超能力は発現する。まぁ、今更な事ではあるが、事実だ。そこを突き詰めたい、私はそう思っている」
そこで、更にエミリアは察する。
「無能力者……つまりは一般人を、使いたい、と」
行平は頷く。
「そうだ。……が、それは容易い。そこら中に転がっているホームレスを拐えばよいし、最悪孤児を使用するも容易い。他にも方法を考えれば中絶を考えている女学生に生ませ、引き取っても良い。その存在を書類上に残さない方法なんていくらでもあるし、既に実験もした。だが、違う」
「違う?」
説明しているが、説明していないようにしか聞こえない、回りくどい言い方に聞こえる行平の話にエミリアはうんざりし始めていたが、耳を傾けないわけにはいかなかった。彼の口から吐かれる言葉は、その全てが情報である。彼の協力は彼女にとって必須だ。これ以上ちまちまと霧島雅を強化していても、間に合わない。行平の言葉が全て本当で、本当に零落希紀が幹部格を狙わなくなったとしても、郁坂恭介という驚異が生まれたのだ。それに、郁坂恭介はジェネシス全体の中から、幹部格をターゲットとして絞っている。彼を対処する術を早急に用意しなくてはならないのだ。そのためには、行平を味方につけなければならない。
つまり、彼の言葉を全て拾い、情報を探り、上手く誘導して味方に引き入れるしかない。
が、人生は考えた通りに動かない。
「最強の超能力者は郁坂恭介とも、神威業火とも限らないという事だ。誰がどんな特異な、特殊な超能力を発現させるかは分からないのだよ。――霧島雅の強化を、手伝ってやろう」
「……は?」
思わずそんな言葉が漏れた。エミリアの表情は今までのしまったモノから間抜けなそれに変わった。思わずそうなった。それ程、唐突だった。
いや、行平にとっては、唐突な言葉ではない。しっかりと説明をした後の、答えだった。少なくとも本人にとってはそうだった。そのつもりだった。
「前フリを終えて答えを吐いたとたんにその反応か。強制酸化、君は一体ここに何をしに来たのだ?」
呆れた様な声。
「結果は、嬉しいけれど。申し訳ない。私は学がない。貴方の様な天才の言葉が理解出来ていないのかもしれない」
「ふむ。理解しがたいな」