11.残党狩り―1
海塚は自身のオフィスで頭を抱えていた。苛む。悩む。様々な事情、情報が頭の中を跋扈していた。答えを探すが、出てこない事は分かっている。だが、考える。利点も多い。だが、不都合な面も多い。
客ようのソファに腰をどしりと下ろす垣根は真っ赤な坊主頭を掻きながら、大して気にしていない様子で応える。
「まぁ、いいんでねぇのかな。高速道路上での戦闘は、セツナだか、上層部だか、神威業火だかが事実をもみ消したようだし、証拠は人の目と記憶以外にない。それに、今回も、目撃者はないみたいだし。暴走状態に見えるけど、あいつはあいつで考えて動いているように思えるけどな。がははは。――それに、今のあいつを誰が止められるというんだ。海塚」
結局は、そこだった。メイリアの下で特訓してきた今の郁坂恭介は、圧倒的に強かった。天然の複合超能力者。許容量も適正も計り知れず、複数の超能力を同時に発動する事の出来る格闘能力も圧倒的に高い、人間離れした戦闘兵器。
今の恭介はまさにそれだ。
まだあの戦いから一週間しか経過しておらず、その際に負った傷はまだまだ塞がってすらいない。手当した直後と大して変わっていない。だが、彼は動く。未だ三島も笹中も無理は出来ない状況だというのに、恭介は自ら無理をしてまで、ジェネシス幹部格を殺そうとしている。
そして、実際にキーナとマイトの二人を殺して見せた。
結果が伴っている。やり方に問題はあるが、結果は良し。だが、方法に問題がある時点でまず、懸案。だが、懸案だ。宿痾ともいえるか。恭介を止める事の出来る力を持った人間が、今はいない。
力だけの話で言えば、三島の能力否定によって恭介の圧倒的な数多い超能力を封じ、肉弾戦に持ち込む事は出来る。だが、今の恭介に体術で三島が勝てるのか、といえば『分からない』。つまり、確実ではない。
精神的な面で言えば、琴ならば、彼を止める事が出来るかもしれない。だが、これは尚更可能性に頼る事になる。琴をあの状態にしたジェネシス幹部格達に復讐しているのだ。当然、琴が許そうが、恭介が許さない可能性がある。
桃や典明は、問題外だ。今の恭介にとって、友人は友人として以外の何者でもない。言葉に耳を傾けはすれど、聞き入れることはないだろう。
「……結局、そう落ち着くしかないか」
どうにかせねば、と考えていたわけではない。どうにかすべきだろうな、と漠然に思っていただけだ。NPC日本本部のトップとして、この問題を対処すべき立場にある故、どうにかしなければならないだろうな、という使命感を感じていただけだ。いや、だけだったのかもしれない。
ジェネシス幹部格の数が減ったのは好ましい。それに、と海塚は思う。
「ジェネシス幹部格を倒せば、今の郁坂恭介も落ち着くだろう」
「おうおう。そうなる事を願うよ」
垣根は笑った。だが、どこかぎこちないように思えた。
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「やっぱりそうなるよねぇ~」
不抜けた声。だが、力がある。それは、彼女、零落希紀が持つ圧倒的な力が溢れ出ている証拠なのかもしれない。
「あぁ。セツナが霧島雅を逃がしたのには必ず理由がある。そもそも、リーダーという上に立つ人間が、何の理由もなしに部下を守り、命を落とすというのは漫画やアニメの主人公連中が、つまりは正義の立場にいる人間がやる事だ。常々言っているが、我々はあくまで正義のヒーローではない。『目的』のために出来る事を出来る限りやって目的を果たすのが目的である」
神威業火は顎に蓄えた長い、逞しい白髭を手グシで撫でるように触りながら零落希紀に言う。
神威業火は気付いた。当然、先のセツナや香宮の行動は彼の耳に入っている。状況も恐ろしい程に詳しく伝達されている。疑問に思ったのは、当然、何故、霧島雅が生かされたのか。
霧島雅が人工超能力に対する許容量が高いのは検査結果に目を通して把握している。だが、セツナというリーダーが命を張ってまで護る理由は、通常で考えればない。ある程度の放置はしてきたが、あくまで幹部格も神威業火の所有物なのだから。
放置しすぎたか、とは思った。だが、もとより、
「何、どうせ使い捨ての駒だ。実験台が完成形になれるわけがなかろう。連中は……、」
言葉の途中で、零落希紀が言う。
「私が処分しなくても良いって事?」
神威業火は頷く。
「そうだ。セツナがいなくなった以上、連中の力は半減したも同等。それに、残りの数も少ない。郁坂恭介の強奪は人工超能力を奪えやしないし、『複製』の郁坂奏は九州に飛ばされ、メイリア・アーキは海外に留まっている。連中の超能力は確かに単体で考えれば強力だが、奪われる心配がない以上、そして、『こちら側として処分する理由』がなくなった以上は、NPCにぶつけて時間稼ぎでもしてもらうさ」
時間稼ぎ。そうだ。人工超能力の発売まで、大凡後四ヶ月。認可は通した。戦闘用超能力の実用性を見せれば容易かった。
人工超能力を広め、誰もが超能力者な世界を作り出す事。それが、神威業火の『目的』。ある『約束』のために、その目的を果たす事だけを考えありとあらゆる手段を駆使して邁進し続けてきた。
その目的が、もうすぐ達成される。
正確に言えばスタートラインに立つ程度の事だが、大きな一歩には違いない。それに、既に『仕掛け』もしてある。
「あそ、別に私はどっちでも良かったけど。そんな事よりさ、『仕掛け』は最後の最後まで使わないつもりなの? 今、香宮霧絵が人工超能力者にした増田典明が、NPCにいるんでしょ? 試すには絶好のチャンスじゃない? 亜義斗と奈々は『プロトタイプ』だったからどうしようもないけどさ」
ふと感じた疑問を零落希紀は投げかける。その疑問に対して、神威業火は眉を潜める。
「言われてみればそうだ。検討しておこう。……それより、零落希紀。お前、亜義斗と奈々の始末はどうした?」
疑問を投げ返される。それに対して零落希紀は、あはは、とごまかすような笑みを見せて、しっかりと応える。
「いやぁ、二人を始末するのは簡単なんだけどさ。何分、あの海塚とかいう男の超能力が面倒で……」
零落希紀のその申し訳なさそうだが、仕方がないと開き直ったような言葉に神威業火は鼻で静かに笑って呟く。
「出世したモノだ。あのガキが。……、しかし、どうして、海塚の超能力がお前にとって面倒となるのか」
「自由格納……だっけ? アレ。あれさ、人間もしまえるよ。間違いなく。あんなのに閉じ込められたくないもん。それに、海塚って戦いのセンスも決行あるよ。いくら私が『幹部格の超能力全部所持』してるからって、あんなのにしまわれちゃったら勝目はないしね。きっとあの男なら私の隙を作って私をあのブラックホールの中に格納するよ」
それは海塚と対峙した人間の誰もが恐怖する事だろう、と神威業火は思ったが、零落希紀程の人間が警戒をしたのだ。それに、零落希紀を失うのは惜しい。天然超能力者であり、人工超能力者、そして複合超能力者であり、零落一族の血を引く彼女を失うのは神威業火にとっても大きい。
「そうか」
神威業火はただそうとだけ答えた。
超能力の力関係は厄介だ。どれが最強で、どれが最弱と言い切れない。例えば、海塚の超能力によって格納されてしまった人間は海塚の意思、もしくは死(これはあくまで可能性)がなければ二度とそこから出てくる事は出来ない。だが、そんな海塚でもイニスの透明化のような不意打ちには対応できなければダメージを与えられ、殺されてしまう可能性がある。そんなイニスも千里眼のような視る超能力には何の力も発揮できないし、透明化を見抜く超能力は、基本的に攻撃用の超能力を防ぐ術を持たない。
このように超能力の優劣は非常に複雑に組み合っているのだ。
そんな中で、最強を語るには、当然、『複合超能力者』になり、いくつもの力を併用して保持し、可能な限り併用して発動出来るようにするしかない。
人工超能力は複合超能力者を量産出来る。保持する超能力の数は個々人の許容量によって限界があるが、それでも、天然超能力者に比べれば圧倒的に生産しやすい。
商品化についてもそうだが、『テスト』が必要だった。
テストの最中で、『仕掛け』の計画も出来上がった。
その仕掛けの前までに作られた、テスト用の人工超能力、つまり、仕掛けの施されていない人工超能力が、『プロトタイプ』であり、亜義斗や奈々が持つ人工超能力がそれに該当する。
そして、零落希紀が持つ人工超能力も全て、プロトタイプのそれだ。これは、神威業火が零落希紀をそれだけ大事にしている、という事でもある。
ふぅ、と息を抜いて自身の席から腰を上げた神威業火は零落希紀を見て、言う。
「ならば、海塚の処分は他にさせよう。そして、人工超能力商品化の邪魔をそしするため、お前に動いてもらって一気にNPCを叩き潰す。当然、幹部格の生き残りに時間を稼いでもらっている間に余裕をもって準備をしてからだが、な」