10.休戦/帰還―22
恭介の瞬間移動はまだ、安定している。メイリアの下で訓練を積んできたのは良かった。負傷していながらも確実な移動を可能にしている。
が、問題は身体に掛かる負荷の方にある。単純に、体力がなかった。瞬間移動に掛かる負荷がずしりと恭介の身体にのしかかる。いくら超能力が科学的には関係ないとしても、それを使用する恭介は人間だ。当然身体にそれなりの負荷がかかる。超能力を発現させた時点で、ある程度の対応が出来るように自然と身体は変化するが、それでも人間である以上は限界がある。
霧島雅は大凡一○○キロという速度でひたすら走っていた。警察がやたらと反対車線を通り過ぎたが、彼女を止めている場合でないためか、彼女が足止めされる事はなかった。
そんな速度で走っている車に追いつく事は容易くない。瞬間移動で移動出来る最高距離を、最高速度で連続で発動して、挙句、四○分も要した。いや、四○分で済んだ、というべきか。
「はぁ、はぁ、はぁ……、捉えたぜ……、霧島さん」
高速道路にそって空中を移動する恭介の視線の先、大凡一○○メートル程の位置に、霧島雅が運転する車を見つけた。もう一度、瞬間移動を重ねると、丁度霧島雅が運転する車の真上に出た。この頃になると、恭介の瞬間移動一回の距離が短くなってきていた。
(血を流しすぎてる……。早めに決めたいところだが……)
そして、恭介は更に瞬間移動を重ねて、霧島雅の運転する車のボンネットに降り立った。勢い良く降り立ったためか、ボンネットが凹み、端が浮き上がった。
目が合う。当然、霧島雅は驚愕の表情を見せていた。が、次の瞬間には、疲弊しきった恭介の表情を見て、すぐに表情は普段のそれに戻した。
(セツナは……負けたみたいだね。うん、いや、でも、こうなるような気がしてた)
そんな事を考えている間に、恭介が先に香宮を投げ込んで穴が空いたフロントガラスに手を置いて――引き剥がした。
恭介が右手一つでフロントガラスを引き剥がすと、フレームまでもが道連れに形を歪めた。当然、付近を走る車の中の人間は驚愕して悲鳴まで上げていた。
恭介はそのまま、ガラスを霧島雅に向けて叩き込もうとするが、そこで、霧島雅は左手をハンドルから話、衝撃砲を恭介に向けて放つ。
恭介はそれを見切り、瞬間移動で車のルーフへと移動した。
恭介が持っていたフロントガラスは車の凹んだボンネットの上に落ち、跳ねて地面へと投げ出された。
「ッ!! まだまだ出来るってね……!!」
霧島雅はルーフに恭介がいる事を感じ取っていた。どうやって、彼を落とすか、それを考える。
だが、それよりも前に、恭介が行動する。怪力、威力強化を重ね、ルーフに右の拳を叩き下ろす。
衝撃音が車内に響く。霧島雅が視線をルームミラーにやってみると、ルーフがポッカリと大口を開けている光景が確認出来た。内側に向かって周りの板金が落ちている。
そして、そこから車内へと降りてきた恭介とルームミラー越しに目が合う。
恭介は後部席に腰を落とすように落ちてすぐ、霧島雅の座る運転席を背後から蹴り飛ばした。恭介の異常なまでの力によって蹴られた席は思いっきり前に倒れるが、霧島雅の姿はそこにはない。気づけば、凹んだボンネットの前に彼女は立っていた。そして、
「じゃあね、相手する理由がないんだ」
強烈な風が車内に流れ込んでくる中だが、恭介にその言葉はハッキリと聞こえた。そして、その言葉の次の瞬間には、霧島雅は衝撃砲を使用し、ボンネットを更に凹ませて高く飛び立った。
「くっそッ!! 逃げる気か」
忌々しげにそう吐き捨て、瞬間移動を重ねて恭介は車のリアバンパーのような位置に移動した。瞬間移動が、僅かに想定よりもずれた。疲弊が現れてきている。
だが、まだ、終われない。
更に瞬間移動を重ねて恭介は上空へと浮かび上がる、これなら誤差は関係ない。そこから、超能力を発動、霧島雅を探す。
が、彼女は、真下。
笑みが見えた。一般人の車のルーフの上に腰を下ろして、恭介を見上げていた笑みが。
「ッ!! くっそ!」
彼女をルーフに載せた一般車は、そのまま恭介に気付く事もなく、九○キロ程で過ぎ去って行く。
だが、ここで終わるはずがない。恭介は瞬間移動を使用して、運転手を失って暴走状態にあり、壁に衝突しそうになってしまっていた霧島雅が運転していた車の前に出現する。そして、怪力を発動。真っ直ぐ正面から恐ろしい速度で突っ込んできた車を受け止める。
「ぐっ、うぅうううううああああああおおお!!」
なんとか壁に挟まれずにそれを完全に静止させた恭介は、そのまま車を持ち上げた。そして、投げる。怪力、威力強化、投擲を強化出来そうな超能力は全て発動させた。そうして投げられた既にボロボロな車は、恐ろしい速度で高速道路をバウンドしながら、霧島雅に向かって進んだ。
だが、そこで、恭介の膝が遂に地面に落ちる。
「ぐっ……! はぁ、はぁ……、くっそぉおお!! まだだ、ぜってぇ追いついてやる……」
恭介は、力を振り絞って気力で立ち上がる。だが、力を込める度に傷口から鮮血が吹き出す。
「逃げ切ったかな……?」
霧島雅は走る一般車の上で後ろを眺めながら、風に落とされないようにだけ気をつけ、この車が進むところまで逃げようと考えていた。恭介の体力が限界を超えていたのは見て理解していた。
流石にもう追ってこないだろう。霧島雅は確信はせずとも、そう思い始めていた。
暫くすると、霧島雅をルーフに乗せた車はSAの中へと入っていった。一般人に気づかれては面倒か、とSAの入口に入って減速した時点で霧島雅は飛び降り、歩いてSAの駐車場へと到着した。辺りを見回して、現在地を確認する。
(まだまだ遠いな……車は失ったし、どうしようか。高速の外に出て歩いていけるとことまで行ってタクシーかな)
そんな呑気な事を考えながら歩く霧島雅はこの時点で、恭介を引き離した、と思っていた。だが、違う。
丁度、霧島雅の正面から向かってきていた一般人が、霧島雅を指差して、悲鳴を上げた。何事か、と霧島雅が眉を顰めて、そして、一般人が指差す先が自分ではなく、自分の後方だと気付いた時には、遅い。
喧騒と、既に『それ』に気づいて悲鳴を上げていた人間のせいで、それが転がってくる轟音に気づけなかった。
霧島雅が振り返ったと同時だった。彼女に向かって、スクラップ寸前の状態の、彼女が先程まで乗っていた車が、転がりながら突っ込んできた。
一瞬にして、車は勢いでその場を通り過ぎ、霧島雅も巻き込んだようで、その場には血と車の部品しか残らなかった。
辺りはパニックに陥っていた。悲惨な光景だった。誰もが、今の車に霧島雅の矮躯は潰され、引きずり回されたと思った。
だが、遠くから、その光景を視る恭介は、失敗したか、と悔いた。
60
「恭介!?」
身を隠すために、高速道路から逃げ、まだ足元に広がっていた森林地帯に落ちた郁坂恭介を一番最初に見つけたのは、あの場から離れようと歩いていた典明だった。
すぐに恭介へと駆け寄り、倒れた恭介を抱えてやる。
(意識がない……!! いや、でも、呼吸はしてる)
典明は辺りを見回す。当然木々しかない。そして、次に、恭介を見下ろす。
(すっげぇ怪我してるじぇねぇか……。つーかこんだけ戦ってたんだよな。……とにかく、この場には俺しかいねぇ)
そして、典明は恭介を背負う。
俺が助けるんだ。そう覚悟して、典明は足場も視界も悪い中、歩を進めるのだった。