10.休戦/帰還―12
恭介は何事もなかったかの如く、自然に回りを見回した。自分を中心に放射状に木々が吹き飛んでいた。粉々に粉砕されていて、悲惨な状態になっていた。恭介が歩くと、木々の灰を踏みしめる音が足に響く。
恭介は一度、視線の先にいる、木の一つにもたれかかって項垂れている霧島雅を見た。背中を完全に木に預けていて、立ち上がる様子はない。
当然だ。今の衝撃、轟音によって三半規管を狂わされてしまったのだ。立ち上がろうにも、立ち上がれない。
これは、無力化。つまり、壁は排除されたという事。
恭介はすぐに視線を逸らした。彼にとっての最優先は揺らいでいない。
恭介はすぐに踵を返し、琴を探そうとした。
だが、その時だった。遠くから、悲鳴が聞こえた。その悲鳴が、琴のモノだと判断するのは一瞬。恭介はすぐに声の下方へと振り向いた。
が、しかし。突如として襲う次の攻撃。走り出そうとした恭介の体が、真横に吹き飛んだ。
「ッ、」
そしてそのまま、近くに残っていた木に思いっきり衝突し、幹の太いその木をなぎ倒し、崩れ落ちた。
恭介は即座に立ち上がる。自分のその身体でへし折って倒した木に片足をのせ、辺りを再度見回した。
(何だ今の攻撃……。霧島さんの衝撃砲とは違う。殴られた、じゃなくて、引っ張られた、だ)
そして、見つける。倒れたまま未だ動けない霧島雅の傍に立つ、セツナのその影を。
恭介の表情が険しくなる。壁を排除したと思ったら、その先にまた壁が出現した。
「邪魔するならお前は殺す」
苛立っていた。先に聞こえた明らかに琴のモノだった悲痛な叫び、悲鳴の原因を確認したくて仕方がなかった。が、壁が現れてしまった以上、排除せねばならない。
だが、不思議に思う事もある。
セツナが目の前にいる。だが、悲鳴は直前に聞こえていた。琴は、何に対して悲鳴を上げたのか。そう考えたら、当然、琴の身に何かが起きたのだ、と予想をする。
そうなると、恭介は余計に急かされる。
(くっそ……頼むから無事でいてくれよ、琴っ!!)
車が落下するのは予想出来ていた。故に琴は運転手に指示を出し、自らも構えた。
(セツナ……のこの力。一体何なの!? サイコキネシス……、にしては、いくらなんでも強力過ぎるでしょ。いや、これがジェネシス幹部格の力なの……?)
浮き上がる車の中で、琴は必死に考えを巡らせた。だが、琴達を乗せた車は一定まで浮き上がった所で、高度をそのままに留め、そのまま横に移動し始めた。そして、高速道路の壁を越え、そのまま、高速道路の増した一帯に広がる森林地帯の中へと、落下した。
当然、予想はできようが、回避は出来ない。恐ろしい衝撃が二人を襲った。衝撃と同時、上下左右が理解できない状態になった。車が数回転がったと気付くのには時間がかかった。
車が外装をベコベコにへこませて、木々をなぎ倒しながら数回転がってやっと静止した時には、車は真っ逆さまになっていて、琴は全身を強く打って悶えていた。
「いっつ……」
視界に液体が入った。それを拭って、額から血が流れている事に気付いた。全身が強く痛むせいでどこをどう怪我しているのか、分からなかったが、無事という事実だけで十分だった。
琴は一度その場で上下が逆さになったまま深呼吸をし、そしてやっと、車から這い出る。シートベルトを外しておいたのはやはり正解だったな、と思いながら琴は外に出て、軋む、痛む体に鞭を打って再度しゃがみ込み、運転席を覗き込む。
そして見えてきた光景は、首が完全にへし折れてしまった運転手のその姿。車がへこんで運転手の首を完全に圧迫しているため、どうしようもない。
「……そんな……、くっそ……」
吐き捨て、琴は千里眼を発動させ――ようとした所で、気付く。車のガソリンが漏れ、その近くで火花が散っている事に。
(すぐに離れないと……!!)
こんなにも都合よく爆発する環境が揃うのか、と叫んでしまいたい程に、危険な状態だった。琴は即座に走り出した。足場が悪い。人が入る事はほとんどないのだろう。整備された様子のない大自然が琴の走りの邪魔をする。
だが、間に合った。車が爆発した時、琴は既に車から十数メートル距離を取った位置に到達していて、並ぶ木々に身を隠して爆発からなんとか避ける事が出来ていた。
(運転手さん……ごめんね)
そう心中で呟き、琴はとにかく恭介と合流する事を目指す。
(霧島さんも、あのセツナって奴も、きっときょーちゃんを狙ってこのタイミングで襲撃をかけてきたんだよね。考えが甘かった。どんな手を使ってもきょーちゃんを殺す気なんだ……)
琴はポケットから携帯電話を取り出す。あちこちに傷が増えてはいたが、しっかりと電源はついているそれを見て、琴はすぐにポケットに携帯電話をねじ込んで戻した。
「圏外に苛立つ日がこの科学時代に来るとはね」
眉を潜めてそう呟く。携帯電話が使えなければ、応援を呼ぶ事も報告を入れる事も出来ない。思わずため息が出た。吐き出すと同時、千里眼を発動させる。そして、見つける。
(いた、きょーちゃん……霧島さんと戦ってる……けど、どうやら心配はなさそうだね)
琴が見る限り、恭介の戦闘スキルが、霧島雅を上回っている。今までの恭介であれば霧島雅は劣る。劣っていた。だが、修業を積んできた今の恭介は、強い。ただただ、強い。
恭介の成長を実感しつつ、琴はそのまま歩いて恭介の方へと向かいながら、千里眼でセツナを探す。暫くして、その姿を見つける事が出来た。
(浮いてる……、そして、徐々に降りてきてる。飛行能力? 複合超能力者……なの? いや、何か違う。自分にサイコキネシスをかけているとか? なんだろう、この違和感)
恭介達から僅かに離れた位置の上空。そこに、セツナを見つけた。高速道路から降りてきているようで、どうやってかの理解は及ばなかったが、どうやら何等かの超能力を使ってゆっくりと降りてきている様子。
セツナが合流して二対一になれば流石にまずい、と判断して、琴は先を急ぐ足を速めた。
だが、やはり全身が痛む。どこかは折れているかもしれない。いや、折れているだろう。あれだけ強く全身に衝撃を受けたのだ。こうやって無事でいる方が不思議な状態で、無傷や軽傷だけで済んでいるはずはない。
琴の足取りは重かった。
が、その時だった。
(後方……、誰かいる!?)
何かが、足音の様な何かを訊いた気がして、琴は即座に振り返った。だが。視界一杯に広がっているのは木々の数々。そこに人影はない。
だが、千里眼を発動している事には、木々の先にいたその影が見えていた。
(なん……っ、で、アンタ達がここにいるのよ!?)
琴は足を止めざるを得なかった。
タイミングは分かっていた。そして、『自分達』以外が動くのも用意に予想が出来ていた。
だが、彼女は、香宮霧絵は、だからこそこのタイミングだ、と判断した。
(セツナさん達が狙うのは結局、郁坂恭介だ。その場に長谷琴がいても、最優先になる事はない。セツナさん達が郁坂恭介に仕掛けて、どうなるかは正直予想が出来ないけど、セツナさんの手助けになれば、それで十分。郁坂恭介が殺されれば十分。彼を殺すのは私達でなくても良い。私達はただ、郁坂恭介を追い詰める事だけを考えて動けば良い。念のため、可能性を上げるために、私達は長谷琴を狙う)
そうして、香宮霧絵は典明、林檎を連れて動いた。セツナ達の位置も確認していた。そして、琴、恭介の位置も把握していた。つまり、事情を完全に外から見て、全体像を把握していた。
つまり、最も動きやすい、仕掛けやすい位置に立っていた。
動きは全て把握していた。セツナと霧島雅が恭介達に高速道路上で仕掛け、セツナが運転していた車以外の全てと全員が高速道路の眼下に広がる森林地帯に落ちた際も、琴のいる位置、恭介と霧島雅のいる位置。その両者の位置を正確に把握していた。
ここが、動くタイミングだ、と香宮霧絵は判断した。このままセツナが郁坂恭介を倒す可能性があるのは分かっていた。だが、念のため。
(念の為、長谷琴の身柄を抑える)