10.休戦/帰還―11
琴は大丈夫か、その心配しか恭介の頭の中にはなかった。
だが、そんな隙を見逃さない敵が、この場にはいる。
「余所見はいけないねぇ」
肌を嘗め回すような声が、爆風の余韻が残るここに響く。恭介が振り返ると、表面が焦げた木々の隙間から、霧島雅が這い出る様に出現した。自然と、恭介の表情が険しくなる。
(くっそ……、琴と運転手の安否を確認したいってのに。それさえ済めばいくらでも相手してやるっての!)
そうは思っても、霧島雅が見つけた敵を逃すはずがない。
霧島雅は一定の距離を取って立ち止まると、そこで、衝撃爆散を発動させた。すると、霧島雅の周りに屹立していた木々が、一斉に折れ、吹き飛んだ。木々の数は多く、視界が晴れる程ではなかったが、視界を明瞭にする事が今の攻撃の目的ではない。
これは、脅しだ。逃がさない。この場で殺すから、という合図である。
(……そっちがその気なら、こっちもアンタを殺して琴達を探すまでだ、霧島さん)
恭介は考えもしないし、表に出す事もしないが、霧島雅は察している。彼は今、帰国したばかりで疲れている、と。故に狙ったのだ。故に、殺しに来たのだ。
恭介の頬を冷や汗が伝う。それは危機感の表れではなく、琴達が心配で仕方がないための冷や汗。
恭介が仕掛ける。瞬間移動で一瞬で彼女の背後へと回り込んだ。だが、想定の範囲内。霧島雅は視界から恭介が消えたその瞬間に既に、振り返っていた。
だが、それも、想定の範囲内。恭介は霧島雅ならそこまでの反応を見せる、と予想出来ていた。
そして、衝突。
恭介の拳が霧島雅の動きを完全に見切り、頬を捉えた。が、同時、霧島雅も恭介の攻撃からの流れを全て見切り、恭介の脇腹に回し蹴りを叩き込んでいた。
同時、相撃ち。だが、その先も互いに仕掛けている。
二人とも、攻撃を成功させ、だが、防御を成功させた。二人の手と足が引く。態勢は崩さなかった。
その直後、恭介はその場で回転する様に身を翻し、即座に放たれた霧島雅の拳をかわして、そのままの勢いで霧島雅の頬を狙う裏拳を放った。その拳には、稲妻が宿されている。雷撃だ。
一瞬の判断。霧島雅は稲妻を防ぐ術がない、と判断しきった。そして、その裏拳を受け止める様に手を上げ、恭介の裏拳がに触れる直前で、衝撃砲を咄嗟に放った。
「ッ!!」
恭介の裏拳は衝撃砲によって弾かれる。威力強化も上乗せしていたために無事だったが、素の状態で衝撃砲を受けていれば、腕を折られていた所だった。
拳を弾かれて一瞬の隙が出来てしまった恭介。そこを、霧島雅は見逃さない。
即座に放たれる膝蹴り。恭介の腹を突き上げるような膝蹴りだった。それを恭介は驚異的な反応で僅かに後退して避けるが、
「ッぐ、」
どうしてか、完全に避けたと思った攻撃が、恭介の腹部に突き刺さった。
(何だ、今の……!?)
恭介の体がくの字に折れ曲がる。そして、その膝先から、衝撃砲が放たれる。それを避ける術はない。恭介の体は上へと持ち上がり、浮いた。その隙をさらに突く霧島雅。膝蹴りを放った足を下ろし、そのまま、拳を突き出す。そこから更に放たれる衝撃砲が宙に浮いた恭介を襲う。
あまりに近い距離。近すぎる距離。
だが、恭介の判断は恐ろしく早い。
恭介は瞬間移動でその一撃を避け、霧島雅の後方、彼女から二メートル程離れた位置に出現した。
腹部が痛んだ。面積の広いハンマーで殴られたかの様な、そんな痛みが走っていた。
そのせいか、一瞬、足の力が抜けた、がすぐに態勢は完璧に立て直した。
霧島雅はゆっくりと、余裕を見せて振り返った。そして、不気味に笑む。
「特訓してきたっていうからどんなモンかと思ったけど、私の方がまだ強いみたいだね」
霧島雅が嘲笑する。彼女は今、完全に勝気でいる。今の今までは確かに、成長したという郁坂恭介を警戒していたが、拳を交えた今の一瞬で、霧島雅は完全に自信を得ていた。
だが、今の恭介には、そんな事はどうでもよかった。
(琴達が、琴が心配だ。……怪我くらいはしてても良い。車の爆風に巻き込まれてねぇって事だけでもわかりゃ安心できるんだが)
恭介にとって、今目の前にいる霧島雅は、『ただの鬱陶しい壁』でしかない。
つまり、強弱等の関係を見る程度の相手ではないのだ。
メイリア・アーキの下で修業をしてきた恭介は、今、霧島雅を敵とも思っていない。状況も相まっての事だが、こうやって相対している状況で、そう思えるまでに成長していた。
恭介が先手を打つ。あくまで攻めの態勢だ。恭介はいち早くこの壁を排除して、琴を探すために動きたい。待っている暇等ない。
恭介は瞬間移動で霧島雅のすぐ目の前へと出現した。霧島雅の反応は恐ろしく早い。目の前に突如として出現した恭介の全貌をその一瞬で捉えていた。
が、霧島雅は即座にバックステップで恭介との距離を取った。当然だ。
「チッ、面倒な事になってくれて。流石天然の複合超能力者……」
恭介の体は、炎に包まれていた。
そして気付けば、辺り一帯も炎に包まれていた。これは、恭介の着火の超能力の影響ではなく、先の車の爆発によるものだろう。木々だらけのこの森林地帯では、炎が広がるのは恐ろしく早い。
これでは相手に触れる事は出来ない。霧島雅は眉を潜める。
(まさか全身燃え上がるとは……ね。極炎かって。こうなったら衝撃砲とかの遠距離攻撃でダメージを重ねるかな。衝撃砲の衝撃で炎が吹き飛んで剥がれたりするのかな……? 見た感じだと、炎化してるんじゃなくて、炎を纏ってるって感じだね。出来る様な気もするけど、……一度テストだけはしてみるかな)
とにかく、恭介に触れる事の出来る状態にしなければ、と霧島雅は目標を定め、そして、仕掛ける。
一メートル程先にいる炎の塊になった恭介に向かって、霧島雅は即座に衝撃砲を放った。
が、しかし、炎はその場から消え去る様に、確かに吹き飛んだ。
だが、剥がれたわけではない。その場には、何も残っていなかった。
「何ッ!?」
完全に、不意を突かれた。霧島雅の頭の中では、どうやって恭介から炎を引きはがすか、という考えが先行していた。そのせいで、恭介が炎だけをその場に残して、瞬間移動をしているという可能性を見逃していた。
見逃していた時点で、大きな隙が生じる。
霧島雅が振り返るよりも前に、その背後に、気配。
完全に背後を取られたその時点で、霧島雅はやっと、気付いた。
(この威圧感……、何……!?)
まるで、背後に圧倒的力を持った修羅がいるのでは、と思う様な威圧感が、彼女の背後を圧していた。先までとは違う、恭介が『獲った』と確信したその瞬間が、コレだった。
霧島雅は考えを改めざるを得なかった。郁坂恭介は弱く等ない。それどころか、今すぐにでも殺さなければならない程に、危険な存在なのだ、と。
この瞬間から、強弱の判断は失われた。獲物から、敵へと完全に変化した。
そして、感じた。霧島雅は振り返るよりもまず、真上を見上げた。違和感を感じ取ったからだ。その違和感の正体は、郁坂恭介の殺気の塊である。
見上げた霧島雅の視界には、木々の梢が燃え上がる光景と、その先に、不自然に集まった雷雲が見えた。
先まで、確かに晴れていた。快晴だった。言葉そのまま雲一つ確かになかった。が、どうしてか、霧島雅の真上にだけ、恐ろしく分厚い雷雨が、集中していた。
その光景を見て、まず出てきた言葉が、
「――雷神」
そして、危機回避。霧島雅は即座に前に飛んだ。地を蹴る足に衝撃砲を全力で放たせ、出来るだけの距離を取ろうと跳んだ。だが、超能力が付加されていようが、それは所詮人間の動きでしかない。決して、光の速さには追い付けない。
霧島雅が跳躍し、恭介から離れて三メートル程の距離にいたその瞬間だった。先程霧島雅がいたその場所に、上空に集中していた恐ろしい程の雷雨から、一撃、稲妻が落とされた。
轟音が耳を劈く。余りの音の大きさに三半規管が一時的に狂わされてしまう程だった。そして、衝撃が霧島雅の矮躯を容易く吹き飛ばした。出来るだけ遠くまで跳ばなければ、と跳んだ霧島雅だったが、霧島雅の跳躍の限界の倍以上は、結局吹き飛ぶ事になった。
辺りを包んでいた炎は、更に勢力を増した。霧島雅の衝撃砲によるブーストのかかった蹴りで穿たれた地面が、更に穿たれ、そして、郁坂恭介以外の辺りにあったありとあらゆるモノは全て、粉々に砕けて散った。
それ程の破壊力。この場で無傷で済んだ有機物は郁坂恭介以外にない。いや、仮に無機物があったとて、確実に破壊されていただろう。
雷神。恭介の雷撃のその力が、神と呼ばれる領域に達していた。その実証。
「大分、見やすくなった。少なくとも琴達は今の一撃には巻き込まれてねぇだろ。今ので死んだとか言われたら泣くわ」