10.休戦/帰還―10
「ちょっときょーちゃん!?」
琴が、恭介を止めようとするが、無駄だ。恭介はそのまま自ら、車外へと飛び出した。遠くの方でその光景を見てしまった人間達の悲鳴が上がっているが、この戦いの最中には響かない。
車から飛び出した恭介は、不安定ながらも確かにセツナの車と、その上に態勢を低くして立つ霧島雅の姿を捉えていた。
「来るぞ。ミヤビ」
「分かってる」
恭介は地面に落ちる直前で、瞬間移動を発動。当然、今までの恭介の瞬間移動であれば、正確な、確実な移動はできず、霧島雅の下へとたどり着く事は難しかっただろう。だが、今の恭介はNPC総頭メイリア・アーキの下で修業を積んできたのだ。瞬間移動も、当然の如く熟練されている。
霧島雅はその光景を見て、落とさなければ、と即座に判断した。
恭介のその姿は、地面に落ちる直前で、霧島雅の視線よりも上に移動していた。
そして、霧島雅の立つ車は全速力で恭介へと近づいている。それは、一瞬にも満たない速さだった。
恭介は右に、左に移動を重ねた。その行動を予測して霧島雅は衝撃砲を放つが、遅い。恭介の移動した後を、衝撃砲は通る。
「チッ!!」
霧島雅が舌打ちをしたと同時、すぐ目の前に、恭介のその姿が。車が自ら恭介に向かって突っ込んで行くため、霧島雅との衝突は恐ろしい程の衝撃を発生させた。
が、霧島雅はその位置を動かなかった。どうやってか、車の上に張り付いている。その力が恐ろしく強い。恭介が霧島雅にぶつかるが、それは、しっかりとした足場を持つ、地の利を得た霧島雅の体術によって受け流された。
「くっそッ!!」
恭介はそのまま、セツナの車の後方へと大きく投げ出された。
「セツナ!」
その間に、セツナが前方を走る琴の乗る車に、超能力を発動させる。
「何、……何だ!?」
運転手が悲鳴を上げた。その違和感は琴も感じていた。
突如として、車が前に進まなくなった。いや、違う、僅かには進んでいたが、どうしてか、アクセルを踏み込んでも全く効果を発揮していないようだった。
地面に落ちる直前で瞬間移動を使用し浮き上がって態勢を整えた恭介はその光景を見て、目を見開いた。
(サイコキネシスか……?)
セツナの走らせるその車の向こう、琴の乗る車が、浮いていた。地面にタイヤがついていない。完全に空回りしている。
瞬間移動を重ねてセツナの車を追う恭介。
(セツナとやらの超能力は……サイコキネシスなのか……? いや、何か違う気がするが)
セツナの運転する車の上で、霧島雅が振り返る。そして、追ってくる恭介を見る。そして、即座に叩き落そうと衝撃砲を放つ。
恭介は再度上下左右に瞬間移動を重ねて、衝撃砲を交わしながら距離を詰める。が、先とは違い、今度は車が逃げる様に前進している。追いつくには先の倍以上の移動をしなければならない。つまり、時間を要する。
その間にも、セツナは超能力を発動し続けた。
数秒の間に、琴達を乗せた車は高速道路の壁を越える位置にまで持ち上がっていた。どうしてか浮いたまま前進はしていて、セツナの乗る車との距離は変わっていなかった。ここまで浮けば、流石に運転手も琴も、完全に制御を奪われている実感を得る。
「シートベルトを外して。どこかにしっかりとつかまって!」
琴が運転手に合図をする。この後、どうなるのか、予想が出来ていた。
「させるかよ!」
それは、恭介にも予想が出来ていた。恭介は瞬間移動の回数を増やし、速度を速め、一気に、霧島雅を追い抜いた。
そして、霧島雅の背後に降り立った。つまり、セツナの目の前、車のフロントの部分に降り立った。
セツナと恭介の目が合う。そのせいでセツナの判断は遅れた。琴達の車は浮いたまま、まだ、『放り出されない』でいた。
だが、それを霧島雅がただ黙って見過ごすわけがない。即座に振り向いて、眼下の恭介に蹴りを放つ。
それを、恭介は手で防御するが、そこで、超能力が発動する。衝撃爆散。
「ッ!!」
恭介の防御は確かに確実なモノだったが、放たれた衝撃により、恭介の体は真横に吹き飛ばされた。その衝撃による勢いで、瞬間移動が追い付かない程だった。恭介がまずい、と思って瞬間移動をしたのは、高速道路の高い壁にぶつかる直前。その勢いがあったからか、恭介が反射的に瞬間移動を発動して新たに出現したその先は、壁の向こう側だった。
足元には広大な敷地の森林地帯が見える。高さは三○メートルから三五メートル程か。
すぐに戻らないと、と瞬間移動を重ねようとした恭介だったが、視界の右端から、つまり高速道路の壁の向こうから、こちら側へと飛び出してきた黒塗りの車の影を見て、その考えは急に変更された。
「琴ッ!!」
やはり、セツナの力によって琴達の乗る車は高速道路の外へと投げ出されたのだ。
(どうする……ッ!? 車は捨てて二人をどうにか連れ出すのが最優先か。運転手は超能力者じゃねぇし、琴もあの状況をどうにか出来る超能力はもってねぇ!)
恭介は恐ろしい速度で落下している車へと向かって、瞬間移動で接近を図った。
だが、しかし、それを邪魔する割り込む影。
「させないよね」
そう聞こえた気がしたが、耳を引き裂くような風の音のせいで聞こえるはずはない。
恭介が次の瞬間移動で黒塗りの車の中へと入れる、というタイミングで、上から思いっきり殴られたような激痛を覚え、そして、その衝撃で真下に叩き落された。
恭介は回転しながら真下に落ち始める。どうにかして態勢を整え、車にたどり着きたかったが、遅い。そもそも、大した高さにはなかったのだ。こうやって一瞬でも動きを制されてしまった今、車には追い付けない。
真上から、霧島雅が落下してくる光景をみながら、恭介は、自分より先に森林地帯へと落下してしまった車の位置を、探っていた。
衝撃音が恐ろしい程に響いていた。木々をなぎ倒し、車の破片をばらまきながら琴達の乗っていた車は森林地帯へと完全に落下した。
すぐには炎上しなかった。映画の演出の様な事にはならず安心したが、恭介はすぐにでも琴と運転手の安全を確認したかったが、まず本人が、それどころではない。
落下の最中、真上から霧島雅が迫ってきている。揚句彼女は次々と真下の恭介に向かって衝撃砲を連続して放ち続けている。恭介は瞬間移動でそれを避けるが、落下と回避と、と両方に意識をやっていたからか、一撃、正面から衝撃砲を受けてしまった。
「くっ!!」
そして、そのまま、落下。
森林地帯へと吸い込まれるように落ちていった恭介の姿を確認して、霧島雅は笑んだ。そして、恭介を追う様に、霧島雅も森林地帯の中へと落ちていった。
セツナは車を路側帯に停止させた。そして、車を降りる。セツナが車を降りたと同時だった。高速道路の下の森林地帯から、爆発音が上がった。壁のせいで見えやしなかったが、派手な火柱が上がっているのは容易に想像出来た。
「……、とりあえず途中経過までは完璧だ。ミヤビ、俺が行くまでに連中の生死の確認を頼んだ」
言って、セツナは、急にその場から、『浮き始めた』。
当然その光景は異様で、そこを通り過ぎる運転手達や同乗者は驚愕していた。車を止める者達までいた。
が、一人の調子に乗った人間が車を止めて、外に出て、そのまま後続車に轢かれたため、あたりはセツナの事なしにパニックに陥ってしまった。
そんなパニックを無視して、セツナはそのまま高速道路の壁を越え、炎上し始めている真下にゆっくりと落ちて行くのだった。
「琴、琴ッ!!」
咄嗟の判断で瞬間移動や威力強化を発揮し、その身を無傷のまま森林地帯の中へと落とした恭介は、すぐに駆けだした。車の存在は見えないが、どこに落ちたかは上空を舞っている時に確認していた。大凡の予想はついていて、恭介は即座にその方向へと駆けだした。
整備のされていない場所だからか、やはり足元が悪いが、恭介はとにかく全力で駆けた。
が、しかし。
突如として起こる爆発。炎が吹き荒れ、恭介の正面から熱風、爆風が木々をなぎ倒し、あぶりながら襲い掛かってきた。
「ッおぉおお!?」
恭介の足は止まる、目の前の木々がある程度の衝撃を防いでくれはしたが、肌は焼ける様に熱かった。
車が爆発した。そう理解するのに時間は要さなかった。