10.休戦/帰還―8
霧島雅の突然の質問に、セツナは眉を潜めた。だが、彼女からの質問はマイトからの質問とは質問を投げかける立場が違う。霧島雅はセツナに、セツナ異常に、零落希紀と渡り合えるように強化されているのだ。その実力は今、セツナと均衡している可能性は大いに存在する。
当然、この質問を答える答えないで仲間割れという形にはならない。そんな関係ではない。
どうするか、セツナはそう考えた後に、まずは、と言う。
「言っただろう。零落希美に勝つためにはそれなりの力が必要だと。故にジェネシス幹部格リーダーである私がつきっきりになって強化しているのだ」
「それ以外には?」
鋭い。セツナの心境は負の方へと傾く。ここまで来て、言ってよいのでは、そう考えざるを得なくなってきていた。
セツナは霧島雅の表情を見る。自信に満ち溢れた、そんな強気な表情だ。
そんな表情を真正面から見て、セツナは覚悟した。言おう。言ってしまおう。結果は、どうなっても仕方がない。ここまで来た以上は逃げ場はない。その覚悟。
「……正直に話そう。お前を強化しているのは、お前を零落希紀と対等に渡り合えるようにするためだ。零落希美の件はその過程、ついでだと考えていた」
正直すぎる応え。エミリアも既に察している。霧島雅にも知れた以上、この話は幹部格全員に話しても良いかと思えていた。
対した反応は、
「あ、そう。ま、いいけど。私は零落希美さえ殺せれば後は幹部格としてその仕事もするだけだし」
良い返事――だが、しかし。
(……優先事項、か)
後は、と言った通り、やはり霧島雅にとっての最優先は、零落希美である。零落希美を殺す事が出来たら、零落希紀を殺す任務についても良い。今の霧島雅の台詞はこの通りである。
これはセツナにとって非常に都合の悪い展開だ。セツナは一刻も早く、零落希紀を始末したいと考えている。
だが、現実はしっかりと見ている。
「分かった。いや、分かっている。零落希美の件を先に片付けるべきだな。少し急いでいたようだ。すまない」
セツナは決意する。
(こうなった以上、零落希美を最優先にすべきだ……)
が、まず、その前に。
「だが、もうすぐ郁坂恭介が帰ってくる」
セツナは念を押す。
「分かってる」
霧島雅は答える。
「まずは郁坂恭介の無力化。強奪は確かに厄介だからね」
セツナは頷いた。
郁坂恭介は猛特訓を積んでからの帰国となる。狙うなら、日本に戻ってきて油断しているであろうそのタイミングだ。
郁坂恭介に襲撃をかけて、その後、零落希美、零落希紀だ。
「助かる。それについての話をしておこう」
セツナは自分の中で組み上げていたプランを再構築する。
59
九月初頭。ついにこの日、郁坂恭介が帰ってくる。
琴はNPCの派遣した運転手の運転する黒塗りの車の後部座席に乗って、成田空港に向かっていた。当然、恭介を一早く迎えるためである。
心が躍っていた。心臓の鼓動も僅かに早くなって寿命を縮めている程だった。それ程に楽しみだった。
どれ程に強くなっているか、それだけでない。どこまで見た目が変わったか、性格も変わったか、筋肉もついたか、考え方も変わったか、英語も喋れるようにでもなっていないか。何もかもが気になった。
二時間弱の道のりを越えて、琴は何事もなく成田空港へと到着し、運転手を車で待たせたまま、一人空港に向かった。
空港で恭介の乗っている飛行機の到着を待つ間の時間は、恐ろしく長く感じた。楽しみが来る前は、そういうモノだ。
待つ事十数分。飛行機の到着を告げる文字が電光掲示板の様なモノに並べられたリストに入る。アナウンスも続いて流れた。飛行機が墜落でもしたら、と思いまでしたが、そもそも、恭介程の複合超能力者は、飛行機が墜落しようが死なない可能性もある。余計な心配だ。
更に暫く待っていると、荷物受取口のすぐ傍の出口から、日本人だけではない、各国の様々な人間が溢れる様に出口から出てきた。
琴は背伸びして必死に特徴的な茶髪を探した。
そして、見つけた。
「きょーちゃん!」
そう叫んで手を掲げて振ると、恭介も琴の存在に気付いたようで、人混みを掻き分けて琴の下へと急いで向かった。
見えてきた恭介は、少し成長した様に見えた。髪は伸びていた。相当な訓練を積んだのだろう、三か月という短い期間ながら、少し大人びた雰囲気が付加されていた。
「琴、迎えに来てくれてたのか」
琴と合流した恭介は嬉しそうに笑って、琴の手を取り、そう言った。
「うん。待ちきれなくって」
琴自身は気付いていないが、今、琴は今までにない程に明るい笑顔で恭介を迎える事が出来ている。そんな琴の表情を見て、恭介も安心した。琴が離れた恭介を心配する様に、恭介だって琴を心配していた。ジェネシス幹部格との抗争が続いていた最中だ。最悪死体との面会を覚悟していた。
この結果は、恭介にとって最高の結果だった。
琴に案内されて、恭介は車へと向かう。
「きょーちゃん、アメリカはどうだった? 英語話せるようになった?」
「ザ、都会って感じだったわ。ロス。とにかく建物から食べ物から、何から何まで日本とは規模が違った。圧倒されたよ、最初は。英語は、まぁ、軽い挨拶程度ならって感じだな。三か月じゃ上達はしなかった」
言って、恭介は笑った。その笑顔にまた、琴は惹かれた。
「無事に帰って来てくれて嬉しいよ。本当に心配したんだから」
「それは俺だって同じだろ。向こうと違ってこっちでは敵が活発だし」
「あはは。そうだね。あ、そうそう。聞いてるのかどうかは知らないけど、こっちはイロイロと状況が進んでるよ」
「そうなのか? 向こうにいる間は、日本の情報は全く聞かされなかったんだ。メイリアに琴の現状だけでも、と思って訊いたんだが、何も教えてくれなかったし。それにどうしてか、訓練が始まってからは携帯も取り上げられて向こうのプリペイド式の渡されてたからさ」
「そうなんだ。で、どんな訓練してたの?」
そこまで問うた所で、駐車場の運転手が待つ車の前に到着した。二人で後部座席に乗り込む。恭介は運転手に軽い挨拶をして、そのまま琴との話を続けた。
「まず一番びっくりなのは、あの神威兄妹が仲間になったって事だね」
「……?」
数秒の沈黙。が、すぐに気付いた。
「亜義斗と菜奈だったっけか。あの二人がか?」
恭介は驚愕していた。敵の幹部格二人が仲間内に入るなんて思いもしなかった。だが、琴の言う言葉だ。恭介はすんなり信じる。
「うんうん。そうそう。びっくりだよね。今の所裏切る様子もないし、それに、菜奈ちゃんは私の班で面倒見てるよ。きょーちゃんも挨拶しないとね」
「ははは……三か月でイロイロと変わり過ぎだろ」
苦笑だった。
そこで、車が動き出した。運転手が行きますね、と合図したが、二人は話に夢中で生返事しか返せなかった。
「あと、幹部格の数が減ったね。互いに」
「……それはまぁ、予想はしてた。詳細は?」
雰囲気が僅かに暗く落ちた。が、聴いておかなければならない状況だ。話は続く。
「こっちの幹部格は、私、極炎の垣根さん。液体窒素の希華ちゃんしか残らなかった。相手は確か……後七人……だったかな。霧島さん含めて。一人は味方内で争って死んだらしい」
「マジかよ……」
恭介は再度驚愕した。恭介の知る限り、特に閃光の光郷は、殺される理由が見つからない。それ程に強かったはずだ。だが、現実はその考えを容易く打ち破った。
「マジもマジ。で、幹部格の補充として、三島君、桃ちゃん……、そしてきょーちゃんが、幹部格に昇格だって」
再度、驚愕。だが、納得している部分もあった。あのメイリアに訓練を受けてきたのだ。多少の格上げはあっても不思議ではない。
「はは、俺が幹部格か……。嘘みてぇな話だわ」
「ふふっ、今のきょーちゃんはもう、私よりも全然強いだろうからね、当然だよ」
笑顔で肯定して、琴は説明を続ける。
「あと、典明君達。彼等は一時、蜜柑ちゃんを追ってたんだけど、三島君に阻まれて一旦諦めたらしい。で、最近動きはないね。どこにいるのかもわからない」
「そうなのか。まぁ、正直、典明の事についての発展は期待してなかったわ」