1.言い忘れ―11
ぽん、と桃の頭に掌が乗せられた。大慌てで恭介が振り返り、それを払いのけようとするが――遅い。
気づけば、男の姿は元の位置に戻されていた。
――瞬間移動。
恭介の持つそれと同じ力だろう。
「紹介が遅れたな。俺はジェネシスの木崎だ。超能力は見ての通りの『瞬間移動』」
次に声が聞こえたのは、横。右方向。桃の向こう側だ。
「ッ!!」
桃が早急に対応し、巨大な氷の棘を床から木崎へと向けて出現させるが――遅い。木崎の姿はとっくに消失している。
熟練された桃の水の超能力が、相手をこうやって変えるだけで、ここまで『使えなく』なってしまう。
「ッと、」
桃の背中にのしかかるように、恭介がバランスを崩した。恭介の背後に、出現していたらしい。
恭介はなんとか踏ん張り、桃もすぐに振り返り、数歩分跳んで相手の位置を確認する。が、木崎は瞬間移動の超能力者。それに、それなりに慣れているようだ。その熟練っぷりは桃と並んでいると見える。
恭介の手に負える相手とは思えなかった。恭介はまだまだ、初心者だ。対して相手は戦いなれていると見える。
が、よくも考えられる。恭介は初心者だが、戦い方を知っている。そして、少なくとも戦い慣れた桃がいる。二対一での戦闘。数では勝っている。
二人が翻弄されたその一瞬で、木崎は元いた机のすぐ横に出現して余裕を見せた。手にはナイフ。宙に放り投げ、キャッチしてと使い慣れた様子を伺わせていた。机に腰掛け、無抵抗な姿勢を見せる。
舐められている。恭介は気付く。そもそも、あんな鋭利なモノがあれば、超能力をばらす前に背後に周り、刺してしまえば良い。格を分かっているなら、尚更だ。
「ふざけやがって」
単純な、高校生の喧嘩本能。戦闘ではない。勝敗を求める喧嘩という感覚が恭介の中で疼く。それに、単純に負けたくない、という感情も目覚める。舐められることに不快感を覚え、やってやる、と意気込む。
恭介はまだ、雷撃を『人を殺せる』までの強さで使うことが出来ない。だが、彼のパーソナルな超能力『強奪』は、超能力者相手と考えれば、最強の超能力だ。相手の超能力を無効化するなんて甘いモノではない。相手を超能力者でなくしてしまうのだ。
五秒。それが、勝負。
桃は予想ができていない。木崎を氷漬け、それこそ氷で固めてしまった場合。相手は意識のある内は瞬間移動で脱出してしまうのか。それとも、そういう形で囚われた場合、移動が出来ないのか。足だけでも凍らせてしまえば、相手は移動出来ないのか。
わからない。だが、そんなことは考えなしに、倒してしまえばよい。
「さぁ、来てみろよ。NPC。そんなモンじゃないだろう」
木崎がナイフを持った右手で挑発する。
「ッ、言ってろよ!」
先に動き出したのは恭介だ。全身に雷撃が宿る。バチバチと空気が炸裂し、閃光が恭介の身体に纏われる。そして、駆ける。真っ直ぐ、一直線に、四メートル程先の木崎に向かって。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に、恭介が殴りかかる――が、空振り。
背後に気配。これは、雷撃の超能力を発動させているからこそ、相手の存在を感知出来ているのだが、恭介はそこまで気が回っていない。即座に振り返って、裏拳を叩き込むが、その時すでに、木崎は桃の目の前に迫っていた。
桃を見下ろす木崎の右手にはナイフ。
だが、桃も負けていない。
「足元がお留守っていうのかな?」
桃の台詞を辿る様に、木崎が自身の足元を見ると、氷の山に突っ込んだかのように、氷が木崎の足を包み込み、床と固定していた。
テストだ。相手の性格からして、挑発するように正面に出現するとお粗方予想出来ていた。当然可能性の問題でそうでなかった可能性はあるが、そうなったおかげでこうなった。
さて、木崎は移動出来るのか。
木崎は悪あがきの様にナイフを振るうが、桃はバックステップで容易くそれを避けた。
もしかして、固定されたら移動出来ないのか? そう、思ったその瞬間だった。バックステップで下がり、着地したばかりの桃の目の前に、ナイフを持った木崎が出現した。邪悪に笑んでいる様に見えた気がした。桃はバックステップの着地の瞬間。次の一歩にはどうしても時間を取られてしまう。
だが、超能力は別だ。
砕ける音が部屋に響く。
木崎の振るったナイフは、桃が掌の先に出現させた氷の小さな盾を砕いたに過ぎなかった。
その間、恭介がただ呆然と見ていた訳ではない。ナイフを振るったばかりの木崎の背後に、恭介が迫っていた。右拳に電撃を宿し、木崎の後頭部めがけて殴りかかっていた。
だが、振り向くこともなく、木崎は恭介の背後に瞬間移動。
「危ない!」
桃の声。恭介は振り向こうとするが、間に合わない。が、恭介と向かい合うようにしている桃には見えていて、対策が取れる。恭介の顔の横を、桃の放った氷の棘が、通り過ぎてその背後にいる木崎の顔に向かった。
恐ろしい速度だった。反応が間に合わないとも思った。だが、木崎は容易く反応してみせ、瞬間移動。今度は、距離を取って部屋の隅へと移動した。
二人がすぐに視線を木崎に向けるが、木崎は即座にまた移動。次に見えた彼の姿は、二人の斜め上。部屋の天井が高いわけではないが、木崎はかなりの高さを跳躍しているかのように見えた。
そこから放たれる切先が恐ろしく鋭いナイフ。恭介と桃は左右に別れるように跳んでそれを避けた。
ナイフが二人がいた辺りの床に突き刺さる。真っ赤なカーペットは見事に裂ける。
チッ、と舌打ちが聞こえた気がすると、木崎の姿が消えた。見えたのは、再び部屋の奥。机の向こう。
木崎は机を蹴り上げ、そして、蹴り飛ばす。その大きな机は真っ直ぐ、床に一回落ちてなお進み、恭介に迫った。
「おぉ!?」
恭介は大慌てで横に跳んだ。跳んで場所を移動したとほぼ同時、恭介が一瞬前までいたそこを机が転がり通り過ぎて、壁にぶつかって派手な音を部屋に響かせ、やっと止まった。足が上を向いてしまっている。
そんな恭介の視線は机に取られた。取られてしまっていた。そこを、木崎が見逃さない。
が、恭介には気付いたことがあった。
一つ。モノを触れて移動させることが出来ないということ。あくまで瞬間移動であり、自身が移動するだけの超能力であるということ。
二つ。勝てるかもしれない方法。
恭介は振り返り、叫ぶ。
「桃! 『水』だ!」
振り返った恭介の目の前には、ナイフの刃。
「ッ!!」
恭介は条件反射で顔を引く。が、鼻梁に真っ赤な横線が浮かび上がった。勢いもあってか、恭介は尻餅をつくように後ろに腰を落としてしまう。
「いってぇ!!」
傷は浅い。掠り傷とは言えない程に深いが、深刻なダメージと言えない程度の傷。だが、たかが高校生がそんな傷を負う経験等するはずもなく、恐ろしく痛く思えた。
だが、今は戦闘中だ。尻餅をついた恭介に真上から、ナイフの刃が振り落とされる。
が、それは、横から波の様に突っ込んできた大量の水によって、制された。
バケツに入れた水をぶっかけられるかのような衝撃と大量の水が、恭介と木崎に襲いかかった。恭介に攻撃を集中させていた木崎は思わずそれを浴びてしまい、咄嗟に攻撃をやめ、瞬間移動で後方に移動して距離をとった。だが、びしょ濡れだ。
同じく恭介もびしょ濡れでTシャツの下の肌が透けてしまっている。
恭介は立ち上がり、そして、距離を取った木崎を指差す。
「俺の勝ちだ」
得意げな、まるで、ゴールを決めたサッカー選手のような笑顔を恭介は見せつけた。