10.休戦/帰還―7
イザム問うて来た事は少し予想外だった。イニスは目僅かに見開いた。が、しかし、
(問題はないよね)
イザムは派閥が同じである。そして、もとより仲間である。言っても問題ないだろうし、むしろ協力してもらえるかもしれない、と思い、言う事にした。
「香宮霧絵に提案された。郁坂恭介を倒す作戦。長谷琴を捉えて人質にして、無抵抗のまま殺すって単純作業」
「……なんだそりゃ」
イザムの反応はあまりよろしくない。が、イザムは続けて意見を述べる。
「ま、香宮霧絵の手中には近藤林檎もいるし、郁坂恭介と友人だった増田典明もいるしな。あいつの協力があれば精神面で郁坂恭介を追い込んで、殺す事は出来るかもな」
イザムのその言葉に、イニスは少しだけ安堵した。否定されるのでは、という気持ちもあったからだ。
だが、しかし、
「俺は乗らねぇけどな」
イザムは言い切る。そのイザムの反応にはイニスは少しだけ、戸惑ったが、表には出さない。
「あら残念。イザムがいれば大分楽になると思ってたんだけど」
「俺は郁坂恭介が人質を取った所で無力になるとは思わない」
再度、言い切る。言い切って、続ける。
「俺もアイツとあんまり会った事はねぇけど、あいつは、危険だと思うぜ。勿論倒すつもりではいるが。仮に人質を取っても、あいつはどうにかして人質を取り返すか、どうにかなって人質を殺す事になって、あいつの枷を外してしまうんじゃねぇかと思うぜ。その作戦だと。それに俺ぁ、正面から倒す以外に興味はねぇよ」
言い切って、一方的に言い切ってイザムはじゃあなと部屋から出ていった。
イニスも察した。これは、イザムからの忠告なのだ、と。
イザムの言葉はイニスも予見していた通りの事だ。香宮霧絵に今の作戦を提案した時に、話した事。だが、香宮霧絵は大丈夫だと言い切った。そちらを信じていた。
まだ、信じる。
(ここで郁坂恭介の首を取れば、最高の立場を得るでしょうよ。……賭けてみるのも悪くない)
誰もが理解している事。郁坂恭介の帰還が開始の合図だという事実。
イニスは予測する。
きっと、他の誰かも、このタイミングで郁坂恭介を狙いにくるだろう、と。
事実、セツナと霧島雅が郁坂恭介に狙いを定めた所だった。
58
「零落希紀という存在について、全て説明をしてもらいたい」
セツナに詰め寄ったのはマイトだ。背後にはエミリアとキーナもいる。そしてセツナの隣には霧島雅がいる。
セツナはマイトを越えてエミリアに意味深な視線を送った後、正直に応えた。
「全て話そう」
説明しても良い頃か、と思った。
その後、セツナは知りえる情報を全て正直に、包み隠さずに話した。だが、当然、この場には霧島雅がいる。霧島雅に零落希紀をぶつけるというセツナが秘匿にしている目的は当然伏せた。
話を訊いた三人。ただ一人、エミリアだけはセツナの目的まで察したが、口にする事は当然なかった。
「……なるほど。そこまで訊いた上で、もう一つの質問に答えてもらいたい」
マイトは続ける。冷や汗が止まらなかった。マイトの超能力は相当に便利な超能力ではある。が、しかし、セツナの超能力とは相性が悪すぎる。マイトの超能力ではセツナを倒せやしない。故に、これは賭けでもある。マイトは強気の姿勢で出ている。これは、当然セツナにどうやっても応えてもらうぞ、という意思の現れである。だが、セツナには勝てない。セツナがそんな事をするとは思えなかったが、もし、セツナがマイトを邪魔だと思ってしまえば、この場で三人とも蹴散らされる可能性がある。
だが、強気に出て、本当に知りたいのだ、という意思を示さなければ、セツナは応えないと分かっていた。
緊張の生唾を飲み込む。
が、杞憂。セツナは沈黙して訊いた。
「零落希華を倒す方法を探している。三人で話し合い、選択肢の一つとして、零落姉妹をぶつける事を思いついた」
だが、セツナはそこまで訊いた所で、口を挟んだ。
「零落希華が懸案になっていたのか。暫く目を離している間に物事が進んだモノだな。だが、心配するな。彼女の相手は私がしよう。逃げられでもしない限りは、倒す自信がある」
言い切った。自分なら、三人が勝てるはずがないと思う相手にも勝てると。
言い切ってしまって、だが、セツナは面倒な事になったな、と思った。
(……零落希華、か。最初から目はつけていたが、ついに対決する事になろうとはな。最悪の場合を想定しておかなければならない。跡を継がせる人間を早急に決めておかなければな)
セツナは勝てると言い切ったが、それは確実ではない。あくまで、勝てる可能性を秘めている、が正確な現状である。セツナが言う最悪の場合とは当然、セツナが負けた場合の事である。
セツナは自分が死のうが、幹部格の存在を続ける意思がある。誰かに霧島雅の強化を託さなければならない。そう思っていた。
(それにしても、マイト……一体どうやって零落希紀の情報を得たのか。今更どうこう言うつもりはないが、本当に、超能力含めて厄介な奴だ)
セツナは続けて言う。
「ともかく、お前達が零落希華の心配をする必要はない。あくまで心配すべきはNPC日本本部の生き残り連中と、零落希紀だけだ。特に零落希紀には注意を払え。遭遇した時点で逃げる事だけを考えてくれ。遭遇したその時点で死を覚悟しろ」
「そこまでの超能力者なの……?」
キーナが不安げに呟いた。セツナの超能力は戦闘に向いた使い方次第では敵を近づける事すらない超能力だ。そんな超能力を持ったセツナがここまで危険だと言う。セツナの零落希紀に対する危険視の具合を察して、キーナは自身のバリアの無力さをさらに感じるのだった。
「で、もう一つ質問だ」
ここで、マイトは誰もの予想を裏切り、再度賭けに出た。
その質問には予想が及ばなかったのか、セツナは珍しくも僅かに反応を見せた。
「何だ?」
一応聞く体は見せる。が、その後の反応は誰にも予想できない。
だが、マイトは踏み出す。
「どうして貴方は、ミヤビと一緒にいるんだ」
その言葉が終わるその瞬間だった。
マイトの体が、急に後ろに吹き飛んだ。キーナにぶつかり、エミリアはそれを避け、マイトの体は部屋の一番奥にぶつかってそのまま、壁に張り付くように地に落ちる事なく固定された。
これが、セツナの力だった。
「余計な詮索はするな。余計な質問はするな。何のために私がリーダーになっていると思っているのだ。死にたくなければ足を突っ込む様な真似は辞めろ」
セツナがそう言い終えた瞬間、マイトがやっと、床に足を付けた。そして、セツナの中でマイトがセツナの跡を継ぐ可能性はない、と決まった瞬間だった。
「……すまなかった。セツナ」
ここで、マイトは素直過ぎる程に謝罪した。これが賢いやり方だ、と誰もが理解していた。
セツナの超能力は少しばかり特殊だ。存在自体は在り来たりなモノだが、その効果が少しばかり特殊である。この場にいる全員が、セツナに勝てるかどうかは分からないといった状態である。
彼がリーダーという立場にいる以上、素直に、従順にしているのが最適である。
「良い、気にするな」
セツナが一方的に言い放つ。その言葉しか吐かなかったが、もう下がれ、という意思は全員に伝わった。
その後、マイト達は素直すぎる程にあっさりと身を引いた。
残ったのは当然、セツナと霧島雅である。
つい先程の光景を見て、霧島雅が疑問を持たないはずがなかった。
「私は何でセツナにつきっきりなのか、知りたいんだけど」