10.休戦/帰還―2
「幹部格同士で争いだ? なんだそりゃ、仲間割れか」
海塚は頷く。
「そうだ、仲間割れだ。状況から察するに一人死んだようだ。だから、ジェネシス幹部格は七人となる」
「まだまだ多いな。ま、元が一六人もいたんだ。大分減らしたほうだな」
「こっちの犠牲も払ったがな」
「元いた幹部格も俺と零落ちゃんだけになっちまったしな。補充はしたが、三島は負傷中。三島の班員一人は死亡、もう一人も暫くは動けない。郁坂恭介に限ってはまだ帰って来てないしな。状況は良くねぇわ、そりゃ」
「だが、チャンスが増えた。連中が内部で争ってくれればそれだけで楽になる。実際、今回相手の数が一つだが減ったんだ。間違いないだろう」
「そうだな。それに、連中ジェネシス幹部格は一つの超能力を熟練させた連中だ。勝ち残るのは必ず頭の良い、強い奴になるだろうしよ。ぶつける人間も選びやすくなるわけだ」
垣根も今回の状況には頷きたかった。相手の数が減る、それだけで十分だった。
垣根も動かなければならない。だが、海塚が渋っていた。元いたメンバーはたったの二人になってしまっていた。垣根と零落希華のみだ。零落希華には亜義斗を任せている。と、なると垣根を温存しておきたい、と海塚は思っていた。琴は当然、目としての唯一の幹部格でのバックアップだ。失うわけにはいかない。
少なくとも、新たに幹部格に参加した三名が、幹部格として育つまでは、堂々とは動かせないだろう。
(何にせよ、俺もそろそろ裏方に回るべきなのかもしれないな。まだまだ前線には出れるけどよ。ま、そこら辺は海塚の判断に任せるさ)
52
「なんか最近騒がしいよね、特にお年寄り達が」
地元唯一のファミリーレストラン、そこに蜜柑はいた。
「なんか地元の再開発とかの話が出てるらしいよ?」
琴が答えた。
「再開発するも何も、ほとんど住宅街と畑なんだから、今更どうしようって思ってんだろうねぇ」
桃が首を傾げる。
「そもそも隣町がある時点でここの開発は必要ないと思います」
鈴菜芽紅が困ったように言った。
四人いた。珍しく四人の女子だけで集まっていた。
それぞれ食事を取りながら会話を交わしていたが、四人の中では食事よりも会話が主になっていた。ただ一人、鈴菜だけはご飯の熱が冷める前に、と適度に口に運んでいた。
「隣町に住んでる私が言うのも何だけど、この町の良い所ってやっぱ田舎臭さだと思うんだけど」
蜜柑が言う事はもっともだ、と全員が頷いた。
「そうだよね。ずっとこの町にいるけど、不便さを感じた事なんて……、」そこまで言った不自然なところで、桃の言葉は一瞬止まった。が、何かを思い出すように、「あ、いや、ないよ」
鈴菜が今の間は何だったのか、と静かに困ったような表情を見せて苦笑していた。
「でも、確かに、コンビニ一つないのは不便だね。オーナーさえする人間がいれば、再開発なんて必要ない程度の問題だけど」
琴が言う。続けて、
「あ、でも、あれか。商店街とかか」
「やっぱりそうなるんですかねー。確かに、さっき通った時も、ほとんどお店開いてなかったですし」
隣町在住の鈴菜にとってみれば、確かにこの町は不便だと感じた。が、琴達は慣れていた。
「ま、この町に慣れちゃったら、実際、あの商店街さえあれば生活は出来るからねぇ」
と、桃に視線をやる琴。桃も、ねぇ、と返して頷いた。
「で、さっきからずっと気になってたんだけど、なんで誰もアレの話題に触れないの?」
不意に、蜜柑が言って、視線を遠くに投げる。琴達が陣取っている席とはまた逆の位置にある席に、見覚えのある二人の影があった。
「いや、なんか触れちゃいけない気がしてて」
琴でさえ、困ったように眉を潜めて、そんな弱気な事を言う。
四人の視線の先には、零落希華と、亜義斗のその姿。二人は向かい合って座っていて、ごく普通に会話を交わしているが、琴達から見るとやはり違和感を覚える光景。
零落希華も亜義斗も、琴達の存在には気付いているだろう。が、お互い触れなかった。
「それに、あの二人がセットでいるって事は、仕事中の可能性も少なからずあるわけで」
「いつになく弱気だね、琴ちゃん」
桃が少しおかしそうに笑っていた。
琴もここまで判断を迷ったのは久しぶりだった。一応、互いの存在がハッキリした時点で、零落希華とは軽く手を上げる程度の会釈はしてある。が、普段であればそこから先、ぐだぐだと会話を交わすのだが、亜義斗の存在が引っかかってどうにも納得のいく日常に持っていく事が出来ない。正直、それに関してこだわりがあるわけでも、そうしなければいけない理由もないのだが、普段通りがこなせないとどうにも引っかかってもどかしい。
「でもあの二人、今日任務行ってましたよね」
鈴菜が言うと、思い出したように琴が答えた。
「もうこんな時間だしね。終わったんでしょ。それでもやっぱりあの二人の姿は似合わないわ」
気付けば時間は夕方になっていた。二人は朝から任務に出ていた。終わっていても不思議ではないだろう。
「で、どうだったこの町は?」
零落希華は目の前に運ばれてきたまままだ手を付けていない巨大なパフェをまじまじと見ながら、亜義斗に問うた。
「……、何もないな、というのが率直な感想でした」
亜義斗は零落希華の視線に気づいている。
(食べたいなら食べれば良いのに……)
「あはは。ま、そうなるよね。本当にこの町には何もないね。なんでNPCの日本本部があるのかってくらい」
「そういえば、NPCの創設ってどうなってるんですか?」
話の流れから不意に気になった亜義斗は素直に聞いてみた。
すると、零落希華は知ってる所だけど、と答える。
「昔はね、郁坂なんとかって人が作った個人的な組織だったみたいよ。名前もNPCじゃなくんて、超能力なんとか機構とかいうお堅い名前だったみたい。そこから何やかんやあって、流さんが新たに創設したのがNPCで、やっぱり出来立ての頃の小さな規模の時に、一番最初の本部を流さんがこの町に作ったから、ここに日本本部があるんだと」
「そうなんですか」
ところどころ、忘れているのかごまかすような、なんとか、という言葉が入っていたのには違和感を覚えたが、そこまで細かい所を追記してもしかたがないだろう、と亜義斗は追及しなかった。
そこで、零落希華が質問を返す。
「ジェネシスはどうなのかな?」
当然、亜義斗は答える。
「こっちも詳しくは知らないんですが。どうやら親……神威業火が、妻である神威玲奈とした約束を果たすために、ジェネシスを作ったとの話は聞いたことがあります」
「約束?」
零落希華は首を傾げた。が、亜義斗は首を横に振る。
「そこまでは、多分龍介も、幹部格の人間も、知らないと思います」
「そうなんだぁ」
零落希華はこれについては、良いか、と思っていた。戦いを続けていけばいずれ神威業火ともぶつかる事になる。結局はいずれ、分かる事、知る事だ。零落希華はそんな事は気にしない。
ところで、と零落希華は質問を重ねる。まだ、視線はパフェに落とされたままだった。
(何で食べないんだ。希華さん)
「亜義斗って何歳なのさ? 大分老けて見えるけど」
「老け……。今年で一八歳になりますよ。誕生日はまだですけど」
その言葉に、真逆の位置の席を陣取っていた琴達が噴き出した音が盛大に見せの中に響いた。亜義斗も流石に振り返って四人を困ったように見た。
すごい笑っていた。口元を抑えてはいるが、必死に笑いを堪えている姿が分かった。そもそも、堪え切れていない。
「あーはっははははは! 亜義斗何? アンタ郁坂恭介と同年代だったの? 驚愕の事実だよそれ」
「どういう意味ですかそれ……」




