9.襲撃―12
三島は思い出す。秋山の動きを。
(作戦でも考えておくんだったわ。最初から)
三島がイザムと交戦。その間に霧島雅が距離を詰める。
誘導が必要だ、そう思った。イザムの攻撃をかわした三島はそのまま追撃はかけずに、跳躍、移動をして、イザムの脇を抜けて霧島雅の方へと駆けた。
(おっ、こっちに来る?)
三島の行動に霧島雅が目を細めた。そして僅かに口角を釣り上げた。
が、しかし。三島の狙いが移ったわけではない。
三島の接近に霧島雅が足を止めて構えた。当然、負傷している分、無傷でいる霧島雅の有利は揺るがない。そもそも、走るのも苦痛で、三島は全力で走れてはいない。が、それは背中を追うイザムも同じだ。イザムが三島に追いつく事はない。故に、三島が霧島雅にまず、到達した。
霧島雅は攻めではなく、防御の態勢を取る。攻撃を受け流して無力化するという笹中の時と同じ算段だ。向かってきている分、それが効率的だと判断した。
だが、違う。
三島は霧島雅に攻撃を仕掛ける様な素振りは見せた。それを霧島雅は受け流そうとした。だが、三島は引いた。攻撃はあくまで牽制。三島はすぐにその横を抜けた。そして、完了。
三島は霧島雅の横を抜けて、少しした所で立ち止まった。
(あってるよな――多分)
不安は残った。が、正解だと自分を信じた。
「何をッ!!」
何を考えているのか、霧島雅はすぐに振り返って三島に向かった。が、罠にかかった。
突如として霧島雅を衝撃が襲った。まるで、額をぶんなぐられたような衝撃に、霧島雅はその場で仰向けに落ちた。
(何が起きたの?)
大したダメージではなかった。が、確かに殴られた感触が額に残っていた。霧島雅が立ち上がっている間に、三島は少し横にずれた。
イザムもその光景には思わず立ち止まった。
(さっきの男が仕掛けた攻撃だな。俺も喰らったあれだ。外野から見てみりゃ分かるが、あれは攻撃の軌跡を残すタイプの超能力だな)
秋山光輝の超能力『軌跡残留』。それは、自分の意思で、自分の動きの軌跡を残し、配置する超能力である。発現したての頃は苦労した少し特殊で、理解までに時間のかかる超能力だった。
秋山が最初、イザムから外れて動いていたのは、この攻撃を仕掛けるためだったのだ。
それを、三島は利用する。
「ふざけた真似を」
霧島雅が再度、攻撃を仕掛けようとしたが、また、配置された攻撃が霧島雅を襲う。
「ッ!」
霧島雅は今度は態勢を崩さなかったが、配置された攻撃に殴られた脇腹が痛んだ。
軌跡残留の利点は沢山ある。一つ、攻撃の配置は仕掛けた人間の動きを覚えている人間でないと分からない事。つまり、見えないのだ。そして二つ。攻撃の軌跡が動かないため、防御が出来ないという事。
つまり、配置を知らない霧島雅には、恐ろしく有効だという事。
その間に三島はさらに移動を重ねて、軌跡残留の位置に霧島雅を誘導する。
その間に三島はイザムに視線をやる。
(アイツは秋山がいる時から現場にいたわけだが……、どうやら、軌跡を覚えてはいないようだな)
イザムは動きを見せなかった。霧島雅を見たり、辺りを見回したりとしている。軌跡残留の位置でも探っているのだろう。
だが、
(無駄だ。軌跡残留は不可視。お前じゃ見つけられねーぞ。イザムとやら)
三島はとりあえず、これで時間が稼げたか、と思った。三島は秋山の攻撃の配置を全て記憶している。秋山がまず攻撃を配置するのは分かっていた。故に、視界に入れて配置を見ていた。普段通り、で、大した事もない。
「ッ面倒な状態に陥った!」
霧島雅はすぐには攻撃を仕掛けず、数歩飛んで三島から距離を取った。
その光景を見て、イザムが気付いた。気付いてしまった。
(オイオイ……そんな単純な設定なのかよ。だとしたら)
気付いてしまえば、やる事は一つ。
「ミヤビ、跳べ」
静かな声だったが、確かにその声は届いた。と、同時、霧島雅はそのまま真上に跳躍した。超能力でブーストさせた跳躍力が霧島雅を真上に五メートルは浮かばせた。
(もう分かったのかよ……!!)
イザムの狙いが分かった三島は表情を歪める。イザムが『それ』に気付いているならば、対処方はない。
霧島雅が跳躍したと同時、イザムが両手を振り払うように、その場で一回転して見せた。と、同時、イザムから放射状に放たれる斬撃の嵐。地面が次々と穿たれ、近くにあった外壁も吹き飛ばされて刻まれた。
三島には被害はない。霧島雅は跳躍していたため、足元を攻撃が抜けたために無傷。
次に霧島雅が地面に足をついていた時、イザムの攻撃は既に遠くへと飛び、効果を失って消えていた。数秒後、ラグの様に残っていた校舎が崩れ落ちた。
三島の表情は、笑っていた。これは、何かを達成した時の笑いではなく、もっと単純な、どうするかな、という笑い。苦笑。
着地した霧島雅はすぐには動かずに、今攻撃を仕掛けたイザムに視線をやった。イザムは三島に視線をやって、確認する様に言う。
「これで残ってた攻撃も全部消えただろ」
「ご名答、まいったね」
三島は素直に認めた。口元に張り付いた苦笑がなんとも言えない。
そのやりとりを見るだけで、そして、自分の動きを思い出して、霧島雅は気付いた。
(……あぁ、そういう事か。攻撃の軌跡が残ってた。それは一発当たれば消える。それだけか)
霧島雅が三島を警戒して距離を取った動きを見せた際、霧島雅の脇腹を叩いた二撃目があった場所を通過していた。その様子をイザムが見て、一度攻撃を当ててしまえば消えるのか、と気付いて攻撃を放射状に放った。
つまり、場は罠のない綺麗な状態にリセットされたのだ。
「ふぅー……」
三島は少し離れた位置に未だ倒れている笹中を見た。彼は今の攻撃は無傷でやりすごしていた。
(硬質化を保っててくれて助かったぜ、笹中。そのまま、攻めて意識のある内は固まって攻撃を防いでいてくれ)
笹中の周りの地面もやはり、恐ろしいまでに穿たれている。硬質化を発動させていなかったら、今頃バラバラの肉塊になっていただろう。
そして現実を見つめなおす。さて、どうするか。
(……窮地。だな、こりゃ笑えてくる。イザムはどうにか出来るにしろ、もう一人はヤバイな。硬質化した笹中の体中バッキバキだぞ。あんなにされたら俺も堪らないっての。逃げる……のも無理そうだ。つーか逃がしてくんねぇだろ。だとしたら、やっぱり頼れるのは、応援だけだな。早く来てくんねーかね。応援に来た俺が言うのもなんだけどよ)
三島が窮地に立たされていた。三島もかっこつかねーな、なんて自虐めいた事を考えている。
(いや、参った参った。降伏宣言したらい逃してくれるモンかね……。しねぇけどさ)
「ふーん。って事はもうさっきまでの意味不明な攻撃に怯える事もないんだね」
言って、霧島雅は即座に駆け出し、三島との距離を一気に詰めた。その間に、イザムも歩き出した。イザムはゆっくりと向かって来ていた。イザムはこの場は、霧島雅が圧倒的有利な立場にいると理解している。故に邪魔にならないように計らっているのだろう。
「ッ!!」
霧島雅は先程、無傷の状態にいた笹中をあの状態にまで貶めた張本人だ。足から背中から、と刺された三島を相手にするのは、容易かった。
一瞬、一瞬だった。三島が仕掛けた攻撃を霧島雅は交わした。そしてカウンター。それも三島は交わした。だが、次の霧島雅の二撃目は交わせなかった。
頬を嬲られるように思いっきり殴られ、三島の体は宙を舞って数メートル飛び、地面に転がった。