9.襲撃―9
「そうは言ってもねぇ。イザムあんた、どうみても不利だったから」
そう言って、突如としてイザムの目の前に現れたのは、透明化のイニス。ジェネシス幹部格のイニスだった。そうだ。イニスもいたのだ。
この施設の敷地のすぐ傍には木々が生い茂る山がある。その中腹に、イニスは潜んでいた。千里眼がいようが、そちらを見なければ気付く事はない。琴もイザムの出現でイザムに集中していた。つまり、見逃していた。
(くっそ……、敵が増えやがった……。それにこいつにも見覚えがある。ジェネシス幹部格か……)
三島は右膝の裏に、ナイフを刺されていた。どうやらイニスのその力は、持っているモノ、触れているモノ、使うと判断したモノ、いずれかは分からないが、何等かの条件で自身以外も透明化出来る様だ。ナイフが確認できたのは、イニスがイザムの横に出現してからだった。
「ッ、」
三島は自身の膝の裏に突き刺さっていたナイフを引き抜く。と、投げ捨てた。膝の裏から血が流れ出す。刺された場所が悪かった。傷口自体はどんな戦闘でも受ける可能性のある程度のモノだったが、足に力が入らなかった。三島は耐えているが、すぐにでも膝を着きたかった。
三島の位置からイザム達を挟んで反対側の位置に、笹中はいた。蹴り飛ばさはしたが、硬質化によってダメージは防いでいた。今の所完全無傷な状態なのは彼と今到着したばかりのイニスだけである。
「ま、アンタの目的は菜奈でしょ? あいつらを倒すんだから、さっさと目の前のこいつら倒しちゃおうよ」
イニスはそう言って妖艶に笑むと、そのまま空気中に溶けるかの如く、姿を消した。
三島も笹中もその超能力には目を見張った。
(完全に消えたな。気配すらありゃしねぇ)
(透明化か。こんなに綺麗さっぱり消えてしまうモノなのか)
二人ともとにかく足元に警戒した。幸いにも足元は地面で、遠目に見ればわかりづらいが、足跡は確かに残る。それを見つづける事は不可能だが、位置の確認は不可能ではないと言える。
「イニス。言ったんだからとっとと終わらせるぞ」
イザムはそう言う。が、不満げな雰囲気は残っていた。割り切ったのだった。
イザムは言い終えたと同時、足の自由が奪われかけている三島と向き合った。
(くっそ……。最悪だな……)
流石の三島も、冷や汗をたらさずにはいかなかった。
三島の超能力能力否定は超能力に対しては圧倒的な防御力を働くが、ごく普通の物理的攻撃に対しては、全く働かない。殴る蹴る、という喧嘩程度の攻撃でも、超能力が関係していなければ能力否定では防げない。つまり、武器での攻撃は、三島に与える事の出来る最大のダメージを叩きだす。
イザムが三島に向かったのを確認した笹中は、すぐに視線を下に落とした。視線は右往左往してイニスの足跡を探す。
――見つけた。そして、気付いた。
(あの透明化の女も、三島に向かって行ってる!?)
気付いたその瞬間、笹中はとにかくイザムに向かって走り出した。その笹中の行動で、三島はイニスの接近に気付いた。
(あの透明ギャルがッ!!)
三島の視線はイザムの攻撃から即座に離され、イニスの足跡に向かった。
「余所見してんじゃねぇよ!」
イザムがそう嬉しそうに叫んで三島に殴り掛かったが、三島は足の痛みを我慢して、横に飛んだ。そう、イニスの目の前にだ。
そして、攻撃をからぶったイザムの背中に、笹中のドロップキックが叩き込まれた。
「うぉっ!?」
突然の強烈な攻撃にイザムは思いっきり前に突っ伏して倒れた。そのまま笹中はイザムの背中に足を乗せ、蹴りを何発か叩き込んだ。が、イザムはすぐに態勢を整えて仰向けに直り、笹中の攻撃を受け流して笹中を押した。その隙に態勢を立て直し、笹中との交戦を始めた。
三島はイニスの目の前に狙って飛び出した。イニスはそれに対してチャンス、と思っただろうが、そうではない。
三島にはイニスは見えていない。だが、居場所を把握していればある程度の対処は出来る。
先ほどの数秒だけ見たイニスのその姿を思い出す。身長、体格を思い出して足跡の位置からイニスの急所を見出す。
足に力を込めて移動の余韻を止めた。激痛が走ったが考えないようにした。踏ん張れた、堪え切れた。それだけの事実で十分だった。そのまま、三島は体を思いっきり捻り。右の拳をイニスの水月目掛けて叩き込んだ。
「ッぷ、」
目の前で嗚咽が響いた。そして、手には確かな成果を伝える感触。更に、一瞬だが、イニスの姿が出現した。すぐに透明化して見えなくなったが、
(十分!!)
三島はそのまま一度右手を引いて、さらに伸ばし、イニスの胸倉を掴み取った。相手が見えていないというのに、まるで見えているかの如く、完璧な動きだった。手にはイニスの胸倉を掴んだ感触が確かにあった。三島はそのままイニスを思いっきり引き寄せ、そのまま、頭突き。相手の動きを制した今の状態で、見えないとは言えど攻撃を外す事はなかった。
額に衝突する額の感触。そして、すぐ目の前で聞こえる小さく甲高い短すぎる悲鳴。だがまだ、三島は手を離さない。
相手の姿が見えなかろうが、捕まえていて、更に動きを制していれば、姿が見えていなかろうが関係ない。三島はそのまま反動で上体を逸らしたイニスを更に引き寄せ、そのまま二度、頭突きを叩き込んだ。目の前で響く悲鳴には情けをかけなかった。そのまま悲鳴がなくなるまで頭突きを叩き込んでやろうかとも思った。
だが、どうしてか、四撃目を叩き込もうとしたその瞬間、右手に感じていた感覚が、軽くなった。
それにはすぐに気付く。
(服を脱いだのか?)
三島が右手の力を抜いたと同時、三島の足元に先ほど見たイニスが来ていたティーシャツが出現して、落ちた。
三島はすぐに足元を確認する。彼女の足跡を探した。
だが、しかし。
三島の背中に走る鋭利な激痛。そうだ、既にイニスは三島の背後に回っていた。そして、刺していた。
そもそも、イニスには攻撃力がない。ジェネシス幹部格は霧島雅を除いて一人一つの超能力しか持っていない。つまりイニスには姿を完全に不可視な状態にする透明化しかない。それは、戦闘用超能力ではない。だが、戦いには戦闘力が必須だ。後援役に回れるならまだしも、彼女のその力は後援役にも向いていない。と、なれば攻撃力を補わなければならない。それが、武器である。
イニスは腰のベルトの後ろの部分に隠すように、無数の小型ナイフを備えていた。
小型のナイフ。これは大した武器でないようで、実はかなりの戦闘力だ。
イニスの透明化は不意打ちに特化していると言える。不意打ちとなれば、こんな小型ナイフでの攻撃でもヒットさせる可能性は跳ね上がる。刃物で刺す、それは、人間にとって恐ろしい程のダメージにとなる。いくら超能力者だろうが、そのダメージを負ってさえしまえばそれなりの負傷になる。見た目とその大きさから、超能力者には避けられてしまい、大した武器ではないと判断されがちだが、見えてさえいなければ関係はない。刃物の人体に与えるダメージは強大だ。腱を断ち切り、骨を削り、内臓に突き刺さる。それが、刃。現に三島も、イニスが透明化で不意打ちを仕掛けたために足にダメージを負い、動きに制限が掛かっている。
(ちょろいね。この男と私の超能力、相性良過ぎ。笑えてくるんだけど……でも、女相手に今の連撃はねぇーわ。絶対殺すから)
三島の能力否定は、とにかくイニスの透明化と相性が悪かった。それは戦闘面での相性が第一だが、その次に、超能力の効果の面である。
三島の能力否定では、イニスの透明化を否定する事は出来ない。それは、三島の能力否定は、外部から三島に対して影響する超能力を無効化する超能力なのだ。それに対してイニスの透明化は、自身の体に効果を発揮する超能力である。つまり、イニスの超能力透明化は三島に触れようが、解ける事がないのだ。
イニスは勢いよく三島の背中からナイフを引き抜いた。イニスの目の前で三島がよろける。が、足の痛みにも耐えてなんとか踏みとどまった。が、しかし、イニスが見逃すはずがない。
イニスはそのまま更に、三島の背中にナイフを突き刺した。スッと肉を断ち切って体に刃が沈むその感覚に、イニスは快楽を感じていた。
(ちょろすぎッ! やっぱ一方的な攻撃って楽しいわぁ……)