9.襲撃―2
そして、一瞬だった。
痺れを切らしたのは当然、アイトだった。今の現状を見てマイトが有利に立っているのはハッキリと分かる。マイトはアイトの超能力を完全に把握した上で、今のこの強気な態度を貫いているのだ。マイトの超能力は閃光を超えていると考えるのが通常。
だが、そうであったとしたら、アイトは逃げるという選択肢以外を選べば殺される運命を辿るという事。それは、許されない。味方間での争いがあり、逃げて帰ればその後の力関係、上下関係が大きく揺るぐ。アイト、マイト間の話だけではなく、ジェネシス幹部格間での問題となるのだ。
つまり、遁走は許されない。つまり、戦うしかない。
それに、可能性はあった。マイトの今の強気は実は虚勢で、閃光という圧倒的力を前に脅しをかけている可能性。
思考終わり、そして、行動。
一瞬の出来事。
マイトの目の前に、閃光の軌跡が残っていた。そう、マイトの目の前に。マイトは屹立していた。そして、光の速さに対応して動いたわけでもなく、ただ、そこに立っていただけだ。だが、どうしてなのか、マイトはそこにいたままだった。
気付けば、マイトの後方の床に、アイトが転がっていた。
「……は?」
アイトは天井を仰ぎ見ながら、そんな呻き声を漏らした。
理解が及ばなかった。何が起きたのかさえ分かりはしなかった。脳内では未だに、閃光がマイトの体を切り裂き、引き飛ばすヴィジョンが見えていた。だが、違う。
まだ立ち上がらず、視線だけを動かしてアイトはマイトを見た。首だけで振り返り、視線を向けていたマイトが立っていた。全くの無傷で、だ。
マイトが振り返る。非常にゆったりとした余裕を感じさせる振り返り。それと同じ様に、アイトが立ち上がった。
アイトは立ち上がってやっと、現実を感じ始めた。何が起こったのか、理解し始めた。
(こっちにもダメージはない。まるで、夢を見てたのかって感じだ。いや、違う。無かった事にされた、いや、リセットされた、か? ともかく、)
閃光は通じない。虚勢ではなかった。
絶望。勝ち目がない事が一瞬でハッキリした。
マイトが一歩、アイトに迫った。アイトは動けなかった。視線を逸らす事すら出来ず、ただ、固まってしまっていた。
そして、もう、一瞬。
何が起きたのかは、当然理解できなかった。そして、その一瞬でアイトはマイトの理解出来ない攻撃で首を断ち切られ、死を迎える事になったが、頭が胴体から切り離されてなお、意識は暫く途切れなかった。
宙を舞ったアイトの首から上は天井にぶつかって、そのまま床に真っ直ぐ落下した。床の上を転がり、一メートル程移動をしてやっと止まった。顔の正面はマイトがいる方向とは逆を向いていた。目は見開いたままで、まだ、眼球が動いていて、あちこちを確認しようとしていた。まだ、生きていた。が、当然、声すら出せなかった。
マイトは目の前で固まったままだったアイトの首から下のみを蹴り飛ばして倒し、それを跨いでアイトの首から上だけの背後に立った。そして見下ろし、そのまま足を持ち上げ――踏み潰す。
水々しいが、乾いた音が部屋に響いて、死体が一つこの部屋に増えた。
足を持ち上げ、靴底から落ちる肉片や鮮血を見て眉を潜めたマイトは、靴底を床の汚れていない場所に何度かこすり付けてから、この施設を出た。当然ジェネシスに連絡は入れた。それに続いて、マイトはセツナにも今の報告をした。
セツナの反応は適当な、その場凌ぎの返事にも思えた。が、彼が考えを進めないわけはない。
50
そもそも、イザムはジェネシス、NPC日本本部の幹部格の数がまだ揃っていた頃から、狙いは幹部格よりも裏切り者や郁坂恭介に向いていた。
現在、郁坂恭介はメイリア・アーキの下で特訓をしている。日本にはいない。彼の動きは両者にとって重要なモノなので、日本に戻ってきて超能力関係の動きがあればすぐにわかる。彼が帰ってきていないのはジェネシス側も把握していた。
そして、神威兄妹が動き出した事も把握済みだ。
現在、神威兄妹は別々の班に分けて割り振られている。それは当然、まだ彼等を信頼しきる事が出来ないため、両者が強力しての裏切りやスパイ行為を防ぐためである。
神威亜義斗は現在、零落希華の下につけられていた。この理由は単純、いくら亜義斗が人工超能力の複合超能力者だとしても、零落希華には敵わないからである。いざという時の抑止力だ。それに、これにはジェネシス幹部格に亜義斗を狙わせずらくする、という目的もある。
実際、これがあったからなのかはハッキリとしないが、イザムが仕掛けたのは、菜奈の方だった。
菜奈は長谷琴が率いる班に配置されていた。女性だから、という事もあろうか、幹部格の傍に置いておきたいという狙いを形にした状態だ。それに、もう暫くすればこの班には天然の複合超能力者である恭介が合流する。恭介、桃、琴と全員が幹部格になってしまうため、班が残るかはわからないが、何かを仕掛けてくるのであれば恭介が戻るまでに仕掛けなければ絶対都合が悪い。様子を見るためでもある。
琴が率いる幹部格揃いの班は解散を予感しながら、任務に励んでいた。
今回の任務はジェネシス関係の子会社の破壊だった。中には警備員として戦闘用の超能力者も配置されていたが、琴の適切な判断と、桃、菜奈の動きであっという間に無力化し、人工超能力関係の重要データのコピーに研究設備の破壊、と淡々と、スムーズに任務をこなしていた。
だが、そこに、襲撃者。
イザムである。
イザムは琴達が中で暴れている間、外からその建物を見上げた。
三階建ての、横に長い校舎を連想させる建物だ。敷地を囲ってある壁は分厚く、高いが、侵入事態は難しくない。
イザムは数歩分後退し、視界の中にその横長の施設が収まるように距離を調整した。
そして、一閃。
イザムの口元が不気味な笑みで歪んだ。そして、彼は軽く、本当に、ただ目の前に飛んできた目障りな虫を払うかの様に、右手を斜めに振り上げた。
ただ、それだけだった。のだが。
空気が炸裂する音が響いた。と、同時だった。イザムの視界の中に納まっているその施設が、横に真っ二つになった。それは、わずかに傾いて断ち切られたようで、上半分が轟音を立てながら、土煙を巻き上げ、瓦礫を落としながら、ずれて落ちていくというとんでもない光景が見えた。
施設の上半分が、下半分から完全に落ちるまで、数分を要した。その頃には砂嵐でも来ているのかと思うほど、辺りは砂塵によって視界が奪われていた。目をそのまま見開いている事が出来ず、視界も数メートル先までしか届いていないような状態だった。施設の上半分がずり落ちたのを確認したのは、施設の上半分が地面に落ちた轟音を訊いたからだった。
視界が悪い。やりすぎたか、とイザムは眉を潜めた。
が、見えている人間がいる。
「ジェネシス幹部格発見」
琴が二人に告げる。金髪頭に右目のタトゥー、という特徴を菜奈に告げると、菜奈が応えた。
「イザムだ。ジェネシス幹部格の中でもセツナに次ぐ高い戦闘力を持ってる。超能力は『切断』。とにかく何でもぶった切る超能力。……気を付けないと、やられる」
逃げる、という選択肢は取れなかった。敷地を仕切る外壁は高さがあり、乗り越えるのは難しい。出口はあり、入る時もそこから容易く侵入したのだが、今、イザムが入口の目の前に立っているのが琴には見えている。
(他には見えないわね……。イザム……一人で来たみたい。施設をいきなりぶった切ったって事は、私達の侵入に気付いてるって事か……。私は今回ばかりは役に立ちそうにないわね。……面倒)
琴が砂塵のせいで姿が見えないイザムを千里眼ごしに睨む。