8.後天的超能力―12
香宮霧絵は欲深い。最初の目的は単純な力への渇望だった。力が欲しい。
ジェネシスに入ったのは所謂裏の世界からだった。見た目によらず香宮霧絵はそういう人間だった。転校を繰り返した。問題を起こす事も、問題を起こした自分を見る目も、慣れていた。
だが、場所は選んだ。学校は嫌いだった。
香宮霧絵が借金を負ったのはその時関わっていた男が『飛んで』からだった。最悪だ、と呟くと同時に香宮霧絵は逃走のみを考えた。何があろうと過ごしていた学校も辞める決心が出来た。香宮霧絵もそっちの人間に本気で脅されれば怯えるし、勝ち目がない事を理解している。
国内にはいられない。そう思って外に逃げる事にした。
だが、相手は香宮霧絵程度の娘を捕まえる事に、難しさを感じていなかった。面倒な人間ばかりを相手にする世界にいる人間達だ。香宮霧絵程度のちょっと悪ふざけが過ぎた小娘が、本物から逃げる事が出来るはずがなかった。
結果、捕まった。怯えた。強がりも出来るはずがなかった。
だから、示された道に逃げるしかなかった。
運が良かったと言えば結果、良かったのかもしれない。ジェネシスに入ってそれなりの立場を得たのだから。
だが、当時は最悪だった。聞かされたのは人体実験。そんなモノが本当にあるのか、と耳を疑ったし、何かの隠語で保険金でもかけられて殺されると思っていた。
だが、違った。
上には上がいる。そして知った。
今、日本を牛耳っているのはジェネシスなのだ、と。
抗争だのなんだのと、全て結果も決まっているのだと今の本当の現実を知った。
そして、香宮霧絵は力を欲する様になった。
ジェネシスに入って数年が経過した。香宮霧絵は人工超能力を自身の限界まで手に入れていた。暴走もなければ拒絶反応も出ない。自分には人工超能力が合っていると思っていた。
だが、やはり、上には上がいる。
限界を超えた限界を持つ人間がいる。
超能力が当たり前の世界に入って結局、まだ彼女は数年、NPCとジェネシスの関係以外にも派閥があったり、一族として括られる超能力家族がいたり、とその事実までは把握出来ていなかった。
それらを知った時、自身の限界を感じた。最強には成れない。知っていたようで、今更認知した事実だった。
そんな中、郁坂恭介の存在を知る。超能力を奪い、超能力者を無能力者、つまりは一般人に戻してしまう強奪という特殊な超能力を持った敵。
当然、香宮霧絵は一般人に戻る事を恐れる。超能力を失ってしまったら、金と引き換えにここに来た自分はどうなってしまうのか、と。それに、今更力を失うのは単純に怖かった。
どうするか、考えた。暫くすると天然超能力者達が支部に立たなくなった。生産性の良い人工超能力者が郁坂恭介対策に表に立たされるようになった。
香宮霧絵もそうなる予定だった。
だが、若さを利用する事を思いついた。
売られたその日からもまだ、学校に籍を置いていた事が保証になった。
香宮霧絵は郁坂恭介に近づき、外堀を埋めつつ情報を探る事になった。郁坂恭介がどれだけ超能力を持とうが、所詮は情を持つ表の人間。弱点は心を揺さぶればいくらでも出てくる。
結果、長谷琴が恋人に一番近い立場にいると知り、そして、親友の増田典明を『自身の超能力を使って』ジェネシスに引き入れた。
思い違いはなかった。幼馴染の春風桃が脅しには一番使えると思ったが、そうでなかったという小さな修正可能な計算ミス以外には問題はなかった。
これさえ成功すれば、ミスをしなければ、香宮霧絵は神威業火に目を付けてもらえると思った。思っていた。神威業火に目を付けてもらいさえすれば、捨てられる事はない。そう思い込んでいた。
実際、人工超能力を失った人間の復帰は、現在では難しかった。薬品としての人工超能力を投与するまでは良い。だが、どうしてなのか、許容限界まで既に得てしまっていた人間は、その許容を既に埋めているためなのか、新たに人工超能力を得る事が出来ない。つまり、無能力者のままになるのだった。
その事実は香宮霧絵も把握している。自分が人工超能力を許容量の限界まで得ているのも理解している。
つまり、奪われれば最後。だが、今彼女が立っているのは、郁坂恭介の傍である。海外に出ている郁坂恭介には彼を狙っているイザムでさえも手を出していない中、彼の彼女長谷琴を狙っているのだ。そうと言える。
奪われるか、殺すか。
当然殺す方を狙う。彼さえ殺してしまえば超能力を奪われることはない。強奪の存在は彼しか今の所報告されていない。もし他に存在し、活動していればその存在は貴重過ぎるあまり世界中にすぐに広がるのだから、間違いはない。
賭けだった。だが、勝つ自信はあった。精神的ダメージをよく理解している彼女は、イザムのような力技では郁坂恭介には勝てないと分かっていたからこそ、自分で一番可能性のある動き方を選んで積極的に進んでいた。
郁坂恭介が帰ってくる時期も分かっている。後約二ヶ月。
(それまでに下準備を終わらせて、帰ってきたばかりの郁坂恭介を殺し、すぐにでも不安材料を取り除く)
「でも、」
イニスの言葉の頭を訊いた瞬間に、香宮霧絵は目を見開いた。まさか、否定的な言葉が一つでも出てこようとは、と一瞬にして苛立った。
「郁坂恭介は既に父親を失っている。それに、雷神とやらもイザムに殺された。友人だっただろう、確か。今更、失うことを恐れるのかな」
単純な言葉だった。訊いて、そんな事か、と香宮霧絵は苛立ちを放り投げた。
「大丈夫です。表の人間の、それもあんなモテない男の恋愛は無駄に重いですから」
言って、香宮霧絵は笑った。言葉には意味があまり込められていなかった。
47
八月頭。琴達は最後の夏休みを過ごしていた。当然、NPCの方も忙しく、ただ遊び回っているわけにはいかなかったが。
日本各地でジェネシス幹部格によるNPC支部への襲撃の報告が上がっていた。対処して何とか退けた支部もあったが、圧倒的に壊滅に追いやられた支部の方が多かった。
海塚もその問題には頭を抱えていた。各支部での対処しか期待はできない。ジェネシス幹部格がどこに出現するかなんて分かりはしないのだから。
大きな問題だった。だが、期待もあった。当然、郁坂恭介の期間まで一ヶ月を切った事。メイリア・アーキの下での修業だ。成果は期待出来る。
ともかく、郁坂恭介の帰還は、ジェネシスをも動かしてしまう事になるだろう。だが、その方がやりやすい。
囮、と言い切るのは無粋だが、相手の動きも一か所に集中させた方がこちらの動きも楽になる。
「動いた……」
相手の動きを一か所に集中させる。大げさに良く言ってしまえばそれは、相手の動きを制する事。
三島幸平は渋谷駅前の人混みに紛れてインカム越しにそう呟いた。
『了解。私は二メートル程後ろでついてる』
インカムから四十万美緒の声が聞こえてくる。
近藤蜜柑の姿を追っている増田典明達三名を、二人は追っていた。
渋谷の駅前はいつの時間も混んでいるな、と増田は思っていた。人混みに紛れて蜜柑が自分達に気付いていないのは好都合だったが、これでは自分達につく敵の姿が確認できない。ただでさえ、見つけづらい相手がいる可能性が高いのだ。好ましい状況ではなかった。
だが、蜜柑を見つけただけでも十二分な収穫だった。
もう、捕まえる覚悟は出来ていた。
人を捕まえるのは容易い。それが無理矢理でよいというなら尚更。何せ、香宮霧絵がいるのだから。