1.言い忘れ―8
入った先は六畳程の広さの相変わらず白い部屋。中には同化するかのようなデザインの机と、椅子が二つ。人影はない。
恭介は部屋入ってすぐの椅子に腰掛け、右掌を見るように、右腕を机の上に置いた。
何をしにきたか。当然、超能力の練習。
恭介の超能力『強奪』は特殊な超能力だ。複数の超能力を保持する事の出来る、数少ない重複超能力である。そして、超能力を『奪ってよい』超能力者がいなければ、その強奪自体を使う機会が訪れない。故に、恭介は今、雷撃の練習に励む。
掌に、電撃を宿す。空気が炸裂するバチバチとした音が鳴り響く。手に青白い蛇が貼っている様だ。素早すぎる、閃光の蛇。自在に出す事は出来る。やろうと思えば、身体のどこにでも電撃を出す事が出来る気がした。事実、出来た。が、どうしても規模が小さい。
静電気、とまでは言わないが、とてもじゃないが、受けた相手が怯むとは思えない程度の電撃。音は確かに威嚇しているかのようだが、実際、触れてみての威力は大した事ないだろう。
「それにしても不思議だわな。絶縁とかどーなってんだろ。これ、俺も感電するよな、普通……」
恭介は自身の、稲妻が走る右掌に視線を落として、呟く。
超能力は科学にならない。存在するからには当然、それを解明しようとする人間も出てきた。かつてはいた。いや、今も少なからずいる。が、科学ではないのだ。どうしようもないのだ。恭介が思ったように、自身に対する安全装置がないというのに、感電はしないし、それどころか、思うだけで何らかの力が働いて、電撃が発動する。理解は出来るが、照明は出来ない代物だ。人によっては、この超能力は、魔法だ、という者もいる。それほどに、不可解なモノなのだ。
恭介はひたすら、電撃の練習をする。発動させては止め、発動させて継続させ、と様々な実験めいたそれを熟す。電撃で分かっている事は少ない。そもそも、分かる必要がある事が少ない。電撃の出せる規模くらいなモノだ。
が、強奪は違う。対象に『触れて』、『五秒間』経過しないと、対象の能力を奪う事が出来ない。こちらを優先して慣れさせ、少しでもその『時間』や、『範囲』を成長させたいものなのだが。
ともかく、恭介はバチバチとし続ける。
1
翌日、また昨日と同様、学校が終わった恭介は鍛錬に励んだ。その翌日も、また、翌日も、そのまた翌日も、ずっと、雷撃の鍛錬に励んだ。結果、雷撃の威力は、そこそこまでに上がった。が、まだ、殺傷能力があるか、ないか、と言われればない程度のモノだが。相手を怯ますくらいには成長した。
が、超能力以外にも、まだ、戦うためには育てなければいけないステータスというモノがある。
それが――体術。
ただの高校生、郁坂恭介が訓練を積んだ相手と戦うには、どうしても体術が必要になる。当然だ。そもそも、今の恭介には相手を制するだけの超能力はない。
「お前らお楽しみの転校生だぞー」
と、朝一番の担任の声。その声に、会場は沸いた。がやがやと喧騒が出来上がり、騒がしい空間にあっと言う間に変貌する。朝の気ダルさは、ほとんどの生徒が吹き飛ばした。
男なのか、女なのか、とマズ疑問が上がっている。
「じゃあ長谷さん、入ってきてくれ」
担任がそう言うと、場の人間は、女か、と疑った。
担任の声に導かれて教室の前の扉を開けて入ってきた細い影は、
「あ、ほら。あの子。この前言ってたの!!」
蜜柑がいつものメンバーの中で、囁くように、だが、力強い声で言った。
モデルのような綺麗な細さを誇る身体のライン。歩き方もどこかキマっている。身長は間違いなく、このクラスの女子の中で一番高く、恭介よりも少し小さい程度である。顔立ちも良く、胸は残念ながら余りないように見えるが、色気はある。所謂所のギャル、のような髪が印象的だが、汚さ、というモノはない。むしろ清楚な雰囲気も感じ取れた。
長谷と呼ばれたその女子は教壇に立つと、一礼した後、自己紹介を始めた。
「長谷琴です。始めての土地でわからない事も多いですが、よろしくお願いします」
そう言って彼女が微笑むと、野郎共が絵になる程度に騒ぎ出したのは言うまでもない。
――が、騒ぎに便乗しない不健全な男子生徒が一人、いた。言うまでもない、郁坂恭介である。彼だけは、肘を付いてボケっと外を眺めている。
周りが特別恭介を気にする事はない。周りが周りで勝手に盛り上がっている、という事もあるが、そうではない。
皆も知る事実。郁坂恭介は『ギャル』という範疇に入る人間は、例え見た目はそうでなくとも、例え中身がそうでなくとも、苦手、と認識するのだ。してしまうのだ。過去にトラウマがあったというわけでもなく、単純な好みの問題である。
つまり、彼は教壇に立つ高校生の範疇を越えた美女に、興味を持っていない。
が、教壇に立つ長谷琴は、そうではない。彼女はごまかしつつも、視線を彼に向けていた。
(彼が恭介君ね)
認識していた。
琴は担任に指示された蜜柑の隣りの席に腰を落ち着かせた。朝来た時点で開いた新たな席が用意されていたのだ。全員が心の隅でそれを認識していたが、転校生だとは思っていなかった。そんなモノだ。日常なんて。
蜜柑がよろしくねーなんて挨拶をする。絶賛興奮中の典明も蜜柑を超えて便乗の挨拶をする。桃も気兼ねなく挨拶をした。が、琴から見て左に二つ、前に一つ、という微妙な席の離れ方をした恭介は関わらず。他の野郎共の様に率先して挨拶する事もなかった。
放課後まで、琴が解放される時間はなかった。容姿もあるだろうが、中身もある、そして、転校生である。部活動の勧誘や、日常の話、転校前の話を新たなクラスメイトから散々聞き出され、聞かされたのだ。
恭介は結局、琴とは一回も話す事なく、桃とNPCの本部へと向かった。
今日はどうしてから、エレナに指示され、会議室へと向かう事になった二人。桃は大して気にしていなかったが、普段と違う様子に恭介は少しばかり動揺した。
会議室に向かうと、そこには流、そして、あの炎人間がいた。
「千里眼、来たらしいっすね」
「おぉ、そうそう。来たんだよ。千里眼」
そんな会話が聞こえてきていた。流と炎人間飯塚学は部屋に進入してきた恭介と桃に気づくと、おぉ、と声を上げて挨拶した。
適当な会話があり、それぞれが席に着くと、流から話が始まった。
「恭介、桃ちゃん。明日、明後日、休みだよね?」
確認。二人は頷く。明日は土曜、麻っては日曜だ。
「と、いうわけで早速だけど、日曜日、任務についてもらおうかなって」
飯塚が言う。
恭介は、この前、炎の塊となって突っ込んできた、いや、墜落してきた飯塚が流と並ぶ様にして立つその位置に違和感を感じていた。実際、触れたモノまで炎へと変えてしまう程に慣れた超能力を持つ飯塚はそれなりの地位をこのNPC内部で確率している凄腕なのだが、初対面のあの場面が悪かった。
そもそも、炎化した時点で、そして、戻った時点で衣服を身にまとっているのはおかしい。事実、その超能力が発現した当時は、衣服どころか髪まで燃えてなくなり、肌も焼けただれるという恐ろしい事件めいた事があったのだが、今、ここまで超能力を成長させたのだ。飯塚は幹部格と言ってもいいほどである。
「任務、ですか」
桃が複雑そうに言う。
桃は任務経験がある。そんな彼女の心配は、恭介以外にない。
「何か不満かな? 桃ちゃん?」
彼女の機嫌を伺う様に、流が聞くと、桃は素直に答える。
「きょうちゃんには、まだ早い気がします。戦闘経験どころか、戦闘訓練もやってないし……」
「そう。それについてなんだけど」
飯塚が割って入る。
恭介が疑問の視線を向けると、飯塚は一度の咳払いの後、答えた。
「今、ここに『千里眼』が来てる」
「千里眼?」
恭介が何だそれは、と言った具合に首を傾げる。隣りの桃もその存在は知らないようで、不思議そうな表情を浮かべていた。