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碧い閃光  作者: あぱた
3/4

第二話『銀髪の剣士』

 村を出たリードは道なりに歩いていた。

 村の横にある森にはない木々や草などに目を奪われながらリードは笑顔で歩く。空には雲一つなく、太陽光が道を歩くリードにさんさんと照りつける。

 道の横に大きな木を見つけ、リードはその木陰で休憩すろことにした。自分の横に背負っていたバッグを置き、木にもたれかかるようにして座る。

「村の外って、思ったよりすごくきれいな場所なんだな。隕獣いんじゅうがいるくらいだからものすごい荒れたところなんだと思ってたんだけど」

 両手を頭上で組んで天に向かって大きく伸ばす。さらに一つ欠伸をしてリードは木にもたれかかったまま目を閉じた。

 さわさわと上から木の葉が風に揺られて擦られる音がし、木漏れ日が瞼を閉じた瞳に少しばかりの光を感じる。

「?」

 しかし、頭の上から聞こえてくる木の葉の音以外に何かが聞こえた気がした。そう、何か大きな獣が唸るような、そんな音が。

 リードは目を開けて立ち上がり、辺り目を配る。

 と、他の近くの木の陰から一匹の獣が姿を現した。その姿は一見ただの犬。しかし、体全体が紫色で眼が黄色く、その体リードと同じくらいの大きさでなければ、だが。

「隕獣かっ!」

 反射的にリードは横へ跳んだ。

「グオォォォォォッ!」

 次の瞬間、ついさっきまでリードがいたところに隕獣が飛び込んできた。

「うわっ」

 何とか避けたリードは袋から収束器デバイスを取り出し、ワードを唱える。

「顕現」

 リードの手の中に一振りの剣が現れ、しっかりとそれを握り締めて隕獣に切っ先を向ける。隕獣が一声唸り、再び飛び掛かってくるがリードは天高く跳び、これを回避した。着地と同時に後ろを振り向き、今度は隕獣目掛けて跳び上がる。そして、その紫色の背中目掛けて一気に振り下ろした。

「砕破断!」

 振り下ろした剣の通りに赤い線が入り、体を左右に分けて隕獣は倒れた。

 しばらくして隕獣の体は風化し、風に流された粒子が散っていく。

「はぁ、はぁ……これが隕獣か……」

 息を整えながら剣を元の収束器に戻し、風に吹かれて消えていく紫色の亡骸を見つめる。

「でも、思ったほどじゃなかったな。この辺りのは弱いのか?」

 元の木まで戻りバッグを拾って中から水を取り出す。少し飲んで口を湿らして、弱かったとはいえ武術の心得がない者には厳しい世界なのだというのを改めて実感した。流石にここでは寝られないと判断し、バッグを肩に担ぐと再び道を下る。

 

 そしてそれから三度ほど犬のような隕獣と遭遇したが難なく撃退し、ようやく目的の町、コレッタに到着した。

「すげぇ……」

 到着早々、リードは口をあんぐりと開け、馬鹿みたいに町の入り口で立ち止まってしまう。

 何故かといえば、町中のいたるところを二本の鉄の線が平行に走り、それに沿うように車輪をつけた箱が走っていたからだ。少し離れたところにある洞窟にそれらが入っていき、逆に出てきた箱は中に大量の石の塊を載せてどこかへと走っていく。目で追ってみると石を載せた箱はいくつかに別れて大きな建物の中へと入っていている。ただ、どの建物にも共通するように上から巨大な煙突が立っており、そのどれもから猛烈に水蒸気を噴出していた。

 いつまでもあほみたいに入り口で突っ立ている余所者に気づいたのか、緑色のつなぎを着てヘルメットを被ったガタイのいい男がリードのところへやってきた。

「おい、そこの坊主。鉱山の町に来るのは初めてか?」

「え?」

 突然した低く大きな声で我に返りリードははっとする。そして目の前に巨大な緑があることに気づき、びっくりしてそのまま後ろへと転んでしまう。

「うわっ」

「おいおい、人を見てうわっ、はねぇだろ坊主」

 苦笑するような声にリードが顔を上げると大きな男が笑ってこっちに手を差し伸べている。

 ありがたくリードはその手を取り、立ち上がらせてもらうととりあえず謝罪した。

「すいません、気がついたら目の前に緑の壁があったから……」

「なに、気にしちゃいないさ。ところで坊主はここに何しに来たんだ? ここには鉱山で働くようなモン以外、来る理由のないところなんだが」

「ここより上にあるクレーナ村から来たんです。ちょっと首都まで行く用事があって、それでここへは途中にあるから寄らせてもらったんです」

 それを聞くと男はびっくりしたように目を丸くした。

「じゃあ坊主は一人でここまで来たのか!? 俺はてっきり郵送馬車の者かと思ってたんだが……。坊主、おまえの名前は?」

「リード・ストライフです」

「俺はオーク・ドムレスだ。まあ立ち話もなんだし、とりあえず俺の、というか俺たちの家に来い。今俺もちょうど休憩時間だったからな」

「あ、はい」

 なんだか勝手に流されている気がしないでもないが何故かそう咄嗟に答えてしまった。それを見てオークはニッと笑うと歩き出し、リードもそれについていく。

 ただ、この鉱山の町というのはなかなかに危険なものだった。たくさんの箱が辺りをびゅんびゅんと走り回り、リードは何度も轢かれそうになってしまったのだ。その度にオークがリードを引っ張り安全圏へと移動させていなければ彼は今頃大怪我をしていただろう。

 リードは五度目の『轢かれそう』になり、オークにフードを引っ張られてなんとか箱を回避させてもらう。

「すいません……」

「いいってことよ。こんな町じゃなけりゃトロッコなんて走ってないだろうしな」

「トロッコ……?」

「あのさっきから走り回っているあの箱のことだ」

 オークはあごをしゃくって目の前を走っている箱を示した。

「鉱山の中で採掘された鉱石をトロッコに積んで、あの大きな煙突が立ってる精製所へと持っていくんだ。そこで積んでた荷物を降ろして、採掘所に戻っていく。こうすることで楽に、しかも早く精製所へと持って行けるんだ」

「へぇ……」

「すごいだろ。まあ、たまにトロッコに轢かれて全治三ヶ月の怪我をする奴もいるがな」

「……」

 リードは改めて思った。トロッコは危険なものなのだと。

 そうしてなんとかオークに助けてもらいながら彼の言う『家』へと到着した。

「おお、おかえりオーク!」

 中に入るなりそんな声が飛んできた。体格のいいオークの後ろにいたリードは中の様子が見えず体を少し横にずらした。中ではオークと同じくらいにガタイのいい男たちが数人おり、それぞれが酒を飲んだりトランプをしたりと、かなり楽しんでいるように見える。奥のほうに階段があり、その上にいくつかのつなぎが無造作に脱ぎ捨てられている。と、トランプをしていた坊主頭の男がオークを振り返り、その横から飛び出している小さな少年に気がついた。

「オーク、そっちの小僧は何だ? まさか隠し子か?」

 その言葉にそこにいた全員が振り返りオーク、そしてその横の子供を見る。

 ニヤニヤしながら言う坊主頭をオークは鼻で笑い飛ばす。

「なわけあるか。さっき町の入り口で突っ立てたんだよ。何でも、国王のお膝元まで用事があるんだとさ」

「王都ザリアスまでか? そらご苦労なこったなあ」

 酒を飲んでいた男が驚きながら歩いてくると、持っていたコップをリードに差し出した。むわっと漂ってくる酒特有の臭いにリードは少し顔をしかめた。

「飲むか? つか飲むよな? つーか飲め、ほらグイッと」

「ばーか、なに未成年に酒飲まそうとしてんだテメーは」

 言いながらオークはそのコップを奪い取り自分が飲んだ。

「酒は心の栄養剤だろ?」

「リードにはまだ劇薬だ」

 オークはそう言ってリードを連れてそこらにあるテーブルに向かい、適当に椅子に腰掛けた。その回りにさっきまでトランプをやっていた男達も寄ってくる。

「なあ坊主、おまえさんここまでやってくる間に隕獣と遭遇したか? 俺達全員、ここまで来るのに護送馬車に乗ってきたから隕獣を見たことがねえんだよ。遭遇したときは俺達が中にいる間に護衛の人達が倒してくれたからさ」

「そうなんですか。はい遭遇しましたよ。でも、思ったほど強くなかったですけど」

「そうなのか? そりゃ、坊主は相当な実力者なわけだ」

「いや、そんなことは……」

 それから男達に質問攻めに会い、話すこと二十分、リードは重要なことを思い出した。

「あの、オークさん」

「何だ?」

「ここって、どこに店があるんですか? 買っておかないといけないものがあるんですけど」

「この家だ。店、酒場、食事処、宿、全てをここでやっているんだ。どうした、何か必要なものでもあったのか?」

「はい、地図が欲しいんです。今持っているのがクレーナ村の付近しか載っていないものだから、首都に行くまでに使えないから」

 ふむ、とオークは頷きカウンターの奥へ行くとなにやらごそごそと漁り始め、しばらくしてから戻ってきた。

「これでいいか?」

 そう言って見せてきたのは少し黄ばみ、所々破けた古ぼけた紙の筒だった。広げてみると、このレストリア王国の全土、そして町や村が記載されている。

「いいんですか? なんだか、とっても年季の入ったものみたいですけど……」

「ああ、どうせここで働くモンには必要ないしな。金も要らん。リードみたいな坊主から金を巻き上げなきゃならんほど困ってない」

「ありがとうございます、オークさん、それに皆さんも」

 深々とリードが頭を下げるとオーク達は楽しそうに笑っていた。

 いつまでもコレッタにいるわけにもいかず、リードはそろそろ行くと言い、オーク達に見送られコレッタを後にした。

 また来いよー、いつでも酒飲ましてやるからなー、などと叫んでいるのを背に受けながらリードは町の横にあるダヴィール坑道へと侵入した。この坑道を通ったほうが王都ザリアスへの近道になると、オーク達から聞いたからだ。

 中の空気はひんやりとしていてどことなく澄んでいる気がする。坑道は狭い空間だから空気が濁っているイメージがあったのだが、それはただの勘違いだったようだ。

 去り際に受け取ったランタンの明かりを頼りにリードは中を進んでいく。

「確か、最初にある十字路を右に曲がって、それからまっすぐって言ってたよな」

 どうやらこの坑道には隕獣は出現しないらしい。リードは楽々進んでいき、いくつか横道にそれる通路があったが全て無視して進んでいると、ようやく十字路に辿り着いた。十字路を右、と頭の中で繰り返し、右へ曲がろうとした時、


 グオォォォォォ


「ッ!?」

 左のほうから聞こえてきた腹の底に響くような、しかしそれでいてどこか心がすっきりとする重低音にリードははっと振り返った。しかし、ランタンを掲げてもその先はただの暗闇しか見えない。

「……」

 気にはなったが、そんな好奇心よりも行ってはならないという本能がそちらへ足を動かすことを拒んでいた。しばらく十字路で立ち止まっていたが、本能に従いやはり右への道を選ぶ。

 先ほどの未知の感覚に混乱しながらもリードは暗闇の中をランタン一つを頼りに歩いていると、出口らしき光が見えてきた。ダッと駆け出し一気に闇を駆け抜ける。

 そこはやはり出口で、外に出た途端に襲い掛かってくる太陽光に目を細くする。少しして目が辺りの光量に慣れてきてリードが辺りを見渡すと、正面のほうに小さな町が見えた。

「あれがケニー……、ッ!?」

 その時、真横から何かが急接近してくるのを感じ、リードは真正面に飛び込んだ。

 直後、彼の後ろを大きな何かが通り過ぎる。急いで体勢を立て直してリードが後ろを振り返ると、そこには全長十五メートルはあろうかという巨大な紫色の蛇がいた。大蛇は横に避けた小さな獲物を睨みつけ、二メートル近くある大きな双牙を剥いて彼を威嚇する。

「こいつ……レヴィナスか!?」

 隕獣には基本的に名前がない。だが、時折名前をつけられる隕獣もいる。

 名前をつけられる隕獣はかなり強いものが多い。今まで多くの人間を殺してきたものに与えられ、そのほとんどは近くの村によって懸賞金がかけられており、その強さに応じてランクが分けられ賞金の額が変わる。その賞金首を倒すためにギルドというものが作られ、多くの村や町に存在し、賞金首の体の一部を持ってギルドへ行き、それを倒したと判断してもらえば賞金をもらえるという仕組みだ。

 クレーナ村は比較的平和だったためにギルドというものはなかったが、それでも強い隕獣の噂くらいは流れてくる。

(レヴィナスっていったらこの辺りの主でランクはBだったよな……。百パーセント無理だ)

 勝ち目がないとリードはすぐに判断し、レヴィナスと視線を合わせながらじりじりとケニーのほうへ移動していく。そこで、レヴィナスは再びリードに突進してきたがリードはそれをかろうじて横に飛んで避け、レヴィナスがその勢いを殺せずに進み続けている間にダッと走った。そして近場の木に身を隠しリードは陰から少し顔を出して様子を窺う。

 止まったレヴィナスは辺りを鎌首をもたげ、辺りをキョロキョロと見回していたが獲物の姿が見つからず、諦めたのかそのままどこかへ去っていった。

 レヴィナスの姿が完全に見えなくなるとリードはふうっとため息をついた。

(あー、マジで死ぬかと思った……)

 あんなのを倒せる奴いるのかよ、とリードはぼやきながら周囲を警戒しつつケニーへと向かう。


 途中何度かウサギが額に一本の角を生やしたようなのやらやたらゴツゴツした皮膚をもったトカゲのような隕獣と戦ったが、なんとか撃破した。一度かなり危険な状態になったが、クレーナ村の雑貨屋で買った炎石えんせきも投げつけて隕獣を爆破し、倒した後にバッグに詰めておいたセージという薬草を食べて傷を治した。

 そうしながら進むうちに、ようやく橋上の町ケニーの入り口へと辿り着いた。

「やっと着いた……」

 ケニーはローサス川という大きな川の上に掛けられている巨大な橋の上にある橋上都市である。川の向こう側に渡るにはこの町を通過するしかないのだが、隕獣を恐れているためか夜になるとこの町は門を閉じ人の出入りを禁じるので日が落ちている間は我慢するしかない。

 すでに日は傾いており、リードはギリギリで町に入ることができた。

「危ねー、もうちょい遅かったら閉め出されてたな」

 ホッと胸を撫で下ろしたリードは宿に向かい、そこで部屋の予約をするとすぐさまベッドに倒れこんだ。隕獣を相手にしながら一人で旅をしていたのだから体も心も疲労している。

 食事のときには呼んでもらうようリードは宿の人に言い、そのまますぐに眠りこけた。


 夢を見た。誰かが自分を見ながら叫んでいる。誰かは分からない。だがその人ははっきりとこちらを指差して怯えたように後ずさっている。だがリードはそんな彼を冷たい目で見下ろしながら収束器を剣の形にして大きく振りかぶる。

 横から誰かが飛び出してきて止めようとしているのが視界に映った。しかし、リードはそちらを見向きもせず怯えているその人物目掛けて剣を振り下ろし……


「うわああっ!!」

 リードは大声を上げながら飛び起きた。

 荒くなっている呼吸を整えながらリードは自分の両の手をじっと見つめる。

「なんだか嫌な夢を見たような気がしたんだけど……何だったっけ……?」

 とそこで扉を控えめにノックする音がしたかと思うと宿の人が静かに入ってきた。

「ストライフ様、食事の時間ですのでお呼びに来ましたが……」

「あ、はい。今いきます」

 リードは頷いて下がらせ、

「腹減ったな……」

 そのまますぐに部屋を出て食堂へと向かった。

 どうやらここの食事はバイキング形式らしいが、食堂の中はあまり広くはなかった。宿の大きさから考えて妥当だろうが中にはリード以外の客は九人しかいない。そのうちの三人の男は悪そうな顔を突き合わせてテーブルに着き下品な笑い声を上げて食べている。どうやら酒を飲んでいるのか酔っ払っているようだ。

 別のテーブルでは気の弱そうな一人は黙々と手と口を動かしている。そのまた別のテーブルでは二人組みの女性が、その横のテーブルでカップルらしい若者が食事を取りながら迷惑そうに三人のほうをちらちら見ながら食べていて、最後の一人は一番端のテーブルに腰をおろして先の一人と同じように黙々と食事を進めていた。クールな雰囲気を回りに振りまいている彼は男のリードから見ても格好良く、何より彼の銀色の髪が目立っていた。宿の者も含めてカップル以外の女性陣は先程から何度も彼のほうへ視線を向けている。

 リードはうるさい三人組に顔をしかめながら食事を取りに行き必要な量だけ皿に盛ると辺りを見回し、空いたテーブルが無いようなのでしかたなく二人の女性と同じテーブルへと向かう。頼むと彼女達はあっさりと許してくれた。他の席に座りづらいことを理解してくれたようだ。

「いただきます」

 掌を合わせて一礼しリードは皿に取り分けたチキンの焼いたものを口に入れる。

 うまい。リードが素直にそう思いもぐもぐと口を動かしていると、

「おい、おまえ!」

 ドンッとテーブルを叩いて三人のうちの一人が立ち上がった。叩かれた衝撃でテーブルの上の皿が跳ね、料理がテーブルの上にこぼれる。

「ん?」

 リードが声のしたほうを見ると、例の三人が黙って食べていた気の弱そうな男を囲むようにして立っていた。食べていた男は怯えた様子で回りを囲んでいる三人に目を向ける。

「は、はい……何ですか……?」

「何ですかじゃねえよぉ、さっきからこっちをちらちらちらちら、何か文句でもあんのかぁ?」

「い、いえ、そんなことは……」

「じゃあさっきから何なんだよ、ぁあ!?」

 ダンッとテーブルを叩かれ男は肩をびくりと振るわせる。辺りがざわつく中、酔っ払い達は気づいた様子もなく男に絡む。と、酔っ払いの一人が男の飲んでいた水を掴み、

「おっとっと、手が滑っちまったぁ」

 男の頭に浴びせかけた。びちゃびちゃになった男は俯いて震え、それを見て三人は腹を抱えて爆笑し、回りの者たちは困ったようにそれを見ながらもしかし巻き込まれまいとそ知らぬふりをしている。

(やりすぎだ……)

 最初はリードも関わる気はなかったが、流石に三人の横暴に怒りを覚えたリードは立ち上がろうとする。だがそれよりも早く、どこからかコップが飛来してその酔っ払いの頭にぶつかり、中に入っていた水が彼の頭にかかった。

「……」

 頭から滴を垂らしながらコップが飛んできた方向にギョロリと目を向ける男。その先にあるのは一番端っこのテーブル。そのテーブルで銀髪の男が一人、黙々と食事をしている。その様子が彼らの神経を逆撫でしたのか、酔っ払い達は大声で怒鳴る。

「てめぇ、一体何のつもりだぁ!」

 銀髪の男はしばらく口を動かしていたが、

「手が滑った」

 それだけ言うと再び食事を再開する。

 ぶち殺す! と酔っ払い達は銀髪に殴りかかった。他の客や宿の者は小さく悲鳴をあげる。

「阿呆が……」

 銀髪の男は小さくため息をつくと同時に酔っ払い達が彼に殺到した。


 瞬殺だった。男達が酔っ払っていたという事実を考慮しても銀髪の男は強かった。酔っ払い達は宿の外へ放り出され、その荷物ごと捨てられた。

「すげぇ……」

 呆然としているリードの視線の先で銀髪の男は女性達に囲まれながら静かに水を飲んでいる。と、リードはその銀髪の男と一瞬目が合った気がしたが、よく見る間もなく男は立ち上がりそのまま無表情で食堂を出ていった。

 彼を囲んでいた女性達は些かがっかりしたようだったが、すぐに女性同士でわいわい盛り上がり始める。

 リードもしばらくすると食べ終わり食堂を後にして宿の外へと出た。来る途中で軽くなったバッグの中に道具を補充するために道具アイテムを買いに行くのだ。

 幸いなことに宿屋の向かいに雑貨屋らしき看板がぶら下がっているのが見えた。

「ん? あれって……」

 適当に無くなった道具を仕入れてリードは宿屋へと戻る途中、ボロボロになり縛り上げられたさっきの三人を警備の格好をした男性がどこかへと引きずっていっている。警備所に連れて行くのだろう、リードはなんとはなしにそれを眺めながら宿へと戻ろうとした。

 だが、宿に入る直前に建物の裏の方で何か音がした。ブンッ、ブンッと何か長細いものを振るう音だ。気になったリードはそのまま宿屋の裏手に回る。

「あ……」

 そして、そこで見た光景に思わず声が出た。

「はっ」

 月の光を浴びてきらめく度に空を切り裂く音がする。さっきの銀髪の男だ。手にした細い片刃の長剣をまるで見えない敵を斬るかのように振っている。一人の人間がそれを振り回している動きそのものが、まるで芸術であるかのように思わせるほどにその動きに無駄はなく、すばやかった。

 しばらくリードが呆然と眺めいていると、突然銀髪の男は手を止めリードを振り返り、彼をジロリと睨みつけた。

「何か用か?」

「あ、いえ。ただ音が聞こえてきたから何だろうと思って……。邪魔をしたならすいません」

 リードは素直に頭を下げる。銀髪の男はフンッ、と鼻で笑うとリードに背を向け、再び長剣を振り始める。まるでリードがそこにいないかのようなその態度に少しイラッとするも、どちらかというと鍛錬中を邪魔したリードが悪い。仕方なしにもう一度頭を下げ、今度こそ本当に宿に入り、買ってきたものをバッグに詰めると明日に備えてすぐにベッドにもぐった。やはり村を出るのが始めてのリードは疲れが溜まっていたらしい。まどろみの中に沈んでいき、今度は嫌な夢を見ることもなく眠りについた。


「お世話になりました」

 リードは宿屋のおばさんにぺこりと一礼をすると背を向けて外へ出た。

 空は快晴で雲ひとつなく、町を出るには丁度良い天気だろう。

「ジムタスまで結構あるな……。昨日の時間と距離からして……ざっと二日か」

 次に向かう商業の街、ジムタスまでずいぶん距離があり、一日で着くには無理がある。

 護送馬車なら半日で着く距離だが、不定期な上、なかなか目的地に向かうものがない。さらに結構な金が必要でリードにはそんなことに使うほど財布に余裕もない。

 野宿を覚悟し、ジムタスまでに必要になるであろう食料を買いに行く。

「すいません、その干し肉と乾燥野菜に果物、あと水を」

「はいよ。兄ちゃん一人旅? てことは武術の心得はあるんだよな」

「まあ、一応」

 袋に入れながら尋ねてくる店主にリードは頷く。

「そっかそっか。どっちに行くんだ? オルムの平野か? それともジェンナの草原?」

「えっと、地名は分からないですけど、これからジムタスへ向かうんです」

「そっちはジェンナの草原だな。そっちには空を飛ぶ隕獣が多いから気をつけな。はい二百ジェム」

「分かりました。ご親切にどうも」

 代金を支払ってそこを後にし、この町に入ってきた時とは逆の方向へと向かう。この町はローサス川にまたがっている造りになっているため入り口は二つしかない。ここへ立ち寄る人の多くはこの両方の入り口を通ることだろう。

 どこからともなく聞こえてくる轟々という水流の音に、今自分が巨大な川の上にいるのだと改めて思わされる。

 山の上の田舎村では考えられない状況に楽しさを覚えながらリードは町の入り口へと到着し、そこで見張りをしている門番に会釈をして外へと出た。

「うわぁ……」

 そこでみた光景に、リードは思わず感嘆の声をあげる。

 どこまでも広がる緑の平原と雲ひとつない青々とした空に浮かぶ小さく大きな太陽しかない光景。だが逆に、それだけが純粋に偉大に支配する世界は壮観なものだ。そこかしこから漂ってくる新鮮な草の香りにリードは思わず駆け出し、トン、と前方に飛び込んで受身を取るとその場で体を投げ出した。

「気持ちいいなぁ……」

 ミューリィやチビ達にも、こんなに暖かな場所があることを教えてやりたいななどと思いつつ空を見て、

「……、ん?」

 空を二つの点がぐるぐると動き回っていることに気がついた。と、不意にその内の一つが落下してきて、それが紫色をしているものだと気づくのにさほど時間は要さなかった。

「隕獣!」

 ばっと体を反動で起こして立ち上がると、すぐさまバックステップで後ろへと下がる。ついさっきまでリードが寝転がっていたところに巨大な影が一つ激突した。体長二メートルはある巨大な鳥の隕獣いんじゅうだった。翼を拡げれば全長六メートルには達するだろう。一気に急降下してきたために衝撃が抜けずうまく体勢を立て直せないでいるらしく、体をリードとは逆方向へと向け、僅かばかりではあるが右にかしいでいる。

 バッグを後ろへ放り投げ収束器を剣に変えて落下してきた隕獣へと向けた。

「先手必勝! 砕破……」

 リードは飛び上がりその巨大な頭へと剣を振り下ろす。だが、まだ上で旋回していた他の隕獣がリードに突撃し彼の体は吹き飛ばされた。

「ぐあ!」

 五メートル程吹き飛ばされ、そこからさらに四メートル転がってようやく止まったリードは慌てて立ち上がるが、右肩に激痛が走りその場に倒れてしまう。驚いて痛む箇所に目をやると、右の肩の付け根に直径四センチくらいの穴がぽっかりと空いてきた。暗い穴からどっと鮮血が溢れ、途端に体から力が抜け動けなくなる。

「嘘、だろ……」

 ドクドクと溢れ出てくる赤いものをリードの目は信じられず、ただそれを呆然と眺めていた。このまま血が出続ければ間違いなく彼は死ぬだろう。だが今まで一度もそんな経験をしたことがないリードは己の死というのを理解できない。

「俺が、死ぬ……? まだモルじいの手紙も届けてないんだぞ……」

 地面に這いつくばって動かないリードを見て、もう抵抗することができないと踏んだのだろう。二体の隕獣は空へと舞い上がり、動かない獲物へと上空から狙いを定めて迫る。

 リードは目を瞑ることもそらすこともできず、ただただそれらを見つめ続ける。

「死にたくない……」

 思わず出た言葉がそれだった。初めて感じた死への恐怖。だが、時すでに遅く、彼にはもうできることは何もなかった。

 死ぬ。確かにそう思ったその時、不意に背後から緑色をした何かが彼の上をよぎった。何なのか確かめる間もなくそれは隕獣の片方へと命中し、その体を容赦なく真っ二つに切り裂いていた。当たらなかったほうの隕獣は慌てて上空へと舞い逃げる。

「戦い方を知らんようなガキは外を出歩くな。出歩くならその前に下準備と、それ相応の覚悟を持っておけ」

「え……」

 後ろから聞こえた声にリードは思わず声をあげる。だが声の主はリードの返事を無視して側にしゃがみこむと彼の体に何かを無理やりねじ込んだ。

「食え。とりあえず止血にはなる」

 言われた通りにリードが口を動かすと、香草独特の香りが口の中に充満した。セージだ、と飲み込みながら理解する。

 肩の痛みが和らぎリードは上体を起こし、薬草をくれた声の主を初めて見た。太陽が逆光になっていて顔はよく見えないが、風になびく銀色の髪と、その手が握る細い片刃の長剣には見覚えがある。

 リードが口を開こうとする前に銀髪の男は彼の横を通り前へと出、その片刃の長剣を腰溜めにして構え、声とともに一気に振り抜いた。

「飛燕閃」

 斬撃の軌跡が緑色の刃となって飛び、空高く舞う怪鳥を胴辺りで切断する。

 落下してきた二つの塊は一度地面でバウンドし、そのまま動かず粒子と化していく。

「ここのもこの程度か」

 銀髪の男はそう呟くと長剣を収束器へと戻し、リードを振り返って腰の後ろに巻いてある小さなポーチから薬草を取り出すと、そのままリードに投げつけた。慌ててそれを受け止める。

「とりあえずそれを食え。こんなところで野垂れ死ぬ気か」

「あ、はい。ありがとうございます……」

 素直にそれを口へと運び、数度咀嚼して喉を通す。先の痛みが嘘のようにひき、肩を見ると服に穴が空いているだけで傷口はどこにも見当たらなかった。セージではない。セージならここまで傷を治すことはできないはずだ。

「それはミントだ。セージよりも回復効果が高い」

「ミント……」

 リードがぼうっとしている間に銀髪の男はリードのバッグを拾うと彼に放り投げた。バスッと彼の腹におとなしく収まる。

「おまえ、隕獣と戦うのは初めてじゃないんだろう? なのに何だ、あの無様な戦い方は」

 否定しようもない彼の言葉がリードの胸を深く抉る。リードは下唇を噛み、地面に揺れる草を握り締めた。

 もう一体いることが分かっていたにもかかわらず無防備に突進し、そこへカウンターを喰らってあえなくダウン。誰が見ても素人としか思えない戦い方だ。男は続ける。

「今からどこへ向かう」

「ジムタスです……」

「ジムタスか……。丁度いい、俺もそこへ向かう予定だったからな。そこまで同行してやろうか?」

 突然の申し出にリードは驚きばっと顔を上げると、男は無表情のまま頷いてみせる。

「ジムタスまではここから歩いてだいたい丸二日だ。それまでにおまえの剣の腕を見てやる。その代わり、おまえは俺の飯を作れ。いいな」

 食事など一人分作るも二人分作るも同じことだ。食料も念のために四日分ほど買っているから問題ないし、最悪そこらにある木々から実や葉を採取して食べればいい。元々孤児院で皆の食事を作ったり、森で遊んだりしていたリードにとって何の苦にもならないことだ。

 すぐさまリードは首を立てに振った。

「はい、よろしくお願いします」

「ああ。俺の名はクロム。おまえは?」

「リード・ストライフです」

「リードだな。覚えた」

 銀髪の男、クロムは小さく頷くと、小さく行くぞとだけ言って歩き出し、リードは立ち上がると慌てて後を追った。

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