第一話『旅立ち』
とある小高い丘の上に小さな村があった。
いつものように空には太陽が昇り、村には放牧された羊や山羊、牛などが自由気ままに歩き回り、その横で小さな子供達が仲良く笑い合いながら追いかけっこをしている。そんなほのぼのとした村中に男の怒声が響き渡った。
「コラァァァァ! こんのクソガキィィィィィィ!」
村の真ん中にある通りを碧い閃光がヒュンッ、と駆け抜けていく。通りにいた大人や子供、家畜達はなんとはなしそれを眺め、それから少し遅れて息を乱した金髪の初老の男性がやってきた。
「ぜぇ、ぜぇ……くそ、全然追いつけん……」
「ああ、やっぱりまたやられたの?」
膝に手をついて立ち止まった初老の男性に、近くにいた長い茶の髪が目を引く若い女性が苦笑しつつそう尋ねた。
「ぜぇ、ぜぇ……うむ、今日は鯵の干物が三匹だ……」
「素早さに自身がある分、試したくなるんでしょうね……。まあ大丈夫でしょ、またダガンに怒られてすぐ戻ってくるわよ」
「ううむ……」
男性は渋い顔をしながらも女性に言われたことに頷き、もと来た道をゆっくりと帰っていく。
その後姿を見送り、大人や子供、家畜達は再びそれぞれの動きを始めた。
「へへ、今日もうまくいったぜ」
右手に魚の干物を三つ掴んだ少年は楽しそうに笑いながら、碧い髪を風になびかせながら走っていた。
少年は村の真ん中にある通りを突っ切り、突き当たりにある回りにある民家より少しばかり大きな建物に向かって走っている。
「わははははは!疾風のごとき速さを誇る我に、盗れぬ物などなし!」
建物に入るなり碧髪の少年は干物を掲げてそう叫んだ。すると、奥のほうから幼いまだ幼い子供達が五人、わらわらと出てきて彼の回りに群がり、キラキラした瞳で彼と、彼の右手の中にある獲物を見つめる。
「流石リー兄、村一番の足は伊達じゃないね」
「さすがさすが!」
「かっこいいなぁ……」
子供達が褒め称えてくるのに対し少年がそうだろうそうだろうと鼻を高くしていると、彼の後ろにそっと影が忍び寄ってきた。それを見て子供達は口を止め、げっ、といった表情をになる。
「? どうしたんだ皆?」
「どうしたもこうしたもない」
後ろから声がしたと思った途端、彼の後頭部に鈍い痛みが走った。
「あだっ!」
痛みに顔をしかめ、左手で痛む箇所をさすりながら振り返る少年。そこには白くなった髪を首の後ろ辺りで束ね、あとは適当に放置した初老の男性が右拳固めて立っていた。彼を見てさらにしかめっ面になった少年に嘆息し、小さくうなだれる。
「まったくおまえは……。説教は後にする。とりあえず、その右手にある盗品を今すぐ返してきなさい。ちゃんと謝罪の言葉もつけてな」
有無を言わせぬその物言いに少年は口を尖らせつつ小さく頷いた。
「親父の石頭め……」
碧髪の少年はそう愚痴りながら、干物を右手に不満そうにクレーナ村を歩いていた。
彼の名前はリード。このレストリア国の北端に位置するクレーナ村の住人だ。山の上にあるクレーナ村はこれといった特別なものがあるわけでもない普通な田舎の村で、子供は親によく懐き、親も子供をしっかりと愛し、人も家畜も暢気に暮らしている。ただ、彼の場合は正確には親がいない。もっと詳しく言うならば肉親がいない。
もともと彼は孤児で、村の入り口で泣き叫んでいたところを孤児院の院長を勤めているさっきリードの頭を殴った男性、ダガン・マルサス拾われたのだ。まだ生まれて間もなかった彼はその時のことを覚えてはいないが、しっかりとそのことはダガンから聞いている。だが、彼が愛情を持って接してくれていることはきちんと理解しており、ダガンのことを親父と呼んでいる。
惑星セルガイアには三つの大きな大陸がある。そのうちの一つサーヴィン大陸、その東端にリードの住む村、クレーナ村を有したレストリア国が存在している。
巨大隕石が落ちたのはおよそ五百年前のこと。落下時の莫大なエネルギーによってセルガイアは多大な被害を受け、地表に住む多くの生き物が死滅してしまった。さらに、どうなっているのかセルガイアには異形の怪物、隕獣が姿を現し、人々はなんとか町や村には入ってこないようにすることには成功したものの、未だ外には隕獣達がうごめき自分の住む町村からは誰もあまり出ようとはしない。
ただ、隕獣に対抗する手段がないわけではない。人間の体内には『彪』と呼ばれる力が流れている。人によって個人差はあるが、その力は誰もが使えるもので隕獣とも戦うことのできる人間達にとって最大の武器、それが『彪』である。
「ちぇっ、いいじゃんか、干物の一匹や二匹……」
「三匹、でしょ」
不意に横からした声にリードは首を動かした。その先には茶色い髪を長く伸ばした女性がクスクスと笑っている。
「シェイラさん」
「またやらかしたんですってね。バースさん、怒ってたわよ」
女性はリードの横まで来ると、彼の頭を軽く小突いた。彼女の名前はシェイラ・ハートフィールド。歳は三十代後半辺りだろうか。クレーナ村の村長、モルヴ・ハートフィールドの義理の娘である。
「今回で何度目っだっけ?」
「十二連勝!」
「ほんと凄いけど……、毎回怒られてるのによく懲りないわね」
「まあ、弟達も喜んでくれるからつい……」
苦笑するリードを慈愛に満ちた微笑みで見つめながら、シェイラは自分の目線より上にある碧い髪を優しく撫でる。
「でも、悪いことは悪いことよ」
「分かってる、今からちゃんと返しにいくよ。親父にも殴られたし……」
ぼそっと愚痴る少年にシェイラはクスッと笑った。
「あ、そうそう、後で私の家に来てね。お義父様がリードに話があるらしいから」
「? わかった」
首をかしげつつとりあえず頷き、リードは食材屋へと赴く。散々怒鳴られ、殴りかかってくる店のおじさんのパンチをあざけるように全てかわして、彼はすたすたと食材屋を後にした。
「さて、とりあえずモルじいんとこに行くか」
先程来た道を戻るリード。時々すれ違う人や家畜達に手を振ったりしながら歩き、今度は空を眺めながら歩き始めた。空は真っ青で、点々とある白い雲が自分の存在を誇示しながらゆったりと流れって行く。
「なーに空見てあほな顔してんよ」
「え?」
突然正面から聞こえてきた棘のある言葉にリードは首を下ろして前を向く。いつの間にいたのか、呆れたような表情を浮かべながら少女が一人、短めの髪と同じ色の茶色い瞳を彼に向けながら片手を腰に当てて立っていた。
「ミューリィ!」
少女の名はミューリィ・ハートフィールド。この村の村長の孫娘であると同時にリードの幼馴染である。
なかなかに気が強く、昔から悪戯をするリードをよく叱っていた。あまり効果はなかったようだが……。ダガンや孤児院の兄弟達と同じ、もしくはそれ以上に親しいと言える程の存在だ。
「こんなとこで何やってんだ、ミューリィ」
「それはこっちのセリフ。リードこそこんなとこで何やってるの?」
「俺? 俺はモルじいに呼ばれて今からミューリィん家に行くとこだけど」
「お祖父様に? 何かしら」
リードは悪戯をしたことでわざわざ呼ばれたりはしない。呼んでも呼んでもきりがないからだ。
「さあなぁ。とりあえず行くには行かないと。ミューリィはどうする?」
「私も今はこれと言ってやることがあるわけでもないし、そうね。うん、私も行く」
ミューリィは頷き、リード横を歩きだした。
しばらくすると孤児院よりは小さいものの、他の民家よりは少し大きい家が見えてきた。屋根の上にある大きな木製の車輪がよく目立っている。
ミューリィの家だ。
「モルじいー、呼んだかー?」
「ただいまー」
中に入るなりリードは叫び、ミューリィは簡単に言う。
「おお、来たかリー坊。ミューリィもおかえり」
入ってすぐにある広間の真ん中で、頭頂部だけきれいに地肌を出し残りは全て真っ白な髪をした老人がずずっとお茶を啜っていた。その横には何故かダガンが座っている。
何事だといぶかしみながらも二人の前に行き、リードは床に尻をつけて楽な姿勢をとった。その横でミューリィは正座をして居住まいを正してダガンに挨拶をする。
「こんにちは、おじさん」
「こんにちは」
小さく頷くダガン。
「で? モルじいに呼ばれたって聞いてたんだけど、親父もいるって事は何か余程のことなのか?」
「うむ」
コトン、モルヴは湯飲みを自分の前に置き、真剣な顔でリードをまっすぐに見据えた。
「リー坊。おぬしに一つ頼みたいことがあるのじゃ」
「頼みたいこと?」
「うむ。実はじゃな」
モルヴは懐からおもむろに一通の手紙を取り出し、自分の前に置いた。
「これをレストリア王のもとに届けてほしいのじゃ」
「レストリア王に?」
モルヴの言っている言葉にリードは少々驚いた。レストリア王はクレーナ村から歩いて十日の王都ザリアスにいる。それはつまり隕獣のいる村の外へ出ろ、と言っているのと同じということだ。
「なんでわざわざ? 定期的に来る郵送馬車じゃ駄目なのか?」
「ああ。ものがものなだけに郵送馬車では他人に見られないとも限らないから不安でな。信の置ける村の者が持っていくべきなのだ」
今度はダガンだ。だが、その言葉に反応したのはリードだけではなかったらしく、ミューリィはおずおずとダガンと祖父の様子をうかがうように口を開いた。
「あの、そのレストリア王に届ける手紙にはいったい何が書かれているんですか?」
「すまんが、それは言えんのじゃ。これは町村の長とその町村を守護する者以外に教えるわけにはいかんことでな」
「わかった。けど、それでなんで俺なんだ? そんなに大事なものなら俺よりも誰か大人を行かすべきだと思うんだけど」
リードが首をかしげると、モルヴは再びお茶を啜りそれからリードを見てフッと優しい笑みを浮かべた。
「それはじゃな、この村の守護者であるダガンを除けば、おぬしがこの村で最も強い戦士だからじゃよ」
ダガン・マルサスはクレーナ村で剣を教えており、リードはそこの門弟でもある。他にも格闘術を教えているところもあるが、そういうほかの武術も全て含んだ中で、リードはダガンに次ぐ実力者なのだ。つまり実質的にこの村で二番目に強いということになる。ちなみにミューリィは格闘術を習っていて、リード程ではないにしろそこらの大人なら倒すことができる。
モルヴは続ける。
「知っての通り、村の外には隕獣がおる。だが、普通の民ではそうそう隕獣に対抗できん。そこで、強い者を選びたいのじゃがこの村を隕獣から守っているダガンをこの村から離すわけにはいかんでな、そこで……」
「リード、おまえの出番というわけだ」
モルヴの言葉をダガンが引き継いだ。
リードは頷く。
「外に出れる人間の中で一番強い俺に届けてほしい、てことか」
「ああ。頼めるか?」
もちろん、とリードは答えようとした。しかし、それを一つの大きな声が遮り彼の返事をかき消してしまう。
「駄目です!」
びっくりしてリードは一瞬肩を震わせる。そしてびっくりした状態のまま、大声で怒鳴り立ち上がっているミューリィに目を向けた。
「そんな危険な目にリードをあわせたくありません!」
「ああ。確かにミューリィの意見はもっともだ。だが、私達は別にリードに無理強いするつもりはない。リードが無理なら他の者を探す。それで、リード。改めて聞くがどうだ?」
「ああ、いいぜ」
リードは二つ返事で了承し、それに驚いているミューリィを他所にリードはモルヴがら手紙を受け取った。
「いつ出発すればいい?」
「できるだけ早いほうがいいのう。ことは一刻をあらそうからの」
「リード、出発する前に鍛冶屋のザロームのところに寄っていけ」
「わかった。んじゃ親父、モルじい、また後でな」
それだけ言うとリードは立ち上がり、立ったまま固まっているミューリィの手を引いてハートフィールド家を後にした。
残されたダガンとモルヴは二人を見送ってから小さくため息をついた。
「できれば、あんな幼い子を村から出したくはないんじゃがのう……」
「だが仕方がない。村のためには、な……」
ハートフィールド家を出てからまずリード達はバッグを取りに行き、必要な物をバッグのの中に詰め、雑貨屋で旅に必要なものを買い揃えてそのまま鍛冶屋へと向かっている。
だがさっきからミューリィは俯いたままずっと黙りこくっていて一言も発しない。
「どうしたんだよミューリィ。さっきから元気ないぞ」
痺れを切らしたリードは振り返りそう尋ねた。
「……決まってるでしょ」
そう言ってミューリィは顔を上げた。目に今にもこぼれそうなくらいに涙を湛えて。
「ッ!?」
「リードが村を出ていくとか言い出すからでしょ! 何でよ、何でリードが行かなきゃならないのよ!?」
泣きそうに、というかもうほとんど泣いてしまっているミューリィにあわてるリード。
「いや、だって誰かが行かなきゃならないんだし……」
「だったらリードじゃなくてもいいじゃない! ……何で断らなかったのよ」
「……俺さ」
リードはミューリィの頭にそっと手を乗せる。
「?」
「もともとこの村から出てみたいって思ってたんだよ。隕獣に怯えてこの小さな村にひっそりとして、外界とは郵送馬車でしか繋がっていないこの小さな世界から……。多分俺は親父の跡を継いでクレーナ村の守護者になる。そしたらもうきっと村の外には出られない。だから、今回の旅は親父やモルじいの意思だけじゃなくて俺の意思でもあるんだよ」
「リード……」
「きっとすぐに帰ってくる。だからさ、ミューリィ。泣かないでくれよ」
「……泣いてなん、か、ない……」
「……そうだな」
親指の腹でミューリィの涙を拭い、リードはミューリィに背を向け歩き出す。
「ほら、次はザロームの親方んところだ。行こうぜ」
「うん……」
ミューリィは乱暴に自分の腕で目元をこすり、リードの後を追った。
そうしてついたのは鍛冶屋。屋根から突き出した煙突からポンポンと白い煙が出ているところを見ると今も炉に火を入れているのだろう。
ここはリードが十六歳になった時に働かせてもらう予定になっているところでもあり、当然鍛冶屋の親方と面識もあり仲も良い。歳はダガンと同じくらい離れているものの、友達のような付き合いをしている。だが、リードが悪いことをした時は鍛冶で鍛えた太い腕で制裁をくわえてくる恐い存在でもあるのだが。
リードに続きミューリィが中に入る。中は台所やちゃぶ台、座布団があり、いたって普通の家だ。そこらに金鎚ややっとこが落ちていなかったらの話だが……。
「おーい、ザロームー! ……聞こえてないな。ミューリィ、行くぞ」
「うん」
部屋の奥に鉄の扉がありリードはそれを力いっぱい押して開けた。途端に中からむっとした空気が押し寄せ熱が流れてくる。暗い奥のほうでは轟々と酸素が燃焼されている音が聞こえてくる。
足元や壁にかけてある鍛冶道具に気をつけながら奥へと進んでいく二人。
しばらくすると、ぼんやりと赤い光が見えてきた。鍛冶炉だ。その横でガタイのいい人影が一人、鉄でできた台の前に座り込んでなにやらいじっている。
リードは再び呼びかけた。
「ザロームー!」
「ああ!?」
今度は聞こえたらしく、人影はこちらに顔を向けてきた。その両目には緑色のゴーグルがはめられている。
「おお、リードに村長さんとこのお孫さんか! どうした!?」
言うなり人影は再び顔を台に向けなにやらをいじりだす。
ここでは常時大きな音がしているので大声で話さなければ声が届かない。リードも声を張り上げた。
「親父とモルじいにここに来いって言われたんだけど!」
「そのことか! ちょっと待ってろ、もうすぐできる!」
(できる……?)
人影の言葉に首を二人は首をかしげながらもとりあえず最初の部屋へと戻り、そこらに転がっていた座布団の上に座る。
それから五分、鉄扉がギィィときしみながら開き、奥から二メートルは優に越える巨大な禿頭の男が現れた。男は右手に黒い何かを握り締めていて、それをちゃぶ台の上にドンッ、と置くと自分も座布団を適当に引っ張ってきてそれに尻を乗せ、そして二人を見てニヤリと笑う。
「よう、リードに村長さんとこのお嬢さん。今日は二人でデートかい?」
「なっ!? そ、そそそんなわけないじゃないですか! いや、無きにしも非ずというかその……!」
「……おいミューリィ。いい加減ザロームのからかいに慣れろ」
真っ赤になって首を振り、そして少し首をかしげるミューリィにリードは呆れたように言い、禿頭の男、ザロームは楽しそうに笑う。
「ガハハハハハ! いやはや、やっぱりお嬢さんはおもしろい!」
「え? ……もう、からかわないでください!」
「すまんすまん、つい、な」
「つい、じゃありません!」
もうっ、と顔を赤くしてそっぽを向くミューリィ。だがこれはリードとミューリィが二人でザロームのところへ来た時のいつもの光景なため、リードは彼女をスルーしてザロームと向き合う。
「ザローム、俺、この村を出てザリアスに行くことになったんだ。それで親父とモルじいから出発する前にここに来たんだけど……何でなんだ?」
「そいつはな、これだ」
そう言ってザロームはさっきちゃぶ台の上に置いた黒い物体を指差した。手のひらに収まるくらいのサイズで、見た目的には金属でできているように見えるがよくは分からない。
「これは何なんですか?」
いつの間にか元に戻ったミューリィがザロームに話しかける。するとザロームはニヤリと笑い、答えた。
「これは収束器だ」
「収束器? これが?」
「おう、俺の力作だ」
収束器とは遥か昔から作られていた人間達の武器の名称だ。持ち歩く時は手のひらに収まる程にコンパクトだが、あるワードを言うことで空気中に漂う必要な物質を引き寄せ形成、武器をその場に作り出す隕獣や人と戦うのに使うものである。
「ほら、使ってみろ」
ポイッと投げられた収束器を片手で掴み、リードは立ち上がる。そして収束器を前に突き出しワードを唱えた。
「顕現」
すると収束器は一瞬光り、直後一振りの剣がリードの手の中に現れた。
思わずリードはため息を漏らす。
「すげぇ……」
「外は危険だからな。絶対ちゃんと帰ってきて俺の下で働けよ」
ザロームは右手をリードに差し出した。ゴツくてでかく、しかし温かいそれをしっかりの握り締めリードはニッとを笑って応える。
「おう!」
鍛冶屋を後にしたリードは収束器をズボンの横についている袋に入れ、準備ができたのでモルヴとダガンのところへ向かっている。
「なあ、ミューリィ」
突然リードはそう言った。
「何?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
「何よ、煮え切らないわね。途中まで言ったんなら最後まで言いなさいよ」
「その、俺達ってさ、今までずっと一緒にいただろ? 今度俺が帰ってきた時も今まで通り接してくれるか……?」
リードの不安そうに言う言葉にミューリィはしばらく呆然としていたが、
「……プッ」
「ちょっ、何でそこで笑うんだよ!」
「ごめんごめん、リードがあまりにも当たり前なこと言うから、つい……。まあでも、そんなこと聞くまでもないでしょ?」
ああ、と嬉しそうに笑うリードに自然とミューリィも笑顔になる。
(ここが俺の場所なんだ。旅に出ても、ここが、俺の家なんだ……)
「戻ってきたぜー」
「ただいまー」
ハートフィールド家に入るなり二人はそう言って座る二人。
「準備はできたぞ」
「うむ」
「ああ。ところでリード。おまえはウチの孤児院の者が十六歳になった時に姓を名乗るようになることは知っているな」
「ああ。そりゃ知ってるけど……それがどうかしたのか?」
「まだおまえは十五だが、これから村の外へと出る。その際に姓がないというのはなかなか信頼を得るのが難しくなるのだ。だからな、これからお前は姓名を名乗れ」
「いいのか!?」
孤児院の仲間からすると、姓を持っている者は格好良く思えるのだ。それはリードも例外ではない。
「ああ。何か良い姓はあるか? ないなら私が決めてやるが」
「ちょっと待ってくれ……うぅ~ん……」
リードが唸ること一分。
「決めた! ストライフ、俺は今日からリード・ストライフだ!」
「ストライフ、か……。リード・ストライフ殿」
「な、何だよ改まって……気味が悪いぞモルじい」
引き気味のリードを気にせずモルヴは静かに頭を下げる。
「今回の件、どうぞよろしくお願いします」
「ど、どうしたのお祖父様?」
戸惑うリードとミューリィにダガンが丁寧に説明する。
「孤児院からの出身者が姓を持つ時、それは一人前になったという証だ。だから村長はリードを一人の男として認め、頭を下げているんだ」
「うむ。リー坊や」
「早速戻るんかい!」
「やはり一人前になっても、リー坊はリー坊じゃからのう」
楽しげに笑うモルヴにリードはがっくりと肩を落とした。
「それでじゃな、リー坊。今一度聞くが、本当に頼んでも良いのじゃな?」
「ああ、まかせろ。正直わくわくしてるし、今から出発するぜ」
「そうか。では、村の入り口まで見送ろう」
村の入り口に行くまで四人は終始無言だった。村人達も村長とその孫娘、さらに村の守護者とその子供の悪戯小僧という不思議な組み合わせに首をかしげていたが、二組の家庭という括りにしてあっさり納得してそれぞれの仕事ややっていることに注意を戻していた。
入り口に着き、リードがバッグを背負いなおすとダガンがリードの名を呼んだ。
「リード」
「うん?」
ダガンは自分のポケットから何かを掴むとリードに向かって放り投げた。リードはしっかりとそれを受け取り目をやると、それは木で作られた一つの腕輪だった。、粗雑ながらも一生懸命に作ったというのがわかるような温かみが感じられ、腕輪の表面にはアレックス、ネリス、カイン、ハーツ、ユリアと五つの名前が彫られている。
「これは?」
「おまえの大切な家族達がおまえのために作ってくれていたんだ。前に、リードが旅に出ることになるかもしれんと言ったら慌ててそれを作っていた」
「そっか……」
少し目を細めてその腕輪を眺め、彼はその腕輪を自分の右腕に嵌めた。
「それと、これがこの辺りの地図と方位針だ。最初に鉱山の町、コレッタに寄ることになるから、詳しい地図が欲しいならここで買え。少ないがこっちは金だ。旅で必要ならいくらでも他人に頼るんだぞ」
「おう」
ダガンから地図と方位針、それに金を千五百ジェム受け取ったリードはそれらをバッグに入れ、三人に向き直った。ダガンとモルヴもリードを見るが、ミューリィは俯いていて顔を上げようとはせず、ただただ地面を見つめている。
「じゃあ、いってくる」
それだけ言ってリードはくるりと背中を向け、一度も振り返らずに走っていった。
「……」
しばらくの間、誰一人口を開こうとはしなかったが、リードの背中が完全に見えなくなるとミューリィはその場に崩れ落ちた。そんな孫娘の姿にモルヴはそっと彼女の頭に手を置き優しく撫でる。
「本当は一緒に行きたかったんじゃろう?」
肩を震わせながらミューリィは小さく頷く。しかし、今のミューリィでは旅についていっても足手まといなること分かりきっている。だからこそ、ミューリィは行きたいというその一言を必死で呑み込んでいたのだ。
「大丈夫だ」
ダガンは静かにそう告げた。
「おじさん……」
「リードの力は私がよく知っている。そこらの隕獣に負けるようなことはないことくらい、君も分かっているだろう?」
「はい……」
ミューリィは小さく答え、ついさっきリードが走っていった方向を見つめる。
この旅に出ることに、リードが首を横に振っていてくれたら、とありえない望みをその胸に抱きながら。




