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たまご

作者: ねむこ




熱い


熱い


熱い



みーんみーんと鳴くセミが


ブロロロ、と走り去る車の音が



どこか遠かった。


わたしが覚えているのはそこまでだった―――






ふと、どこかの日陰で目が覚めた。

寝そべったまま見上げた先には大きな樹があった。

葉っぱをたくさん茂らせて、広く高く張り出す枝。

吹き抜ける風は涼しく、どこか土の匂いがする。

どれくらいそうしていただろうか。

さわさわと揺れる梢と葉っぱを、ぼんやり見ていて気づかなかった。

仰向けに寝転がったわたしの傍らにあるものに。

そろそろ起き上がろうとして初めて気がついたのは――


一つの卵だった。


腕と体の間に挟まるようにしてある、ソフトボールくらいの大きさの卵。

薄茶と朱色の斑模様で楕円のような形をしている。

もしかしたらこの樹の上に巣があるのかもしれない。

中途半端に起こしていた体を完全に起こす。

そっと慎重に拾い上げると、どこか割れていないか確認する。

思いのほかずっしりと重いその卵は傷一つなく、まるで石のようだった。

石の卵。

そう思ったのはほんの数秒だった。

警告するかのような薄茶と朱色は少し毒々しく、絶対に石じゃない。

手のひらのうえにのせ、少し考える。

仮に樹の上に巣があったとして、そこまで持っていくことができるだろうか?

あたりを見回し、はしごになりそうなものを探す。

ここは小高い丘のようで、見晴らしがとても良い。

少し遠くに家の屋根がみえた。

赤茶色をした鱗状のものが重なる屋根が。


・・・どう考えてもここは―――



そのとき、ピシピシッという音とともに手のひらに伝わったのは僅かな振動だった。

視線を下げればコンコンと卵の中からノックするような音と振動が続く。

この素敵な色をした卵から産まれるものをわたしは知らない。

一瞬、草の上に置こうか迷いながら再びあたりを見回す。

お父さんかお母さんのような存在は見あたらず、手のひらのうえでついに卵は孵った。


じっと見つめるつぶらな瞳。

柔らかな鱗は黒く、爪は金褐色だった。

卵から孵ったのは小さなトカゲだった。


背中に申し訳ていどの翼さえなければ。


孵化したてのベビートカゲは、自分の体に少しだけ纏わりついたぬとぬとした粘液を舐め取ると、わたしを見て口を開いた。


「ママ!」


それはとれも嬉しそうな様子で。

だが悲しいかな、わたしはあなたのママではなかった。


「・・・ごめんね、わたしはママじゃないよ?」


その言葉に、一瞬絶望したような目をしたベビートカゲはいやいやをするように首と体を振った。

わたしをじっと見上げる緑がかった金色の瞳に涙がたまる。


「ママはママ!ママじゃないならママはなに!?」


ぷるぷるとしながら必死に涙を堪えている姿に、徐々に愛着が湧きそうになる。

いまにも零れ落ちそうな涙に耐えかねて、そっと指先で拭ってやった。

その手にぐりぐりと頭を擦り付けてきたベビートカゲが、短い腕を伸ばすときゅっとわたしの指を抱き込んだ。



その瞬間、わたしは陥落した。



こうしてわたしの「元の世界へ帰る方法を探しながら育児をする」という旅が始まったのだった。





     ママはずっとぼくのもの


     誰にもあげないし何処にもやらない


     ママを喚んだのは―――ぼく






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