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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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8/32

誕生日 

 屋敷中が、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 事の発端は、数日前まで死の淵を彷徨っていた母・小夜の劇的な回復である。

 呼吸をするのも辛そうだったのが嘘のように、今朝目を覚ました母は、「お腹が空いた」と言って食事を要求したそうだ。


 それも、お粥を一口二口といった可愛らしいものではない。

 膳に並べられた食事を綺麗に平らげ、それでも足りずに果物まで要求したというのだから、周囲が腰を抜かすのも無理はなかった。


 当然、すぐに土御門家お抱えの医師団が招集された。

 彼らは母の脈を取り、瞳孔を覗き込み、あるいは霊的な波長を測定する妖具をかざして、首をひねり続けていた。


「あり得ない……医学的にも、妖術的にも、説明がつかない」


 彼らの困惑も無理はない。

 母の回復は、俺が密かに行使した『反転術式』によるものだからだ。


 母の命を蝕んでいた『漏出』という因果そのものを、母から託された勾玉の莫大な妖力を代償にして『充填』へと裏返した。


 もちろん、誰も俺が起こした超常現象だとは夢にも思っていない。

 俺はただ、遠巻きにその喧騒を眺めているだけだった。


 あまりに常軌を逸した回復ぶりに、医師は「万全を期すため」と称して、一週間の精密検査入院を強く勧告した。

 父、景明もこの異常事態を訝しんだのか、これを許可した。  

 場所は屋敷から少し離れた大学病院だ。


 再会が少し先になってしまったのは寂しいが、もう二度と会えない別れに比べれば、一週間の入院など些末なものだ。


 母が生きている。

 その事実だけで十分だった。




 *




 そんな騒動が一段落し、屋敷に奇妙な静寂が戻ってきた頃。  

 俺の誕生日がやってきた。


 陰陽師の世界において、五歳という年齢は一つの節目だ。

 幼年期を脱し、本格的な修行を始める年齢であり、自我と妖力が安定し始める時期とされる。


 ましてや陰陽師の総本山たる土御門家の、それも貴重な男子となれば、本来なら国を挙げての祝賀行事になってもおかしくはない。  

 だが、俺の誕生日は静かなものだった。


 朝、いつも通りに目を覚まし、身支度を整える。  

 担当の女中は事務的に朝食を運んでくるだけで、「おめでとうございます」の一言もない。


 俺もまた、それを期待してはいない。  

 むしろ、過度な干渉を受けずに済む今の環境は、自己研鑽には都合が良いとさえ思っている。


 朝食を済ませると、俺は監視の目を盗んで書庫へと向かう。

 昼食の時間になれば部屋に戻り、淡白な和食を腹に詰め込み、また書庫へ戻る。

 昨日までと何一つ変わらない、孤独で平穏なルーティン。


 唯一、この日が特別だと感じさせるものが、午後の間食の時間に訪れた。

 盆に乗せられて運ばれてきたのは、見慣れた練り切りや干菓子ではない。

 雪のように白い生クリームに、宝石のように赤い苺が鎮座する、三角形の洋菓子。


 ――いちごのショートケーキ。


 土御門家では、子供の誕生日に年に一度だけ、これが出されるのが慣わしだ。

 姉たちの誕生日には、大広間で盛大な祝いの宴が開かれるが、俺の場合はこうして自室にひっそりと届けられるだけ。


 それでも、銀のフォークを手に取った俺の心は、確かに高揚していた。


 純白のクリームの上に、鮮やかな真紅の苺が一粒。  

 普段は質素な和菓子ばかりだが、さすがに一年に一度の日ということで、体裁だけは整えてくれたらしい。


「……いただきます」


 誰もいない部屋で、小さく手を合わせる。

 フォークでケーキの角を切り取り、口へ運ぶ。  


 舌の上で解けるスポンジの食感と、クリームの濃厚な甘さ。

 そして苺の甘酸っぱさが広がる。  

 美味しい。


 殺風景な俺の日常においては、目が覚めるような鮮烈な味だった。

 最後の一口を飲み込み、熱い茶をすする。

 甘美な余韻に浸りながら、俺は窓の外を見上げた。


 五歳になった。

 それは単に歳を重ねたということではない。

 土御門家に生まれた男子にとって、五歳という年齢は特別な意味を持つ。


 ――封印の上書き。  


 かつて大陰陽師・安倍晴明が命と引き換えに封じた特級妖魔たち。

 その封印を維持するための儀式に、参加を義務付けられる年齢なのだ。


 じきに、迎えが来るはずだ。

 俺は皿を置き、居住まいを正した。




 *



       

 日が完全に落ち、屋敷が夜の帳に包まれる頃、重苦しい気配が廊下を満たした。  


 陰陽府と呼ばれる国中の陰陽師を統括・管理する最高機関から派遣された使者たちが到着したのだ。


 俺は客間に呼び出された。

 広間には六人の人影があった。全員が狩衣を纏い、顔を烏帽子や布で隠しているが、漏れ出る妖力の質が桁違いだ。

 彼らは「六部」と呼ばれる、陰陽四法術における【封印・解封】のスペシャリストたちだ。

 いずれも最上級の位階を持つ、この国の守護者の一角である。


 俺が部屋に入ると、六人の視線が一斉に突き刺さった。

 値踏みするような、冷ややかな視線。  

 最下級の妖力しか持たない出来損ないの少年。


 彼らの目には、俺など路傍の石ころ程度にしか映っていないだろう。

 それでも俺がここにいるのは、ひとえに俺の体に流れる血――安倍晴明の直系という素材としての価値があるからに他ならない。


 そして、彼らの中心に立つ人物が、ゆっくりとこちらを振り向いた。  

 土御門景明。

 俺の父であり、現・土御門家の当主。


「――久しいな、遥明」


 整った顔立ちには感情の色がなく、実の息子を見る目つきとは思えないほど冷徹だ。そこには愛情も憎悪もなく、ただ「当主としての義務」だけが存在していた。


「変わりないか」


「はい。お変わりありません、父上」


 俺は床に膝をつき、恭しく頭を下げた。  


「聞かされているだろうが、今日は大事な日だ」


 父の声が、広間の空気を震わせる。


「地下に安置されている『封霊箱』。あそこに封じられたモノの封印を、本日この刻限をもって上書きする。お前もその儀式に加われ」


「承知しております」


「お前はただ、その場に居合わせればいい。最後に少しばかり妖力を注ぎ込めば、それで役割は終わりだ」


 父は冷ややかに言い放った。  


「なに、形だけで十分だ。お前には封印に干渉できるほどの妖力もなかろうからな……」


 瞳に宿っていたのは、侮蔑や嘲笑ではない。

 事実として最下級と判定された息子が、果たして儀式に耐えうるのかという、純粋な懸念だった。


「晴明の血を引く男子が儀式に関わったという事実、それこそが重要なのだ」


 つまりは、儀式のポーズだ。

 権威付けのための飾り。

 俺の人格も、能力も、努力も、何も求められていない。

 ただそこに在る血統書付きの無能であればいいのだ。


「何も心配することはない。お前の姉たちも皆、五歳で通ってきた道だ」


「……はい。承知しております」


 俺が短く答えると、父は「よし」と頷き、すぐに背を向けた。


「では、行こうか」


 衣擦れの音を残し、父が歩き出す。

 六部たちがその後ろに続く。


 「誕生日おめでとう」の一言も、なしか。

 まあ、今さら期待するだけ無駄か。


 俺は内心で自嘲し、冷えた心を叱咤して、父の後に続いた。



          

 *




「開門」


 土御門家本邸の最奥。  

 普段は厳重な結界によって不可視化されている壁の一部が、父の手印によって音もなくスライドした。

 現れたのは、地下へと続く石造りの階段だった。


 一歩足を踏み入れるたびに、空気が変わっていくのが分かった。

 地上の清浄な空気とは異なる、濃密で粘り気のある気配。肌にまとわりつくような湿り気。


 それは単なる湿気ではない。数百年、あるいは千年にわたって蓄積された、強大な妖力の残滓だ。

 世界を陰に傾かせた元凶たちの魂が、この先に眠っている。


 階段の壁には等間隔に呪符が貼られ、青白い燐光を放っていた。

 その光が、父や術師たちの影を長く、壁へ投影する。

 地下深くまで続く階段。

 俺の短い足ではついていくだけで精一杯だが、弱音を吐くことは許されない。


 やがて、一行は足を止めた。

 そこには、再び門があった。


「……ここが、最深部だ」


 先ほど景明が解いた地上の扉とは、比較にならないほどの威圧感を放つ、巨大な黒曜石の門。


「この門は、俺でも開けられん」


 絞り出すような父の告白に、俺は息を呑んだ。


「これは、晴明公が遺した大封印そのものと直結している。開けられるのは、この世界広しといえど、そこにいる『六部』だけだ」


 その言葉を合図に、これまで景明の後ろに影のように控えていた六人の術師たちが、静かに前に進み出た。


 彼らは陰陽府の中でも特に封印術に特化した、いわば国家機密の専門家集団。

 六人で一つの存在として扱われる彼らは、一糸乱れぬ動きで門を囲むように六芒星の配置につく。


 表情はない。

 私語もない。


 ただ、自らの役割を遂行するためだけに存在する、精巧な人形のようだった。

 一人が古びた巻物を広げ、残りの五人がそれに呼応するように印を結ぶ。


 詠唱が始まった。

 門に刻まれた朱い梵字が、彼らの詠唱に呼応して明滅を始める。

 速まる心臓の鼓動のように、その光は次第に激しくなっていった。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!


 地響きと共に、巨大な黒曜石の扉が、ゆっくりと、本当にゆっくりと軋みながら内側へと開いていく。

 隙間から漏れ出したのは、光ではなかった。


 ――闇だ。


 物理的な暗さではない。


 あらゆる光を、希望を、生命を吸い尽くすような、純粋な『無』。

 そして、その闇と共に、空気が凍てつくほどの冷気と、死と腐敗が入り混じったような甘い妖気が、奔流となって溢れ出した。


 だが、その時だった。


 ドクン、と。 俺の心臓が、痛いくらいに跳ねた。


 恐怖ではない。

 嫌悪でもない。

 もっと根本的な、魂の奥底がざわめくような感覚。


 まるで、長く離れ離れになっていた半身を見つけたような、あるいは磁石のS極とN極が引き合うような、不可解な引力。


 開かれた門の先、そこには俺の運命を決定づける「何か」が待っている。

 そんな確信めいた予感が、俺の足を自然と前へと踏み出させていた。

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