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妖魔が跋扈する魑魅魍魎の現代に転生した俺は、ハズレとされる<反転>で無双する  作者: おにぎりだいすけ


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5/12

許嫁

 孤独という名の澱が沈殿するこの屋敷において、唯一、鮮やかな色彩が差し込む日がある。

 それは週に一度、決まった曜日の午後に訪れる、愛らしい来客の時間だった。


「……遥明さま、ごきげんよう」


 客間に通された少女は、消え入りそうな声でそう挨拶をし、畳に手をついて深々と頭を下げた。  

 顔を上げると、真っ直ぐに切り揃えられた黒髪のボブカットがさらりと揺れ、その隙間から、雪の精霊を思わせる透き通った白い肌が覗く。

 大きな黒い瞳は、いつも不安げに揺れていて、俺と視線が合うと、驚いた小動物のようにすぐに畳へと逸らされてしまった。


 賀茂粉雪かもの こなゆき。  


 それが彼女の名だ。

 俺と同い年の少女であり――そして、許嫁である。


「こなちゃん、いらっしゃい。今日も来てくれたんだね」


 俺が努めて明るく声をかけると、彼女は「……はいっ」とぱっと花が咲いたように表情を輝かせ、けれどすぐに恥ずかしそうに視線を逸らして、もじもじと指先を合わせる。  


 最初の頃は、この「はい」すら聞くのに一苦労だった。

 三十分も向かい合って、ただ黙ってお互いの前の畳の目を見つめ続ける、という奇妙な時間が流れたこともある。


 俺が何かを尋ねても、こくりと頷くか、ふるふると首を横に振るばかり。

 それが今では、週に一度の逢瀬を重ねるうちに、すぐに返事をしてくれるようになった。

 俺にとっては、大きな進歩だ。


 彼女は、陰陽師の名門・賀茂家の息女にあたる。

 まず、この世界において、陰陽師の頂点に君臨する『御三家』と呼ばれる三つの名門がある。


 一つは、我が土御門家。

 伝説の大陰陽師・安倍晴明の血を色濃く受け継ぎ、数多の強力な術師を輩出してきた、まさしく陰陽師界の宗主。


 一つは、芦屋家。

 晴明のライバルであった芦屋道満を祖に持ち、土御門とは異なる形で陰陽師界を発展させてきた一族。

 良くも悪くも、実力主義の気風が強いと聞く。


 そして最後の一つが、彼女の生家である賀茂家だ。

 かつて安倍晴明に術の基礎を教えた師の家系であり、千年の時を経た今もなお、土御門と並ぶ名門中の名門。  


 そんな家の姫君が、なぜ落ちこぼれの俺の元へ足繁く通い、あまつさえ許嫁として定められているのか。


 理由は、この歪な世界における"血"の事情にある。

 男一に対し、女十五。

 男子の誕生が極端に少ないこの世界において、御三家といえどもその例外ではない。  


 特に賀茂家は深刻で、ここ数代にわたり男子が生まれておらず、直系の血脈が断絶の危機に瀕していた。

 婿養子を迎えて家を存続させてきたが、それも限界が近づいていた。

 強力な陰陽師の血筋は、薄まれば薄まるほど、その力を失っていくからだ。


 強い妖力を持つ血筋を残すことは、一族にとっての至上命題であり、特に御三家ともなれば、その重圧は計り知れない。


 一方で土御門家には、俺という(能力はともかく)男子が生まれた。

 本来ならば、家督を継ぐべき男子を他家にやるなど有り得ない話だが、俺には「無能」というレッテルが貼られている。


 土御門としては、出来損ないの俺に当主を継がせるつもりなど毛頭ない。

 だが、腐っても晴明の血を引く種としての価値はある。


 そこで両家の利害が一致した。

 賀茂家は、次代に強力な男子を生むための種として俺を欲し、土御門家は、無能な俺を厄介払いしつつ、賀茂家との結びつきを強める政略の道具として利用したのだ。


 大人の考えることは、いつだって合理的で、そして残酷だ。

 土御門の血と、賀茂の血。

 この二つの血を混ぜ合わせれば、かつての晴明に匹敵するような『最強の個体』が生まれるのではないか――。


 そんな、まるで血統書付きの犬でも作るかのような、単純で傲慢な発想が、俺たちを許嫁にした。


 もちろん、家系の純血を守りたい保守派からは、「土御門の落ちこぼれの血など入れたくない」という反発があったり、御三家間のパワーバランスを巡る思惑だとか、水面下では色々と政治的な駆け引きがあったらしい。

 だが子供の俺からすれば、知ったこっちゃない話だ。


 俺は『無能な種馬』。

 彼女は『男子を産むための器』。


 最強の血と血を掛け合わせ、究極の個体を作出する。

 字面にすれば反吐が出るような優生思想だが、当事者である俺自身の気持ちは、意外にも悪くなかった。


 なぜなら――。


「あ、あの……遥明様。これ、お土産です。うちのお屋敷の近くで、綺麗な紅葉を見つけたので……」


 差し出されたのは、丁寧に押し花にされた一枚の紅葉。  

 高価な菓子や玩具ではない。

 彼女が自身の感性で美しいと感じ、俺に見せたいと思って拾ってきてくれた、ささやかな贈り物。


 政略結婚だの、血の配合だのといった大人のドロドロした思惑とは無縁の場所に、彼女の純粋な心はあった。


「ありがとう。すごく綺麗だね。大切にするよ」


「はい……っ!」


 彼女が嬉しそうに微笑む。

 この笑顔を見続けられるなら、種馬という運命も、そう悪いものではないかもしれない。  




 *




「遥明様、粉雪様。おやつの時間でございます」


 障子の向こうから、女中の声がした。

 やがて、黒塗りの盆に載せられた菓子と湯呑みが、俺たちの前に静かに置かれる。

 女中は恭しくそれらを配膳すると、音もなく下がっていった。


 今日の菓子は、うさぎの形をした可愛らしい練り切り。

 そして、湯気の立つ緑茶。


「わぁ……うさぎさん、かわいい」


 粉雪はきらきらと瞳を輝かせて練り切りを見つめている。 甘いものと可愛いものには目がないらしい。


「いただきます」


 粉雪は行儀よく手を合わせ、お菓子を小さく切り分けて口に運ぶ。

 上品な仕草だ。  

 もぐもぐと口を動かす姿は、小動物が餌を食べているようで微笑ましい。


 問題は、お茶だった。


 彼女は湯気を立てる湯呑みを、困ったような目で見つめている。


「……ふぅー、ふぅー」


 小さな唇を尖らせて、一生懸命に息を吹きかけ始めた。

 恐る恐る口をつけようとするが、すぐに唇を離して眉を寄せる。


「…………っ!」


 彼女は極度の猫舌なのだ。

 熱いものが苦手で、いつもお茶が冷めるまで寂しそうに待っている。


「こなちゃん」


 俺が呼びかけると、彼女は息を吹きかけるのをやめて、不思議そうに小首を傾げた。


「なんでしょう、遥明さま?」


「ちょっと貸してごらん」


 俺は彼女の手から湯呑みを受け取った。

 まだ熱を帯びた陶器の感触が指先に伝わる。


「遥明さま、危ないですよ。熱いですから……」


「大丈夫……こなちゃんには特別に、魔法を見せてあげる」


 俺は悪戯っぽくウィンクをして、湯呑みに右手をかざした。

 周囲に人がいないことは確認済みだ。  

 女中たちは菓子を置いて早々に退室している。

 ここには俺と彼女の二人きり。


 意識を集中する。  

 臍下丹田に眠る、僅かな妖力の残り滓を汲み上げる。  

 イメージするのは、この湯呑みの中にある『熱』、 そして、その対極にある『冷』という状態。


 ────反転。


 俺の手のひらから、目には見えない波動が伝播する。

 妖力が術式へと変換され、物理法則に干渉した瞬間――。


 スッ、と。  

 立ち上っていた湯気が、嘘のように消え失せた。


「えっ……湯気が?」


 粉雪が目を丸くする。  

 俺はニッと笑って、湯呑みを彼女に差し出した。


「ほら、もう熱くないよ。飲んでごらん」


 促され、彼女は恐る恐る湯呑みに口をつける。  

 その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「冷たっ!」


 驚きのあまり、行儀悪く声を上げてしまう粉雪。

 彼女は信じられないといった様子で、湯呑みの中と俺の顔を交互に見比べた。


「え、え? どうしてですか? 本当に魔法みたい……」


「ごめん。これは魔法じゃなくて『反転術式』っていうんだ。熱いものを冷たくしたり、枯れた花を咲かせたり……物事の状態を"あべこべ"にする力……かな?」


「はんてん、じゅつしき……」


 彼女は言葉を反芻するように呟き、それから首を傾げた。


「聞いたことが、ありません。陰陽五行術の【水】で冷やすのとは違うのですか?」


「ちょっと違うかな。温度を操るんじゃなくて、熱そのものを逆転させてるから」


「すごい……遥明様、すごいです!」


 彼女は尊敬の眼差しを向けてくる。


 だが、その時だった。


「――ほう。聞いたことがないな、そんな術は」


 低く、地を這うような男の声が、静寂な茶室に響いた。


「っ!?」


 粉雪の足元。彼女が落とす影が、不自然に揺らめいていた。

 まるで墨汁を垂らしたかのように濃く、深く渦巻いている。

 それはまるで、水面のように蠢き、やがて中心が盛り上がって、一つの形を成していく。


 ズズ、ズズズ……。


 影が盛り上がり、立体的な形を成していく。

 現れたのは、漆黒の毛並みを持つ、一匹の狼だった。

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